好きになんてならないからな!

朔弥

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 高瀬はリビングの隅に置いてある自分の鞄を取りに向かった。鞄を開けると2種類の薬が中に入っている。
 ひとつは常務に言われ用意した抑制剤。

 もうひとつは ───···




 常務の見合いが組まれたあの日。
 常務の見合い相手である柚月を言いつけ通りに斗真のマンションへ送り届けた高瀬は常務へ報告する為に社へと戻った。昨日まで同僚だった秘書課の一人に常務への報告を終えると、地下駐車場へと降りてきた。
 番になる事を了承したΩの彼を常務のマンションで生活出来るようにサポートするのが高瀬の仕事だった。だが、疲れた表情で独りにして欲しいと言われては必要以上に部屋に留まる事も出来なかった。
 無事にマンションへ送り届け、必要な事は説明したのだ。今日はこれ以上、出来る事などないだろう。

 駐車場に停めてある車に向いながら歩いているとスマホが鳴った。
 常務からの着信に慌てて画面をスワイプさせる。
「はい、高瀬です」
「当面の間、抑制剤を服用出来るように柚月に渡しておいてくれ」
「抑制剤を···ですか?当面の間とは···」
 ヒートの間も彼は抑制剤を服用するという事だろうか。常務は本気でホテルでのやり取りの通り相手のΩが了承しなければ番にならないつもりなのか?そんな疑問が浮かびはしたが口を挟むべきではない、と「わかりました」とだけ答える。
 通話が終わった事を確認した高瀬はスマホをしまうと再び車へ向かって歩きだした。


 西園寺家のαと番になる事を渋るΩがいる事にも驚きだったが、まさか、あの常務が番になりたくないなどと言うΩの言葉を飲み込み彼の意思を優先させるとは···。
 西園寺グループの秘書として働くようになってそれなりの経験は積んできているが、動揺を隠すのに苦労したのは初めてかもしれない。


 面倒事に巻き込まれるのはごめんだ···

 
 何を見聞きしても口を閉ざし、言われた業務をこなせばいい。西園寺グループの秘書課に就職して真っ先に学んだ事だった。


 高瀬は停めてある車に近づき、施錠を解錠した。電子音と共にハザードが点滅する。
「高瀬」
 車に乗り込もうとした高瀬に一人の男性が背後から近づき声をかける。
 名前を呼ばれた高瀬は振り向いた。声をかけてきた相手が会長の第一秘書である新井である事に気づき、軽く頭を下げた。
「ホテルでは随分、時間がかかったようだが何があったのか詳細を報告しろ」
 自分の上司でもない新井に高圧的に言われ、高瀬は内心ムッとする。それと同時に報告不要だと言った常務の顔が浮かんだ。
 自分が今仕えているのは会長ではなく常務だ。常務が報告不要だと言うのであれば自分が従うべきは常務の言葉だろう。
「報告するような事は何も···。柚月さんも無事に常務の自宅へと移られましたし···」
「高瀬。報告しろと言っているのは私ではなく会長だ」
 高瀬は冷たいものが背を伝うのを感じていた。
 このまま誤魔化し通しても、常務の命に背いて報告したとしても、自分の解雇クビは変わらないのではないだろうか。
「高瀬、確か病気の母親の面倒をお前がみてるんだったな···」
「それが···何か···」
「色々とかかるんじゃないのか?職を失いたくなければ ───···誰につけばいいか分かるだろ」
 静かに、だが威圧的な空気が声に纏わりついている。どちらに従うのか、そんな選択肢など初めから用意などされていないのだ。
 ちゃんと会長に取り計らってやると言われ、高瀬はホテルのプライベートルームで見聞きした事を新井に伝えた。
 新井は僅かに眉間に皺を寄せながら、高瀬の話しを聞いていた。
「相手がこちらに何らかの条件を出しているのは予測していたが······」
 聞き終わった新井は高瀬から少し離れ、スマホでどこかに電話をかけはじめた。




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