幼馴染に陰で都合の良い男呼ばわりされた俺は、好意をリセットして普通に青春を送りたい

うさこ

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藤堂の初めての感情

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 笹身が泣きじゃくったあの日から数日が経った。
 廊下で見かけた笹身は、ポニーテールだった髪を切ってショートカットになっていた。
 俺と目が合うと、笑顔でお辞儀してくれた。
 はにかんだ顔は以前よりも幼さが目立つ。

 友達と手を繋いで、一緒にお手洗いへと消えて行った。
 笹身はとても自然体になっていた。
 背伸びしていた仮面が剥がれた感じであった。
 これから笹身が陸上を続けるか俺は知らない。
 ……俺と一緒だ、精一杯悩んで前に進めばいい。



 朝のHR前の時間だ。
 俺は佐々木に借りた本を返すために元の教室へ行くと、道場は一人で机に向かって勉強をしていた。
 凛とした横顔がとても美しいものであった。
 俺が教室に入ったのを気がついたのか、顔を上げ柔らかい笑みを会釈をしてきた。
 俺もペコリと返す。
 道場はすぐに机に向き直って勉強を始めた。
 ポーズではない。真剣に自分と向き合っている姿は見てて気持ちの良いものであった。

 俺は佐々木の席へと向かう。
 佐々木は手を振りながら俺を迎え入れてくれた。

「ねえねえ、藤堂君。今一年生で凄く可愛い子がいるって話題なんだけど……、さ、笹身ちゃんらしいんだ。何があったのかしら? なんか、陸上部の子と手を繋いで……ふふ、素敵なカップル……」

「さあな、ところで、この本は女子同士で恋愛をするのか? 俺にはまだ理解が追いつかない……」

 五十嵐も佐々木に会いに教室へ来た。
 俺は軽く挨拶をして、ひっそりと教室を出た。


 それにしても良かった。笹身があそこまで変わってしまうとは……、笹身は確かに可愛くなった。笹身を見ていると、友達だった犬を思い出す。彼も可愛い顔をしていた。

 ……朝のHRまで時間がある。花園のクラスに行って笹身の事を報告しよう。

 あのクラスは清水君がいるから入りづらい。
 彼は大人しいと聞いたが、きっと異常な精神を抱えている。あれこそ関わらないのが正解である。

 俺は教室を軽く覗いてみた。
 清水君は男子友達と談笑をしていた。どうやら男子からはモテモテらしい。清水君の周りの男子は距離感が妙に近い……。見なかった事にしよう。

 俺は視線では花園を探した。
 花園の後ろ姿を見た時、俺は心臓が掴まれた気持ちになった。

 花園は男子生徒と談笑をしていた。
 背中越しだから表情は見えない。
 とて、も、楽しそうに――
 いや、これはこの年代の学生にとって普通の事だろう。
 花園が男子の友達がいてもおかしくない。

 それでも俺の胸がちくりと痛んだ。
 ……大丈夫だ。このくらいなんてことない。

 花園と話している生徒をよく見ると――御堂筋先輩であった。
 俺は一度だけ話した事がある。……花園のラブレターを渡した時だ。胸の痛みが強くなった。

 花園の横のいたさっちゃんさんが俺に気がついて、花園に何かを告げていた。俺は声を聞かないようにしていた。

 花園は振り返った。
 その顔は少しだけ焦った表情をしている。
 御堂筋先輩に断りを入れて俺の所へやってくる。

「と、藤堂、おはよう。珍しいね、この教室に来るなんて――」

「あ、ああ」

 俺はそれしか言えなかった。
 俺の胸に渦巻いている感情はなんだ? なんで花園は焦っていたんだ? 
 考えがうまくまとまらない。
 どうしていいかわからない。まるで昔の俺に戻って行くような感覚であった。

 沈黙を破ったのが、近づいてきた御堂筋先輩であった。

「やあ、藤堂君、おはよう。最近の僕の日課でね、花園さんに会いにこの教室に来ているんだ。……彼女は本当に素敵な人だね? 藤堂君が羨ましいよ。こんな素敵な人といつも一緒にいるんだから――」

 嫌味も悪意も感じない。御堂筋先輩はとても良く出来た人間である。それはクラスの雰囲気を見ているとわかる。だれもが彼の事を歓迎している。
 花園は御堂筋先輩の言葉を聞いて、否定の声を上げる。

「や、やめて下さい、先輩……。と、藤堂、これはね――」

「失礼……どうやら俺は邪魔もののようだな」

 違う、俺はそんな言葉を言いたいんだじゃない。
 俺は何をしにここに来たんだ? 目的を忘れそうになってしまう。
 俺にとって花園は大切な友達だ。だから、俺からもう友達を奪わないで――

 御堂筋先輩は花園を見つめていた。その顔は好意を感じる。

「あの一件があっただろ? 僕が花園さんに盛大に振られちゃった時だよ。あの時から僕は花園さんを忘れられなくてね……。だから僕は勇気を出して花園さんと朝の会話をするようにしているんだ。いや~、初めは凄く怖かったよ。ずっと無視されたけど、やっと少しだけ話してくれるようになってね……」

 花園は弁明するように俺に言った。

「……あのね、流石にずっと無視したら悪いと思って……。クラスの雰囲気も悪くなるから、少しだけなら話していいかなって。で、でも、私は――」

「藤堂君、花園さんは君に夢中なんだよ。ははっ、それでも僕は諦めないよ。何度だってアプローチをするさ。僕は行くね、それじゃあ!」

 御堂筋先輩は爽やかな笑顔で教室にいる生徒に挨拶をしながら颯爽と教室を出ていった。風格の違いを感じる。

 残された俺と花園の間に沈黙が広がる。胸の痛みも広がる。痛みとともに嫌な感情が渦巻く。
 よく考えろ。馬鹿な勘違いはするな。俺は昔の俺じゃない。

 俺は痛みと共に生きると決めたんだ。

「は、花園、御堂筋先輩は……良い人なんだな」

 花園からは後ろめたさを感じた。花園の交友関係を咎める権利は俺にはない。
 頼む、そんな顔をしないでくれ。花園は笑った顔が素敵なんだ。

「う、うん。明日はもっと強く断るよ……。藤堂、今日は一緒に帰ろうね? お願い……」

「あ、ああ、善処する――。きょ、教室に戻らなくては」

 口がうまく回らない。大丈夫だ。心配ない。俺は花園のそばにいる。その言葉が出ない。
 俺は何様なんだ? 花園と俺は友達。誰が花園の事を好きになっても俺には関係ないはずだ。

 だが、この胸の痛みは我慢できない――

 俺はどうしてもこの場にいることが出来なかった。
 誰も悪くない。御堂筋先輩に花園に話しかけないでくれ、なんて言えない。
 ……それは俺のわがままだ。

 俺は花園の教室を後にした。







「まって~! 藤堂君~! はぁはぁ……。足早いって!」

 廊下を歩いていたら、後ろから女子生徒が俺を追い越した。
 花園の友達のさっちゃんさんである。
 俺はいつもどおり歩いていたと思っていたが、早歩きになっていたようだ。

「ああ、さっちゃんさんか。どうしたんだ?」

「どうしたって……、ねえ、藤堂君、大丈夫? まだ時間あるから少し話そ?」

「話しとは? 俺はそろそろ教室に――」

 今は誰とも話したくない。考えをまとめて授業中にレポートを作りたい。

「藤堂君、その気持ちは普通な事だよ? 大切にしていた人が知らない誰かに好意を持たれている。びっくりするよね? 華ちゃんはモテるからね……」

 花園がモテる……。当たり前だ、花園は素敵な女性である。――俺は彼女を傷つけた過去を思い出してしまった。心が暗くなる――

 俺は足を止めた。俺の気持ちが何かわかるかも知れない。彼女の話を聞いてみよう。

「御堂筋先輩が教室に来だしたのはここ最近かな? いつの間にかクラスに馴染んでいたから違和感がないのよ。ていうか、華ちゃんの態度は見てるこっちがヒヤヒヤするくらい冷たかったんだけど、御堂筋先輩はそれでも毎日華ちゃんに話しかけて……、ラブレターの件の負い目もあって、最近は少しだけ話しをするようになったんだよ。でもね、話はいつも藤堂君の事ばっかり。聞いてるこっちが胸焼けしちゃうくらいにね」

 ラブレターの件か、あれは俺のミスだ。
 リセットした弊害である。
 弁明のしようがない。

「……さっちゃんさん、わざわざ俺に伝えてくれてありがとう。俺は……うまく感情を対処できない。だが、君のおかげで俺のこの感情の正体がわかった」

 ――これが嫉妬か。小説で学んだ事がある。

 さっちゃんは俺の肩を触って揺すった。まるで五十嵐みたいであった。

「ほら、元気出して! 藤堂君だって御堂筋先輩に負けてないんだから! 最近かっこいいって噂になってるんだよ? 頑張ってね!!」

 さっちゃんはそれだけ言って走り去っていった。




 俺は気が付いていなかった。
 いつもはすぐに認識できるはずなのに。

 後ろに気配を感じた。
 振り向くと田中が少し離れた所で立っていた。

「あ、なんかお邪魔だったじゃん? へ、へへ、藤堂にも華ちゃん以外に女子の友達がいたんだね! そ、そうだよね、藤堂かっこよくなったもんね」

 どういうことだ? 俺は花園の友達であるさっちゃんと話していただけだ。
 何故か俺は後ろめたさを感じた。
 隠すような事は何もない。やましいことは何もしていない。

「こ、これは、田中、うまく言えないが……」

 心が焦る。言葉がうまく紡ぎ出せない。
 俺は田中に弁明したかった。胸が痛くなる。さっきとは違う痛みだ。

 田中は深呼吸をして俺を見つめる。
 優しい瞳であった。

「いこ」

「――田中」

 チャイムが鳴り響く。
 動き出そうとした田中の手を思わず掴んでしまった。

「きゃっ!? と、藤堂!?」

 そうか、さっきの花園の気持ちはこんな感じであったんだな。
 悪いことはしていない。でも後ろめたさはある。
 言葉を重ねても嘘に聞こえてしまう。

 ――青春って難しいんだな。

「田中、相談に乗ってくれ。俺はどうしていいかわからない」

 俺は自分の弱さを知るために一歩踏み出した。
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