裸足の花嫁~日陰の王女は愛に惑う~

めぐみ

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裸足の花嫁~日陰の王女は愛に惑う~㉗

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 父はもう放っておくしかないと半ば諦めの境地らしい。
ーヨンオクが臍を曲げているのは、何も王女さま降嫁を願ったからではない。母は、そなたの結婚そのものに反対しているのだ。
 物言いたげなチュソンの肩を、父は愛情を込めて叩いた。
ーそなたはヨンオクにとっては、手放しがたいほど自慢の息子だということだ。されど、そなたももう大人だ。科挙にも合格し、任官したからには、いつまでも独り身でいるというのもかえって外聞が悪い。私は今回のご縁をありがたいものだと受け止めているよ。
 父の言葉は、チュソンの心に滲みた。世間ではよく息子の嫁を姑がいびるなどという下世話な話を聞く。母親にとって手塩にかけて育てた息子を嫁に託すというのは、息子を取られるに等しいらしい。
 母は両班家に生まれ育った、貞淑な女性だ。むろん、教養も備えている。そんな人がよもや流行小説に登場する姑のように嫁いびりをするなぞ、信じられない。もちろん、自分の気の回し過ぎだと信じたいし、そうならないのを祈るしかなかった。
 父から突然、王女との結婚が決まったと聞かされてから、一ヶ月が経過した。その間、チュソンが央明翁主と逢うことは一度もないままに日は過ぎている。
 もっとも、両班や王族の結婚とは、それが当たり前だ。ひどいときには結婚式当日まで、新郎新婦が顔を合わせないという例もあるし、珍しくはないことだ。
 自分たちはまだ、こうして祝言前に対面できただけでも恵まれていると思うべきだ。
 約束の刻限に、羅家の門前の道に立派な女輿が横付けになった。屈強な男たちが輿を担ぎ、お付きらしい若い女官が側に立っている。
 チュソンは軽やかな足取りで門から道まで続く階段を駆け下りた。チュソンを認めた女官が頭を下げて挨拶する。
「翁主さまは、中においでか?」
 小柄で丸顔の女官は愛らしい顔立ちだが、央明翁主の美貌には比べものにならない。
 女官はどこかチュソンを警戒するような眼で見て、小さく頷いた。
「では、そろそろ参ろう」
 チュソンは馬で、王女は輿でそれぞれ新居を目指した。チュソンはゆっくりと進む輿に合わせて馬を並足で歩かせた。
 いかに央明翁主が日陰の花のような暮らしをしているとはいえ、国王の娘を羅家の邸に迎えるわけにはゆかない。婚姻に先立ち、新婚夫婦が暮らす新居を用意しなければならない。
 それもまた母には不満の種らしかった。釣り合いの取れた両班家から嫁を迎えれば、わさわざ新居なぞ探さずとも良い。母はチュソンが結婚しても息子夫婦と同居もできるし、孫ができれば、しょっちゅう孫の顔も見られる。
 しかし、別居となれば、思うように息子にも会えず、孫が生まれても抱っこもできない。
 二人の新居として用意されたのは、羅氏の屋敷がある同じお屋敷町ではあるが、かなり離れた外れに位置している。まともに歩けば四半刻はかかるだろう。
 この屋敷は、国王自らが王女のために決めたものだという。国王は、とうに亡くなった末端の側室が生んだ娘に普段は殆ど父親としての情も関心も示さないらしいが、やはり王室を離れるとなると、親らしいことの一つもするのだろうか。
 高貴な人々の考えることは、チュソンは理解できない。ゆっくりと進んだため、四半刻よりはかかり、新居の前に到着した。羅家と同様、やはり人気の無い細い道から階段が続き、門を経て敷地内に至る。大体、どこの両班家でも似たような屋敷の作りだ。
 もっとも、両班とは名ばかりの零落した家では、到底屋敷とはいえないような仕舞屋に暮らす場合もあるにはある。
 階段下に輿が横付けされた。女官が正面の扉を開け、靴を揃えて置く。輿から降り立ったのは、たおやかな女人だった。まさしく、二ヶ月前、後宮の庭で見た麗しの姫君に相違なかった。
 チュソンの胸は早鐘を打ったように音を立て始めた。今日の王女は薄桃色の上衣に、鮮やかな緑のチマを合わせている。白い小花が刺繍された靴も濃い緑だ。
 そういえば、と、チュソンは改めて思い出す。初めて見た日も彼女は緑の衣服を纏っていた。あのときは上が淡い緑で、チマは濃い緑というより上から徐々に緑の濃淡に染められていた。
 あの衣装も似合っていたけれど、今日の装いはまた格別に美しいーと思うのは惚れた弱みだろうか。緑のチマには手描きらしい白い大輪の花が大胆に咲き、上衣の裾には蒼い蝶がやはり描かれている。
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