政略結婚しましたが、王子は愛人に夢中です!

クリオネ

文字の大きさ
3 / 110
《第1章》 仔猫と湖

北へ 3

しおりを挟む
 二三歳のクロードと縁組みするには、一五歳のサーラの方がもちろん年の上では適している。王家は、当然サーラがクロード・ディーリアに嫁ぐものとして話を進めようとした。しかし、肝心のサーラが頑として拒絶した。

 内々の話ではあったが、サーラには領土内の貿易商の息子との縁談があったからだ。

 身分差のためにまだ公に周知されていなかったが、公爵家の出入り商人で、国外にも多く拠点をもつ才覚のある一家の総領息子だった。サーラ、エリー、兄のルハンとは子供のころからの幼なじみである。二人は想いあって結婚を決め、来年の春にあげる式のための準備が、水面下で着々と進行していた。

 海の人魚が空の天使に恋して生まれた娘。姉のサーラは美しい異名をもち、王都でもその名が囁かれるほどの容色だった。

 窮地に立たされたのはメッシーア公爵夫妻である。

 親として娘の気持ちを親として後押ししたいのもあったが、婚約相手の商家は、外国から様々なものを輸入してくる目利きである。輸入されるもののなかには、武器や新技術といった国力に直結するものも含まれており、公爵家としては是が非でも結びつきを深めておきたかった。

 クロード・ディーリアとの縁談が来てから泣きくらしているサーラを傍で見ていたエリーは、姉がかわいそうで仕方なくて、つい言ってしまったのだ。

「わたしが行くわ。だって雪がふる場所で暮らしてみたいの」

 エリーはつい先月一三歳になったばかり。機敏にかがやく黒く大きな瞳は美しいが、どちらかというと少年の快活さだった。体も育ちきっておらず、つい二年前まで城内の少年たちにまじって海辺で剣の稽古をしたり木登りをして遊んでいたので、輪郭もほっそりとしている。髪の長さだけが女性らしさを示していた。舞踏会にもまだ出ていなかったので、他の領地ではほとんど知られていなかった。

「サーラ姉さまは、王都に行っても寒くて風邪ばかりひいていたじゃない。ガラティアは都よりもっと寒いんでしょ。そんなところで姉さまが生きていける訳ないわ。だからお父様、わたしが行く」

 ちょっと隣の領地まで馬を飛ばして行ってくるわ――そんな気軽さでエリーは気負いなく言ってみせた。難しいことはまだ理解が追いつかないが、自分がガラティアに行きさえすれば、万事おさまるのは見えていたからだ。

 父は、「本当にいいのか?」と再度エリーの覚悟をきいた。「元王子で現王弟とはいえ、ガラティアは錯綜した政治情勢にある。そんな場所に本当はエリーもサーラもやりたくないんだ」

「はい」

 神妙な顔でエリーは頷いた。「どちらかが行かないと父さまの立場が悪くなるんでしょう。姉さまよりわたしの方が強いから、多分なんとかなります」

 二か月前の自分の決意を、エリーは後悔していない。

 ――だけど、一人きりでガラティアに行くことになるとまでは思わなかった。これからも一人ぼっちのままかしら。

 ジャンヌに髪を結ってもらいながら、エリーは沈みこんでいた。

 ジャンヌとはお世辞にも相性が良いとは言えない。十日前、最初に王都で顔をあわせたとき「お姉様のサーラ様には、あまり似ていらっしゃらないのですね」と暗に容姿をけなされたことからはじまり、王宮の侍女だったジャンヌは南の公爵領の作法をことごとく見下ろした態度に出て、エリーを少なからず傷つけた。

 たとえエリーのほうが身分が上であろうと、二〇も年上の彼女と一対一の状況では、対抗のしようがない。

 しかも、自分はガラティアでも歓迎されていない花嫁だ。夫となるクロードは、多少なりとも優しさを向けてくれるだろうか。

 自分で選んだこととはいえ、エリーは気が重かった。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

処理中です...