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裸足の花嫁~日陰の王女は愛に惑う~⑭
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チュソンが祖父とのやり取りをぼんやりと思い返していたときだ。ふいに賑やかな歓声に物想いを破られた。
見れば、前方から歓声が聞こえてくるようだ。眼をこらしてみると、大勢の女官や内官が集まっている。彼らが取り囲んでいるのは、立派な身なりをした若い女性二人だ。
一人はピンク色を基調としたチマチョゴリ、もう一人は淡い緑のチマチョゴリに身を包んでいる。どちらもが美しいが、小柄な娘に比べ、長身のほっそりとした娘の美しさは際立っていた。
刹那、チュソンの視線は背の高い娘の方に吸い寄せられた。この距離では顔の細部までは判らないが、綺麗なひとであるのは一目瞭然だ。
後宮であのように豪奢な晴れ着を身につけたうら若い女性といえば、王の側室か娘に限られる。見たところ、二人の娘たちは長い髪を上げず、編んで背中に垂らしている。つまり、彼女たちは王の娘なのだ。
チュソンは立ち止り、なおも動かずに二人をーいや正しくは緑の服の少女を見つめていた。
二人は投壺をしているようだ。ちなみに投壺というのは、余興の遊戯(ゲーム)だ。一定の距離がある場所から前方の壺に矢を投げ入れる遊びである。
「えいっ」
小柄な方が掛け声と共に投げるも、惜しむらくは矢は壺の手前に落ちた。緑の服の娘が細い手で矢を取り、優雅な手つきで投げれば、矢は弧を描いて勢いよく飛び、見事に壺に填まった。
それぞれの王女を応援しているらしく、二手に分かれた女官たちがしきりに手を叩いている。
「あなたには敵わないわ。何度やっても勝てた試しがないもの」
拗ねたように言う妹に、姉王女が優しく身振り手振りを交えて、投げ方を指南している。しまいには姉は妹の背後に佇み手を添えて、実際に教授して見せた。何度か手を添えて投げさせ、最後は妹に一人で投げさせると、今度は矢は壺に命中する。
姉妹の微笑ましい光景に、眺めているチュソンまで心が温かくなった。丁度、集団の端っこで見ていた若い内官が離れ、こちらに向かって歩いてくる。チュソンはさりげなく内官に近づき、すれ違う風を装い呼び止めた。
「申し訳ないが、少し訊ねたい。あの美しい姫君方は、どなたなのですか?」
内官は細い眼を丸くして、怖々と応えた。
「国王殿下(チュサンチョナー)のご息女です」
「ということは、ご姉妹か」
「さようです、右側が聡明(チヨンミヨン)公主さま、左側が央明(アンミヨン)翁主さまです」
二人の王女の立場は明らかな違いがあるようだ。聡明公主というからには王妃の娘であり、央明翁主の方は正室腹ではない。公主の称号は嫡妻から生まれた女の子にのみ許される敬称だ。
チュソンは問うともなしに訊いた。
「央明翁主さまというのは、緑の服を着られた方か?」
「さようです」
内官は頷き、話はそれだけかという顔で見ている。チュソンは礼を言って、内官とは別れた。
いつまでも立ったままで高貴な姫君たちを不躾に眺めているわけにもゆかない。チュソンは中宮殿に向かう脚を早めた。背後でまた愉しげな笑い声が風に乗って聞こえてきた。
伯母との対面は、いつもながら窮屈で居心地の悪いものであった。伯母も美しいといえば美しいが、眼許の険は幾ら化粧でもごまかせない。値踏みをする眼で始終見られ、微笑んではいても眼は笑ってはいない。吹雪の夜のように凍てついており、隙あらばチュソンに何か決定的な弱みがないかと探っているようでもある。
いつもなら伯母と向き合っている時間は苦痛でならないのに、今日だけは違った。チュソンの眼は伯母に向けられていても、その実、伯母を見てはいなかった。彼はずっと先刻見たばかりの美しい姉妹ー正しくは緑の衣服を纏った姉姫を思い出していたのだ。
パク・ジアンは幾ら探しても見つからない。そろそろ自分も新しい恋を探すべきで、いつまでも恋とも言えない昔の淡い感情に振り回されているべきではないのかもしれない。
いや、パク・ジアンへの想いは幼いなりに真摯で深いものだった。しかし、都中を探し回っても、彼女は見つからない。チュソンはジアンへの気持ちが幼さゆえの一過性のものだと自分に言い聞かせ、諦めようとしたのだ。
チュソンはその日、初恋の少女と決別した。けれどー。新たな恋の始まりはまた、新しい苦しみの始まりでもあった。
見れば、前方から歓声が聞こえてくるようだ。眼をこらしてみると、大勢の女官や内官が集まっている。彼らが取り囲んでいるのは、立派な身なりをした若い女性二人だ。
一人はピンク色を基調としたチマチョゴリ、もう一人は淡い緑のチマチョゴリに身を包んでいる。どちらもが美しいが、小柄な娘に比べ、長身のほっそりとした娘の美しさは際立っていた。
刹那、チュソンの視線は背の高い娘の方に吸い寄せられた。この距離では顔の細部までは判らないが、綺麗なひとであるのは一目瞭然だ。
後宮であのように豪奢な晴れ着を身につけたうら若い女性といえば、王の側室か娘に限られる。見たところ、二人の娘たちは長い髪を上げず、編んで背中に垂らしている。つまり、彼女たちは王の娘なのだ。
チュソンは立ち止り、なおも動かずに二人をーいや正しくは緑の服の少女を見つめていた。
二人は投壺をしているようだ。ちなみに投壺というのは、余興の遊戯(ゲーム)だ。一定の距離がある場所から前方の壺に矢を投げ入れる遊びである。
「えいっ」
小柄な方が掛け声と共に投げるも、惜しむらくは矢は壺の手前に落ちた。緑の服の娘が細い手で矢を取り、優雅な手つきで投げれば、矢は弧を描いて勢いよく飛び、見事に壺に填まった。
それぞれの王女を応援しているらしく、二手に分かれた女官たちがしきりに手を叩いている。
「あなたには敵わないわ。何度やっても勝てた試しがないもの」
拗ねたように言う妹に、姉王女が優しく身振り手振りを交えて、投げ方を指南している。しまいには姉は妹の背後に佇み手を添えて、実際に教授して見せた。何度か手を添えて投げさせ、最後は妹に一人で投げさせると、今度は矢は壺に命中する。
姉妹の微笑ましい光景に、眺めているチュソンまで心が温かくなった。丁度、集団の端っこで見ていた若い内官が離れ、こちらに向かって歩いてくる。チュソンはさりげなく内官に近づき、すれ違う風を装い呼び止めた。
「申し訳ないが、少し訊ねたい。あの美しい姫君方は、どなたなのですか?」
内官は細い眼を丸くして、怖々と応えた。
「国王殿下(チュサンチョナー)のご息女です」
「ということは、ご姉妹か」
「さようです、右側が聡明(チヨンミヨン)公主さま、左側が央明(アンミヨン)翁主さまです」
二人の王女の立場は明らかな違いがあるようだ。聡明公主というからには王妃の娘であり、央明翁主の方は正室腹ではない。公主の称号は嫡妻から生まれた女の子にのみ許される敬称だ。
チュソンは問うともなしに訊いた。
「央明翁主さまというのは、緑の服を着られた方か?」
「さようです」
内官は頷き、話はそれだけかという顔で見ている。チュソンは礼を言って、内官とは別れた。
いつまでも立ったままで高貴な姫君たちを不躾に眺めているわけにもゆかない。チュソンは中宮殿に向かう脚を早めた。背後でまた愉しげな笑い声が風に乗って聞こえてきた。
伯母との対面は、いつもながら窮屈で居心地の悪いものであった。伯母も美しいといえば美しいが、眼許の険は幾ら化粧でもごまかせない。値踏みをする眼で始終見られ、微笑んではいても眼は笑ってはいない。吹雪の夜のように凍てついており、隙あらばチュソンに何か決定的な弱みがないかと探っているようでもある。
いつもなら伯母と向き合っている時間は苦痛でならないのに、今日だけは違った。チュソンの眼は伯母に向けられていても、その実、伯母を見てはいなかった。彼はずっと先刻見たばかりの美しい姉妹ー正しくは緑の衣服を纏った姉姫を思い出していたのだ。
パク・ジアンは幾ら探しても見つからない。そろそろ自分も新しい恋を探すべきで、いつまでも恋とも言えない昔の淡い感情に振り回されているべきではないのかもしれない。
いや、パク・ジアンへの想いは幼いなりに真摯で深いものだった。しかし、都中を探し回っても、彼女は見つからない。チュソンはジアンへの気持ちが幼さゆえの一過性のものだと自分に言い聞かせ、諦めようとしたのだ。
チュソンはその日、初恋の少女と決別した。けれどー。新たな恋の始まりはまた、新しい苦しみの始まりでもあった。
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