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第三章 盟約と契約
21 再会と暗雲
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部屋の前に差し掛かると、中から怒鳴り声がした。聞き憶えのある声が、聞き憶えのない低さで相手を威嚇する。
「まだ言うかっ。だからそれはお前の勝手な勘違いだと言っただろうがっ!」
「ですが私は確かにこの目で見たんですっ。部屋に叔父上が……」
「部屋?一体何を……」
躊躇いがちに開けた扉の向う、部屋の雰囲気は入るのを躊躇うほどに、最悪だった……。
思わず後退り締めかけたドアを、ダンッと音を立てて横から抑えた奴がいた。見上げると案の定、ニヤリと笑ったロクの顔が実に嬉しそうに俺を見下ろしていた。俺を押しのけ部屋に入り、こちらに向けていい顔で顎をしゃくるのが無性に腹立たしい。
仕方ないと諦め足を踏み出した時、押し退けられてよろめいた。透かさずウルドが支えてくれたが、目を眇めた俺の頬をふわりと撫でて、見えない塊が横をすり抜けて行った。耳元に残された小さな笑い声。
振り返ったロクがスンスンと何度も鼻を鳴らし嫌そうに周囲を見回している。
どうやら呼んでもいない面倒な観客が一人、勝手に上がり込んだようだ。
グレビア帝国との会談は、皇帝リアドレスの謝罪から始まった。三年振りに会った男は俺の顔を見て切なそうに目を細めたが、それもほんの一瞬のことで、直ぐに帝国の皇帝の仮面を被り真摯な態度で謝罪した。
第二皇子は終始不満気だったが、流石に口を出すことは無く大人しかった。
「リアドレス、皇帝としてのお前のけじめは受け取ろう。だがな、謝罪は詫びる気持ちを持って言葉を紡いで初めて意味を持つ。それを担うべきは本人だ。お前はいつも過保護が過ぎる。守られ過ぎた子供はいつまで経っても学ばず、過ちを繰り返すぞ」
「何だと、貴様っ」
「止めろ。俺はお前に発言を許した覚えはない。立場を弁えろ、第二皇子アルガレル」
「っ……」
「忘れるな、リアドレス。子犬は直ぐに大きくなり、牙も一緒に成長する。傍に置く者には特に注意しろ。制御の利かぬ群れ程厄介なものはない。足元を掬われるぞ」
「忠言、肝に命じよう。改めて子の親としても詫びよう。考えが甘かった。配慮が裏目に出てしまった。ナルジェ、本当にすまなかった」
そう言って頭を下げた皇帝に、グレビアの者達が息を飲んだ。当然だ。一国の皇帝が頭を下げる相手が、ただの娼妓であるはずがない。直ぐにその意図に気付いた数名が、顔色を悪くする。これで少しは話し安くなるだろう。
放っておくと明日まででも謝罪を続けそうなリアドレスを制して、早速本題を促した。するとリアドレスが人払いを願った。
それを鼻で笑ったロクが俺に耳打ちする。
「人払いだとよ、ナルジェ。相変わらず間抜けだな、あの男」
ロクの言う人とは、勿論人族を指す。この場に居る純粋な人族はグレビア側のみで、ウルドも含めこちらに払うべき人などいないと笑ったのだ。肘で小突いたが、遅かった。
話は聞こえなくともロクが笑ったことには気付いた様で、グレビア勢がそろって剣吞な目を向けていた。
「ナルジェ、そちらの方は?」
「ああ、俺のことは気にするな。あんたの言う条件には当て嵌らないから大丈夫だ」
一国の皇帝相手にひらひらと手を振りあんた呼びを繰り出したロクにグレビア一同が呆気に取られているが、こればかりはどうしようもない。
「彼はロクだ。俺の……番犬の様なもの?だな。害はない。……多分。人払いの件だが、こちらは既に厳選している。俺、ロク、ウルド、鳥籠支配人のゾフィセルだ。秘密漏洩を心配するなら沈黙の誓いを結んでもいい。だが人選は替えない。俺が妥当と判断する人選に指図する権利はこの場の誰にも無い」
俺の容赦のない物言いに、流石のリアドレスも目を丸くする。むこうは一介の騎士に過ぎないウルドと、あわよくばロクも退出させたかったのだろう。
だが悪いな、ここは譲れない。ウルドは部外者どころかれっきとした関係者だ。
物事を偶然で片付けていいのは二度までと長い経験から学んだ。一度で偶然。二度で奇跡。三度以上は必然だ。
幻と言える竜人が、久しく見ない禁忌の術をグレビアで刻まれた。そしてその竜人は過去に俺と曰く有りの男、皇帝リアドレスの息子の騎士だという。挙げ句の果てに、このタイミングで彼の国に問題発生。その問題は、あのリアドレスが鳥籠に、俺に相談を持ち掛ける程の大事だという。
流石にこれは出来すぎだ。これを偶然で片付けられる奴は、よっぽどの間抜けだ。ここまで来れば、最早よく出来た脚本の一部のよう。
寧ろ今回俺が関わったことの方が、舞台上で起きてしまった偶発的な事故だと考えた方がしっくりくる。
だとすればどこかで舞台の幕が、もうとっくに上がっているはずだ。
なあ、リアドレス。俺はお前とお前の愛する国の両方が、常に安寧であればいいと願っていた。共に見守ることは叶わないが、離れた今も尚その気持ちに変わりはない。
願わくばこの舞台の終幕において、水の底に沈む定めにあるものがお前の国でなけれいいと、心から思っている。
俺が何かを護る為に踏み台にしなければならないものが、お前でなければいいのにと……。
「まだ言うかっ。だからそれはお前の勝手な勘違いだと言っただろうがっ!」
「ですが私は確かにこの目で見たんですっ。部屋に叔父上が……」
「部屋?一体何を……」
躊躇いがちに開けた扉の向う、部屋の雰囲気は入るのを躊躇うほどに、最悪だった……。
思わず後退り締めかけたドアを、ダンッと音を立てて横から抑えた奴がいた。見上げると案の定、ニヤリと笑ったロクの顔が実に嬉しそうに俺を見下ろしていた。俺を押しのけ部屋に入り、こちらに向けていい顔で顎をしゃくるのが無性に腹立たしい。
仕方ないと諦め足を踏み出した時、押し退けられてよろめいた。透かさずウルドが支えてくれたが、目を眇めた俺の頬をふわりと撫でて、見えない塊が横をすり抜けて行った。耳元に残された小さな笑い声。
振り返ったロクがスンスンと何度も鼻を鳴らし嫌そうに周囲を見回している。
どうやら呼んでもいない面倒な観客が一人、勝手に上がり込んだようだ。
グレビア帝国との会談は、皇帝リアドレスの謝罪から始まった。三年振りに会った男は俺の顔を見て切なそうに目を細めたが、それもほんの一瞬のことで、直ぐに帝国の皇帝の仮面を被り真摯な態度で謝罪した。
第二皇子は終始不満気だったが、流石に口を出すことは無く大人しかった。
「リアドレス、皇帝としてのお前のけじめは受け取ろう。だがな、謝罪は詫びる気持ちを持って言葉を紡いで初めて意味を持つ。それを担うべきは本人だ。お前はいつも過保護が過ぎる。守られ過ぎた子供はいつまで経っても学ばず、過ちを繰り返すぞ」
「何だと、貴様っ」
「止めろ。俺はお前に発言を許した覚えはない。立場を弁えろ、第二皇子アルガレル」
「っ……」
「忘れるな、リアドレス。子犬は直ぐに大きくなり、牙も一緒に成長する。傍に置く者には特に注意しろ。制御の利かぬ群れ程厄介なものはない。足元を掬われるぞ」
「忠言、肝に命じよう。改めて子の親としても詫びよう。考えが甘かった。配慮が裏目に出てしまった。ナルジェ、本当にすまなかった」
そう言って頭を下げた皇帝に、グレビアの者達が息を飲んだ。当然だ。一国の皇帝が頭を下げる相手が、ただの娼妓であるはずがない。直ぐにその意図に気付いた数名が、顔色を悪くする。これで少しは話し安くなるだろう。
放っておくと明日まででも謝罪を続けそうなリアドレスを制して、早速本題を促した。するとリアドレスが人払いを願った。
それを鼻で笑ったロクが俺に耳打ちする。
「人払いだとよ、ナルジェ。相変わらず間抜けだな、あの男」
ロクの言う人とは、勿論人族を指す。この場に居る純粋な人族はグレビア側のみで、ウルドも含めこちらに払うべき人などいないと笑ったのだ。肘で小突いたが、遅かった。
話は聞こえなくともロクが笑ったことには気付いた様で、グレビア勢がそろって剣吞な目を向けていた。
「ナルジェ、そちらの方は?」
「ああ、俺のことは気にするな。あんたの言う条件には当て嵌らないから大丈夫だ」
一国の皇帝相手にひらひらと手を振りあんた呼びを繰り出したロクにグレビア一同が呆気に取られているが、こればかりはどうしようもない。
「彼はロクだ。俺の……番犬の様なもの?だな。害はない。……多分。人払いの件だが、こちらは既に厳選している。俺、ロク、ウルド、鳥籠支配人のゾフィセルだ。秘密漏洩を心配するなら沈黙の誓いを結んでもいい。だが人選は替えない。俺が妥当と判断する人選に指図する権利はこの場の誰にも無い」
俺の容赦のない物言いに、流石のリアドレスも目を丸くする。むこうは一介の騎士に過ぎないウルドと、あわよくばロクも退出させたかったのだろう。
だが悪いな、ここは譲れない。ウルドは部外者どころかれっきとした関係者だ。
物事を偶然で片付けていいのは二度までと長い経験から学んだ。一度で偶然。二度で奇跡。三度以上は必然だ。
幻と言える竜人が、久しく見ない禁忌の術をグレビアで刻まれた。そしてその竜人は過去に俺と曰く有りの男、皇帝リアドレスの息子の騎士だという。挙げ句の果てに、このタイミングで彼の国に問題発生。その問題は、あのリアドレスが鳥籠に、俺に相談を持ち掛ける程の大事だという。
流石にこれは出来すぎだ。これを偶然で片付けられる奴は、よっぽどの間抜けだ。ここまで来れば、最早よく出来た脚本の一部のよう。
寧ろ今回俺が関わったことの方が、舞台上で起きてしまった偶発的な事故だと考えた方がしっくりくる。
だとすればどこかで舞台の幕が、もうとっくに上がっているはずだ。
なあ、リアドレス。俺はお前とお前の愛する国の両方が、常に安寧であればいいと願っていた。共に見守ることは叶わないが、離れた今も尚その気持ちに変わりはない。
願わくばこの舞台の終幕において、水の底に沈む定めにあるものがお前の国でなけれいいと、心から思っている。
俺が何かを護る為に踏み台にしなければならないものが、お前でなければいいのにと……。
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