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《第3章》 幸せで不幸せ
王の来訪 2
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初々しいその反応を見て、周りの年長の女性たちが笑いころげた。
「いえね、私も縁組みを取り持ったことに責任を感じておりましたの。嫁がれたとき、エリー様はあんまりにもお若かったけれど、今はもう一八歳。一三歳の女の子に迫ったらご無体ですけど、もうお年はよろしいでしょう。私や王陛下が選んだエリー様を、クロード様はちゃんと大切に可愛がってくださっているか、ずっと気がかりでしたの」
「それは……」エリーは返答に窮した。
夫婦関係が何もないという事実を言ってしまえば、クロードの立場が悪くなる気がする。しかしこの場には、王妃と昔からの顔見知りのジャンヌもいる。彼女含め、ガラティア城内の者たちは、エリーとクロードの関係など百も承知なので誤魔化しようがない。ひょっとして王妃は、エリーの心情に探りをいれるため、知った上で尋ねているのかもしれない。
なにかを言おうとしてなにも言いだせないエリーを、横から救ったのはジャンヌだった。
「エリー様に問題はないんですの。ただやっぱり、普段は同じ城内に奥方が二人いらっしゃる、という状況がクロード様の判断を曇らせてしまうだけで。だって、こんなに若くみずみずしい奥様がいて、手を伸ばさない殿方なんて、ちょっと考えられないでしょう?」
「愛人のお方は、いま別邸にいらっしゃるのよね。なら、この期間にクロード様をお誘いしてみてはいかがでしょう、エリー様? 殿方を喜ばせる術なら色々ございますし、私(わたくし)もお手伝いできますわ。夜のための香水や、扇情的なドレスで気難しい義弟殿を誘惑してみてはいかがかしら?」
エリーは苦笑いをするしかない。「……そ…うですね。考えてみます」
「奪えばよろしいんですよ。旅まわりの踊り子からなんて」
「でも、セレナ様は本当にお優しい方で。小娘のわたくしにも隔てなく接してくださって」
エリーがセレナを庇うように反論すると、場はどっと沸いた。
「エリー様はお優しいかた。身分を考えれば、踊り子が公爵令嬢に丁重に接するなんて当たり前のこと」
「閨のことなら、駆け落ちした私だって手管を沢山教えてあげられますわ」
「ふふっ。クロード様だって、初めてならガラス細工を扱うように大切に優しくしてくださるわ。エリー様、今でも十分にお美しいけれど、殿方に愛される女性はもっと輝きましてよ」
「あのように麗しく精悍な旦那様なら、生娘時代とは違ったお楽しみも増えますわ」
周りの誰もがセレナを下げ、エリーをからかいながらも持ちあげるように口を挟んでいく。エリーはいたたまれずに表情を引きつらせると、ジャンヌが身を乗りだした。
「私の見立てでは、クロード様はもう一押しというところなんですわ。この前の収穫祭でだって、エリー様のうなじに何やら熱い視線を注がれていましたし、先日の晩餐会でもエリー様にずっと寄り添っていて」
――それは、仲睦まじい領主夫妻の演技です。
とは、エリーには口に出せなかった。ジャンヌも、クロードとエリーの内情を分かっていて言うところが親切げで底意地が悪い。
――そういう訳ね。この茶会は、一番年若く、一番世慣れていないわたしを面白おかしく小突きまわすことで、皆さまが楽しむわけね。殿方たちがキツネを追いかけて、こちらではわたしを追いかけまわす趣向ね。
心が鉛になっていく。セレナと心おきなく話ができた、あの一週間前のティータイムが懐かしかった。
「いえね、私も縁組みを取り持ったことに責任を感じておりましたの。嫁がれたとき、エリー様はあんまりにもお若かったけれど、今はもう一八歳。一三歳の女の子に迫ったらご無体ですけど、もうお年はよろしいでしょう。私や王陛下が選んだエリー様を、クロード様はちゃんと大切に可愛がってくださっているか、ずっと気がかりでしたの」
「それは……」エリーは返答に窮した。
夫婦関係が何もないという事実を言ってしまえば、クロードの立場が悪くなる気がする。しかしこの場には、王妃と昔からの顔見知りのジャンヌもいる。彼女含め、ガラティア城内の者たちは、エリーとクロードの関係など百も承知なので誤魔化しようがない。ひょっとして王妃は、エリーの心情に探りをいれるため、知った上で尋ねているのかもしれない。
なにかを言おうとしてなにも言いだせないエリーを、横から救ったのはジャンヌだった。
「エリー様に問題はないんですの。ただやっぱり、普段は同じ城内に奥方が二人いらっしゃる、という状況がクロード様の判断を曇らせてしまうだけで。だって、こんなに若くみずみずしい奥様がいて、手を伸ばさない殿方なんて、ちょっと考えられないでしょう?」
「愛人のお方は、いま別邸にいらっしゃるのよね。なら、この期間にクロード様をお誘いしてみてはいかがでしょう、エリー様? 殿方を喜ばせる術なら色々ございますし、私(わたくし)もお手伝いできますわ。夜のための香水や、扇情的なドレスで気難しい義弟殿を誘惑してみてはいかがかしら?」
エリーは苦笑いをするしかない。「……そ…うですね。考えてみます」
「奪えばよろしいんですよ。旅まわりの踊り子からなんて」
「でも、セレナ様は本当にお優しい方で。小娘のわたくしにも隔てなく接してくださって」
エリーがセレナを庇うように反論すると、場はどっと沸いた。
「エリー様はお優しいかた。身分を考えれば、踊り子が公爵令嬢に丁重に接するなんて当たり前のこと」
「閨のことなら、駆け落ちした私だって手管を沢山教えてあげられますわ」
「ふふっ。クロード様だって、初めてならガラス細工を扱うように大切に優しくしてくださるわ。エリー様、今でも十分にお美しいけれど、殿方に愛される女性はもっと輝きましてよ」
「あのように麗しく精悍な旦那様なら、生娘時代とは違ったお楽しみも増えますわ」
周りの誰もがセレナを下げ、エリーをからかいながらも持ちあげるように口を挟んでいく。エリーはいたたまれずに表情を引きつらせると、ジャンヌが身を乗りだした。
「私の見立てでは、クロード様はもう一押しというところなんですわ。この前の収穫祭でだって、エリー様のうなじに何やら熱い視線を注がれていましたし、先日の晩餐会でもエリー様にずっと寄り添っていて」
――それは、仲睦まじい領主夫妻の演技です。
とは、エリーには口に出せなかった。ジャンヌも、クロードとエリーの内情を分かっていて言うところが親切げで底意地が悪い。
――そういう訳ね。この茶会は、一番年若く、一番世慣れていないわたしを面白おかしく小突きまわすことで、皆さまが楽しむわけね。殿方たちがキツネを追いかけて、こちらではわたしを追いかけまわす趣向ね。
心が鉛になっていく。セレナと心おきなく話ができた、あの一週間前のティータイムが懐かしかった。
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