25 / 27
番外編
息抜きは 甘く可笑しく へべれけに②
しおりを挟むアルコールポーションを口にした瞬間、室内の雰囲気は一瞬で明るくなった。調子外れの歌を大声で歌い始める生徒もいれば、それに合わせて指揮棒に見立てたマドラーを振り回す者も現れる。一気飲みをしてすでに机に突っ伏した男子生徒に向かって「俺、いつか自分の魔法で世界を変えたいんだ」などと、真剣な表情で語り始める者もいた。
「うん、うん……悪くはないが酒の方が美味いな」
ライゾンも、そんな評価の割には楽しげに笑い、友人たちに振り返った。しかし、彼の言葉に真っ先に返事をしたのは────穏やかな笑みを湛えた、オリビアだった。
「私は本物を飲んだ事ないけど…びっくりする程美味しいわ。アルコール独特の香りがしないのね」
オリビアはイスに深く腰掛け、メニューのアイディアを書き記したノートを閉じながら、歌ったり踊ったりと楽しく酔う仲間たちを眺めて微笑んだ。彼らと同様に頬はほんのりと赤く染まり、力の抜けた瞳が潤む。試作品作りを進める手はすっかり止まり、まるで自分の役割を忘れたかのようにどこか夢うつつな表情を浮かべていた。
「なんか……お前、さっきと雰囲気違わないか?」
「そうかしら?あんまり分かんない……ふわふわして、たのしい」
まじまじと自分を見るライゾンに向かって目を細め、ゆっくりと瞬きをするオリビア。両手で頬杖をつくその仕草に、ライゾンは目を丸くして言葉を詰まらせた。
「も、もしかして、お前も酔ってる?今のオリビア……可愛いな」
彼の言葉に、空気が一変した。歌声はやみ、突っ伏していた者も顔を上げて、オリビアの表情に釘付けになっていく。
「ほんとだ、怒ってない」
「な?やっぱそうだろ」
「うん、オリビアがこんなに笑ってるの見たことない」
数分前までの手厳しい印象が崩れた姿に、その場の誰もが目を奪われる。
「えー?いつも通りよ。それよりさっき疲れたって言ってたけど、大丈夫?回復のお薬、作ってあげる」
にこにこと調合鍋に残っていたメニュー用の魔法薬をなんのためらいもなく捨て、おぼつかない手つきで回復薬を作り出すオリビア。それを見たライゾンは何かを思いついたように唇を歪め、彼女のカップにさらにポーションを注ぎ足した。
「俺は大丈夫。オリビア、もう少し飲んだら?よく味わって、一緒にメニュー考えよう」
「え……もう大丈夫よ」
「いいって。飲め飲め」
ライゾンに目配せされた他の男子生徒たちも、彼の意図を察して近づいてきた。最初は遠巻きに様子を伺うだけだった者も、彼らに同調し出す。皆揃って頬をのぼせたように赤らめている。しまいには全員が彼女を取り囲むように立ち、面白がって笑いだした。
促されるままに再びカップを持ち上げるオリビア。ライゾンに腰に手を回されるが、その違和感に気付けない。周囲が見守る中ごくりと音を鳴らして中身を流し込んだオリビアは、その効果を発揮した魔法薬によってさらに酔いを深めた。ぼんやり宙を見つめたかと思えば、目を瞑って意味もなく笑い始める。
「うふふ……楽しみねぇ、文化祭……絶対盛り上げましょうね……」
「ああ。俺たち一丸となって、頑張ろうな。だからもっと飲め、な。よーく味わって……」
ライゾンはわざとらしく大きく頷き、さらにもう一杯注ぎ足す。
「何よ、頼もしいじゃない……さっきまでは不安だったけど、みんなと一緒のチームで良かったわ……」
オリビアはなみなみと注がれる液体を、首をかしげてぼうっと眺めた。そして彼らの善意を疑うことなく、心から感謝の言葉を口にする。その素直さに、男子生徒たちは目と目を合わせて笑う。
「おい、体がフラフラしてるぞ。危ないから、俺に寄りかかれ」
ライゾンに肩を抱くようにして引き寄せられ、力なく身を預ける。
「お前、ハヤトにバレたら殺されるぞ」
ライゾンの友人が笑いながら制止するが、本気で止める気はないようだ。
「大丈夫だって。文化祭のためだって言えば」
「ハヤト?ハヤトがここにいるの?ハヤト、見ててね。私、頑張って美味しいメニュー作るわ。ハヤトの紅茶に負けないくらい、美味しくて、見た目も華やかで、元気が出る、最高のドリンクを作るんだからね」
恋人の名前が聞こえ、オリビアは目尻を下げて見渡した。
「へー、ハヤトって紅茶作ってくれるの」
「ええ。すごく美味しいの……魔法で楽するんじゃなくて、手で丁寧に淹れてくれる時もあってね」
目を閉じ、記憶の中にある彼の手さばきを思い浮かべる。疲れた時に必ず差し出してくれる、彼特製の紅茶────その香りを思い出す表情はどこか恍惚としていて、ライゾンをはじめとする男子生徒たちの悪戯心をさらに煽る。
「そうかそうか。そういえば前に噂を聞いたんだけど、お前らって外でもヤるっての本当なの?」
「まさか………そんなの信じないでよ。いつも彼の部屋とか、小屋で。たまに図書館でも誘われて、困っているんだけどね……」
オリビアは躊躇無く質問に答える。ライゾンが歓声を上げ、周囲の生徒たちも笑い声を上げた。
「なぁ、詳しく教えてくれるか?あいつ、まずどこから触るの?」
ライゾンはそう尋ねながら、オリビアのブレザーに手をかけた。抵抗もなく、するりと脱がせる。他の男子生徒がそれを受け取り、楽しげに丸めてテーブルの上に置いた。
「え……さすがにそれは恥ずかしいわよ……」
「いいじゃん。オリビアのそういう姿、みんなも見たことないだろ?教えてくれよ」
彼の手はリボンにも伸びるが、オリビアは暑くなってきたからちょうどいいと、深く考えもせずに会話を続ける。
「ん……ハヤトは私を縛るのが好きで……ずるいのよ。嫌だって言うと絶対に魔法使ってくるの」
「おお!あいつ、SMが好きなのか!すげぇ、すごい事聞いた」
「こいつ今なら何でも喋りそうだな」
男らは一斉に沸き立ち、オリビアを取り囲む輪が少しずつ狭まっていく。指揮棒だったマドラーを今度はマイクに見立てて、オリビアの口元に差し出される。
「それで?それで?」
「え……と、あとは……」
「もっと教えろよ…………再現してやろうか?」
ポーションの影響で場の勢いが止められなくなっていた。ライゾンが、隙だらけの笑顔を振りまくオリビアの白いブラウスのボタンに触れ、オリビアが目をしばたたかせた時だった。
調合室の入り口でカタリと小さな物音が響く。スライドドアがわずかに揺れるが、開かず、ノックの音が続く。そして、落ち着いた声がドア越しに聞こえた。その低い声にライゾンたちが凍り付く中、オリビアだけが反射的に顔を上げ、無邪気に口元をほころばせた。
7
あなたにおすすめの小説
淫紋付きランジェリーパーティーへようこそ~麗人辺境伯、婿殿の逆襲の罠にハメられる
柿崎まつる
恋愛
ローテ辺境伯領から最重要機密を盗んだ男が潜んだ先は、ある紳士社交倶楽部の夜会会場。女辺境伯とその夫は夜会に潜入するが、なんとそこはランジェリーパーティーだった!
※辺境伯は女です ムーンライトノベルズに掲載済みです。
メイウッド家の双子の姉妹
柴咲もも
恋愛
シャノンは双子の姉ヴァイオレットと共にこの春社交界にデビューした。美しい姉と違って地味で目立たないシャノンは結婚するつもりなどなかった。それなのに、ある夜、訪れた夜会で見知らぬ男にキスされてしまって…?
※19世紀英国風の世界が舞台のヒストリカル風ロマンス小説(のつもり)です。
泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。
待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
買われた平民娘は公爵様の甘い檻に囚われる
りつ
恋愛
セシリアの父親は貴族で母親はメイドだった。二人は駆け落ちしてセシリアを田舎で育てていたが、セシリアが幼い頃に流行り病で亡くなってしまう。
その後、叔母家族のもとでセシリアは暮らしていたが、ある日父の兄だという男性――伯爵が現れる。彼は攫うようにセシリアを王都へ連れて行き、自分の娘の代わりにハーフォード公爵家のクライヴと結婚するよう命じる。
逆らうことができずクライヴと結婚したセシリアだが、貴族であるクライヴは何を考えている全くわからず、徐々に孤独に苛まれていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる