先輩とわたしの一週間

新高

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二回目の金曜日

9※

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 薄い下腹の辺りに大きな熱の塊がある。自分の胎内に他人の体の一部があるって不思議な感覚だなあ、と考えた所でふと気付く。今、なんだか、とてつもなく恥ずかしいというかマズイ事を言ってしまったのではないかと。

「ぅあッ!?」

 途端、中にある葛城の昂りが大きくなった。突然増えた質量と熱に晴香は文字通り目を白黒させて驚く。なんで、どうして、と葛城を見れば心底気まずそうな顔をして項垂れている。

「……悪い」
「先輩大丈夫ですか?」
「あんま大丈夫じゃないけど……今のは流石に俺は悪くないだろうと思うけど……うん、まあ、なんだ」
「先輩?」
「無自覚のタチの悪さ……」

 会話が噛み合わない。んんん? と首を傾げていると、葛城は項垂れたまま晴香の様子を見て小さく安堵の息を吐いた。

「お前大丈夫そうか?」
「わたしですか?」
「痛くはない?」
「う……は、い……なんとか……? 痛いというより、お、お腹が、いっぱいな感じでちょっと苦しいかなって」

 自分の状態を説明する恥ずかしさに体が無意識に動く。と、その微かな動きでも伝わるのか葛城の眉間に皺が寄る。先程晴香が手で握っていた時と同じ様でもあるが、でも自分だって少なからず苦痛は感じているのだから先輩も今は違うのかもしれない。晴香はおずおずと葛城の頬に手を伸ばす。

「先輩こそ大丈夫なんですか? なんだかすごい辛そうですけど」
「……覚悟はしてたけど、だいぶ辛いなコレ」

 葛城の吐く息が熱い。額には薄らとだが汗も滲んでおり、これは自分以上にマズイのではなかろうかと晴香は慌てる。

 え、これどうしたらいい? こう言う時ってどうするのが正解!?

 考えるが当然何も浮かばない。ならば逆にこれまで自分がして貰った事をやればいいのではなかろうかと気が付いた。自分が痛みと苦しさに耐えていた時に葛城はどうしていただろうか。

「せ、先輩!」

 葛城がどうした、と口を開くより先に晴香は続きを叫ぶ。

「がんばれ!!」

 ブハァッ、と葛城が盛大に吹き出す。その後ゲホゴホとこれまた大きく噎せ返るものだから、その動きに合わせて晴香の身体も小刻みに揺らされる。ともすれば上がりそうになる短い声を懸命に唇を噛んで耐えながら、晴香は今宵一番と言うか葛城とこうなってから一番のやらかしを自覚した。

 間違えた。これはどう言い訳のしようもなく大間違いのやつ、と穴があったら入るしかない。せめて顔を隠したいが枕は無く、せめてシーツにと身を捩ろうとするとその動きにも一々反応してしまうので動けない。仕方が無いので両手で顔を覆って「すみません」と蚊の鳴く様な声で詫びを口にする。
 しばらく咳き込み続けていた葛城であるが、どうにかこうにか呼吸を落ち着かせると晴香の両腕をそっと掴む。

「顔見せろ」

 ほんとおまえ、と心底呆れ返った声に晴香はますます身を縮める。ない、今のはない、と自分でも良く分かっている。いくらなんでもなさすぎだ。これでは過去に「萎えた」と言われたのも仕方が無い。
 ここ一番での発言が本当にひどい。

「……おわびのしようもなく」
「なにが?」
「いや……だって……さすがにいまのは……」
「っ……がんばれ……」

 く、とまた葛城の声が揺れる。晴香は両手で顔を覆ったまま「うあああああああ」と低く長い叫びを上げる。

「まあ頑張った分のご褒美はあるからもう少し耐えるさ」
「……え」
「ん?」

 晴香は少しばかり指を開きその隙間から葛城を見る。てっきり呆れ、萎え、怒りで険しい顔をしていると思っていたのだが。
 呆れた顔はしつつも楽しそうに口元を緩めている。そして晴香に向ける眼差しは優しいけれど、その瞳の奥に宿る色はずっとそのままで消えていない。

「え?」
「どうした?」
「……萎えないんですか?」
「お前今日は至近距離からデッドボール投げすぎじゃね?」
「先輩に押し倒されてるからですかね?」
「まあナカに突っ込んでるような距離だしな」
「先輩こそデッドボールでは!」
「俺のクララが元気なのはお前が一番分かるだろ」
「だからーっ!! 児童文学にあやまれええええええ!!」

 いつぞやの酷すぎる発言がここにきてまたしても炸裂する。思わず顔を隠すのも忘れて葛城の胸やら腕をバチバチと叩くと難なく掴まれ、そしてベッドに抑え付けられた。

「今もこんなだよ」

 葛城が軽く腰を揺らす。晴香はヒクリと喉を鳴らした。胎内にある熱はいまだそのままで、失われる気配は欠片も無い。
 なんで、と知らず口にすれば葛城は怪訝そうに眉を顰めた。

「なにがだ」
「なにがって……こんなタイミングであんなこと言われたら普通萎えません? てか先輩の発言でむしろわたしが萎えそうですよ!?」
「前も言っただろ」
「だからって!」
「ソッチじゃねえよ。お前と話しするの好きなんだよって言っただろ。それにずっと抱きたかった相手の裸が目の前にあって、ナカに挿れた状態で、これで萎える男がいるか」
「話の中身がひどすぎるんですが……!」
「でもそのわりにはナカが締め付けられて俺ヤバいんだけど?」

 葛城が口の端を緩く上げる。筒抜けなのが恥ずかしすぎて晴香は腕で顔を隠そうとするが、両手を封じられたままなので赤くなるのを不様に晒すしかない。
 こんなにも場の空気を壊すような事ばかり言っている自分を、呆れ果てるどころか好きだと言ってくれる相手に反応せずにいられようか。

「先輩、手を離してほしいです」
「理由による」

 ううう、と晴香は短く呻いて顔を横に向ける。恥ずかしすぎて直視はできない。

「……先輩の首を両腕で絞めたいんですが」
「素直に抱きつきたいって言えよ」

 くつくつと笑いながら葛城は手を離すとそのまま晴香の身体を抱き締めた。晴香も口にした通り葛城の首に両腕を回してしがみつく。

「お前の応援のおかげでだいぶ落ち着いたけど、お前はどうだ? 少しは落ち着いた?」
「気持ち的にはこれっぽちも落ち着いてませんけど」

 それでも続きが欲しいのは晴香も同じだ。ぎゅ、と回した腕に力を篭める。

「できるだけ少しずつ動いてくから……それでも痛かったりもう駄目だって思ったらちゃんと言えよ?」
「う……はい……」

 でも、と晴香は葛城にしがみついたまま言葉を続ける。

「……痛かったり、き、気持ち、よすぎて泣いちゃったり、しても……あの……ええと、最後までよろしくおねがいします!」

 最早自分でも何を言っているのかが分からない。葛城は晴香を抱き締めたまま小刻みに揺れているので、これはまた笑いに耐えているのだろう。

「途中まではよかったのに……お前……まあお前らしいっちゃらしいんだけど……」

 もうこれから先は口を開くまいと晴香は心に決めるが、その前にこれだけはもう一度だけ伝えたいと身体を動かす。首の後ろに回した両手で葛城の頬を挟み、しっかりと向かい合う。
「先輩のことが大好きです」

 勢いで流されてでもなく、語尾に余計な物が付いた状態でもなく、改めてはっきりと自覚した想いを全力で投げ付ける。
 それを葛城は正面で受け止めると「俺もだよ」と幸せそうな笑みを浮かべて口付けた。


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