月の帰らぬ夜の果て ~傀儡の男~

まにま 三尾

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第三章 盟約と契約

24 十二氏族の盟約

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「さて、ここからが本題だ」

 そう告げた俺の声に、アルガレルの肩がぴくりと動いた。椅子に深く腰掛け黙り込んだまま、片手を額に載せて天を仰いでいたリアドレスが目を開いた。その表情には、すでに疲れが滲んでいる。

「セドリックとシリスタ殿はどうか知らないが、リアドレスとそこの子犬は仮にも王族だ。歴史の史実は当然学んでいるだろう。ならば盟約についても知っているはずだ」
十二氏族じゅうにしぞくの盟約のことか」
「そう、その盟約だ。建国の王が勝手に結んだ盟約だから自分は無関係だと主張する王族がたまにいるが、それは間違った解釈だ。盟約はこの世界に生きる者全ての不可侵のルールとして、遥か昔から存在したものだ。人族が好き勝手に国を作りだし主権を主張し出したものだから、十二氏族が親切心から忘れるなと王に通達したにすぎない。盟約と言いながら一方的に告知しただけで、はなから相手の了承など必要としなかったんだ」

 内容は至って簡単。幾つかの遵守事項と禁止事項を示し、守る限りは好きに生きるがいい、反するならば十二氏族が徹底的に叩きのめすから覚悟しろというもの。この時の十二氏族の警告を、真摯に受け止めた王がどれ程いたかはわからない。だが間違いなく、後の世への伝え方は誤ってしまったのだろう。
 程なくして、海に浮かぶとある島国の王族が、ルールを破り禁忌の魔術を使用した。それが判明するやいなや、十二氏族は盟約を遂行した。どうなったかというと、国ごとまるっと無かったことにしたのだ。たった一人の王族の愚行により、一夜で国が跡形もなく消滅した事実はかなりの衝撃だったらしく、各国の王は禁忌の魔術を【亡国の術】と呼び恐れ、徹底的に封印した。
 だが隠されれば見たくなり、やるなと言われればやりたくなるのが人の性。ルールを破り禁止事項にある魔術を使おうとする王族や魔術師はいつの時代も必ず出現した。その度に十二氏族は盟約を違えず、きっちりと果たしたのである。

「勘違いするとまずいのは、盟約は契約とは違うということだ。そして対象は王族のみならず、全ての人。自分に結んだ憶えなど無くても、この世に生れたことで既に課せられている。一旦犯したら代償が払われるまで回収は終わらない。問題は代償の範囲だ。最小で済ませられたら僥倖。無理なら国ごと狩られる」
「国一つとは……稀な話ではないのか」
「残念ながら珍しいことではないのだ、リアドレス。だからこそ過去の王たちは亡国と呼んだ。十二氏族はいちいち相手の事情など加味しない。キリがないからな」
「残念だな、グレビア。今更知らぬ存ぜぬは通用しなくなったぞ。最初からナルジェの言う通りにすべきだった。あいつ等は手間を省くから、やることが早くて派手だぞ」
「……嘘だ、騙されないぞ。そんなもの迷信だ。盟約など御伽噺おとぎばなしに過ぎない。その証拠に十二氏族が正式に人前に登場したという歴史上の記述はない。あるのはいつも迷信じみた噂話だけ」

 アルガレルの言うことは確かに事実だ。十二氏族が代償を回収する相手以外に名を名乗り姿を晒したという事実はない。皇子の肩書は伊達ではないようで、なかなか真面目に学んだらしい。
 だが、残念ながらこれも見当違いだ。存在しない事と姿を見せない事は当然同義ではない。無駄と人族を嫌う十二氏族が、好き好んで必要のない場に姿を晒し自己紹介までする必要など、どこにもない。

「そもそも十二氏族筆頭と言われた精霊など、もうこの世にいない。既に滅んだ過去の種族だ。…父上、この者達の方こそ私達を謀ろうとしているのです。大方魔術士や魔族の行ないと天変地異が重なり、戒めを含めることで形を変え、物語のように語り継がれたのでしょう。父上を騙せても、俺には通用しないぞ」
「流石グレビアの子犬。復活したぞ。内容は兎も角、しつこさは群を抜いている」

 ここに来て又も要らぬ根性を見せたアルガレルの言葉に、ロクが心からの感嘆の声を漏らす。
 同時に耳元でくすくす笑う声がしたかと思うと、肩に重みが加わった。イラつき目を眇めると、直ぐに気付いたロクが舌打ちをした。

「チッ、離れろ。ナルジェが嫌がってる」

 表情を消し去り宙を睨むロクを揶揄うように、俺の肩に伸し掛かる重みが一瞬増した。肩ががくっと落ちた途端、俺を支えて椅子から腰を浮かせたロクが一気に殺気を放つ。
 その凄まじさとギロリと向けられた凍えるような黒の瞳に、ガタガタと音を立て席を立った者が三名。ウルドにシリスタ、リアドレス。一拍遅れてアルガレルが、続いてセドリックが慌てて立ち上がった。
 一瞬で消えた重みと共にロクの殺気も直ぐに引っ込んだが、何事かと険しい顔でこちらを見つめるグレビア一同の視線がどうにも痛い。
 ここまで来れば流石に説得は面倒だ。全て晒して追い詰めた方が、話が早いか……。

「精霊は過去の種族らしいぞ。勝手に入り込んだ対価だ。姿を見せろ、ロベルバ」

 俺の声を合図に、突如ガタガタとテーブルと椅子が音を立て揺れ出した。そして部屋中の物という物が独りでに浮き上がり、目の前でゆっくりと回り出す。グレビアの男達が呆気にとられる中、徐々に速度を上げたカップの縁から弾き出された紅茶が線を描いて飛んでいく。

「ゾフィセルの淹れたお茶を無駄にするなよ」

 冷たい声で告げると、水の帯を描いていた紅茶が空中でぴたりと動きを止め、玉になって巻き戻すようにカップに収まりテーブルに着地する。
 全ての物が元の場所に収まった時、目の前のテーブルの上にさっきまで存在していなかったがちょこんと胡坐をかき、ふわふわと浮いていた。
 長くうねる淡い金の髪。青年と呼ぶにはどこか幼さを感じさせる可愛らしい顔立ちに、目尻の上がったぱちりと大きな菫色の瞳。緩く身体に巻きついた白い衣がはためきはだけ、不自然な程白い肌を晒している。大きく開いた平たい胸元から男であることは分るのに、どう見ても可憐な少女に見える容姿に毎度違和感が拭えない。
 霞がかった淡い紫の燐光を纏った青年は、不服そうに唇を尖らせ俺を睨みながら、止まることなくふらふらと揺れ続けていた。


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