裸足の花嫁~日陰の王女は愛に惑う~

めぐみ

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裸足の花嫁~日陰の王女は愛に惑う~㊽

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 ただ、彼女の顔色の悪さは気になった。元々白い雪肌ではあるが、今夜は白いどころではなく蒼褪めている。淡い紅を塗った唇がかすかに震えていた。
「そろそろ中に戻りましょうか。五月とはいえ、流石に夜は冷える」
 チュソンは手を差し伸べ、王女の細い手を掴んだ。まるで氷のように冷たい。
「こんなに冷えて。申し訳ない。自分のことばかり考えすぎていました」
 チュソンが言い終わる前に、王女はサッと彼の手から自分の手を引き抜いた。まるで汚いものに触れられたかのような仕草に、少しだけ傷つく。
 室内には小卓が用意され、酒肴が載っていた。チュソンは王女に盃を渡し、酒器を取り上げて酒を注いだ。次いで、自分の盃にも手酌で注ぐ。
 王女は黙って見ている。一般家庭で育った娘であれば、ここはすぐに自分が良人の盃に注ぐと言うところだろうが、王女であれば気が利かずとも致し方ない。
 おいおいに教えてゆけば良い。チュソンは盃を掲げた。
「我らの前途を祝して、記念の夜に」
 だが、王女は盃を手にしたまま、彼を無表情に見つめているだけだ。
 チュソンは見ないふりをして、顔を背けて盃を干した。相手からは見えないように酒を飲むのが礼儀とされる。
「祝言が終わってから、少しはご馳走を食べましたか?」
 問えば、王女は力なくかぶりを振る。
 チュソンは頷いた。
「それでは、お腹が空いているでしょう。少しは召し上がった方が良い」
 彼は鶏の蒸し物を箸でむしり、取り皿に取り分けた。ついでに青菜ともやしの炒めものも取り分ける。
「さあ、どうぞ」
 王女に差し出しても、彼女は受け取らなかった。彼女はうつむいていたかと思うと、いきなり面を上げた。
「私を離縁して下さい」
「ーっ」
 温厚なチュソンも流石に血の気が引いた。声が尖るのは致し方ない。
「何故と理由をお訊きする権利くらいは、私にもありますよね」
 チュソンは取り皿を小卓に置き、膝に両手を置いた。
 王女は頑なに唇を噛みしめている。
「理由は申し上げられません」
 チュソンはいっそ静謐な声音で問うた。
「何故でしょう? 新婚初夜に新妻に捨てられるのですから、せめて離縁を望まれる理由くらいは知りたいと思います」
 王女は何も言わない。チュソンは低い声で続けた。
「そんなに私がお嫌いですか?」
 王女の眼が大きく見開かれた。
「いいえ。それは違います」
 王女はわずかに視線を宙に彷徨わせ、一つ一つを噛みしめるように言った。
「いつかも申し上げました。私はあなたを嫌ってはおりません。嫌ってはいないからこそ、早くに別れた方が良いと考えているのです」
 チュソンは頷いた。
「確かに、あなたはこの屋敷を見にきた日、そう言いました。それから、こうも言いましたよね」
ーそして今も、幼い日と同様に、自分を飾りも偽りもしなかった。そんなあなたの笑顔がとても尊く美しいものに見え、私もこんな子と友達になれたら、毎日が愉しいだろうなと考えました。
 王女の言葉を繰り返し、彼は続ける。
「今はもう友達として一緒にいるのもおいやですか?」
 王女はかすかに首を振った。チュソンは自分の声ができるだけ優しく聞こえるのを祈りながら言った。
「ならば、友達でも構いません」
 王女がハッとチュソンを見た。チュソンはやわらかな笑みを刷く。
「友達、恋人、単なる同居人。世の中にはたくさんの夫婦のかたちがあるでしょう。私は友達でも構いません、あなたさえ側にいて下されば、十分なのです」
 王女の艶のある唇がかすかにうごめいた。
「ー本当に?」
「ええ。男に二言はありません」
 きっぱりと言いつつも、彼の視線は艶めく王女の唇に吸い寄せられている。控えめな色味ではあるが、燭台の炎に照らされた唇はどこまでもつややかで、何とも誘うような色香がある。
 チュソンの体熱が上昇し、頭にカッと血が上った。
「寝る前に少しご酒を召し上がった方が良い」
「え?」
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