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《第5章》 バラのつぼみ
鳥の羽ばたき 2☆
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クロードにとって、かつては苛立ちしか感じなかったエリーの存在が、今となっては痛みを分かちあった友人のようになっていた。
――しかし、セレナより細い腰や黒髪には、いまだに目が馴染まないな。
そう思いながらも、彼女から与えられる快楽なしに生きていけなくなっていることに、彼は気づいていた。
エリーと身体を重ねる行為には、快楽や恍惚以上のなにかがあった。
セレナとは違う声、香り、手ざわり、肢体。だがエリーの存在もまた、クロードの心をとらえていた。
彼女は唯一、彼が怒りをぶつけてもいい相手だった。彼がセレナを想う気持ちにも、彼女は共鳴していた。家臣と密通した、裏切り者でもあった。
彼女は同士であり敵であり、憎しみの対象で、そして愛おしい娘の母親だった。
あらゆる感情をのせて、クロードはエリーの体を踏み荒らしていく。そんな彼に、かつて泣き叫ぶばかりだった彼女は、いつしか微笑むようになっていた。その微笑は、かつてセレナが未来を見通していたときの表情によく似ている。
――彼女もまた彼女で、心のなかに混沌としたなにかがあるのだろう。
艶のかかった嬌声をもらす彼女の口角が、わずかに上がっている。新雪のように白い裸身が、彼を抱擁してくる。
彼女もまた、汗ばんだ体でクロードの胸に顔をうずめ、体を舐めて、行為をねだってくる。
最初抱きしめたときには、きつく閉じられていた目蓋は、快楽の波にさらわれると同時に開かれていた。欲望がじんわり滲んだ黒い瞳がクロードを催促している。
視線がまじわったとき、ふと思いついたようにエリーが口をひらいた。
「クロード様」
「……なんだ?」
行為のとき、こうして彼女が話しかけてくるのは珍しいことだった。
「わたし、あなたのこと嫌いです」
――いきなり何を言いだすのかと思ったら。
クロードは皮肉げに小さく笑って応えた。
「知っている。俺もお前のことが嫌いだ。……大嫌いだ」
「光栄です。そのままずっと嫌いでいてください」
「もちろんだ」
クロードは腰を深くすすめて彼女の奥を深くえぐった。すると、エリーは痛みと快楽のどちらもを堪えるように、眉根を寄せた。
彼は姿勢を動かして、エリーが上になるようにした。クロードにまたがった形のエリーは、体を下から見つめられる羞恥と、それ以上の突き上げられる快感に、最初は拒むように首をふっていた。
しかし次第にみずから腰をふり、内側の疼きと快楽に従属してゆく。そんな妻が可愛らしくて、おかしくて、クロードは彼女の唇に指先でふれた。するとエリーは体を倒してきて、思いつめた目つきで唇を重ねてきた。
クロードは彼女の頭部をとらえ、きつく拘束してキスを貪った。激しく口づけをしたまま、二人はベッドの上で幾度も求めあった。
いびつな夫婦だと、エリーは思う。
子ができるほど結びついたのに、「夫婦」の演技をしているだけの二人。
互いに心の内側には、手の届かない別の人間が棲んでいるのを認め、なのに求めあい、そして傷つけあう。
五年間、クロードとは不均衡なままの関係を維持してきた。彼と思うまま抱きあっても、曇りない水晶のようなジェイへの想いは、微塵も傷つかない。その矛盾は、狂気とさえ言えるのかもしれない。
――今日は、ジェイと久しぶりに会えた。今この瞬間、ジェイもわたしのことを考えてくれていたらいい。
クロードを抱きしめ、彼に抱きしめられて、エリーは目を閉じた。
――しかし、セレナより細い腰や黒髪には、いまだに目が馴染まないな。
そう思いながらも、彼女から与えられる快楽なしに生きていけなくなっていることに、彼は気づいていた。
エリーと身体を重ねる行為には、快楽や恍惚以上のなにかがあった。
セレナとは違う声、香り、手ざわり、肢体。だがエリーの存在もまた、クロードの心をとらえていた。
彼女は唯一、彼が怒りをぶつけてもいい相手だった。彼がセレナを想う気持ちにも、彼女は共鳴していた。家臣と密通した、裏切り者でもあった。
彼女は同士であり敵であり、憎しみの対象で、そして愛おしい娘の母親だった。
あらゆる感情をのせて、クロードはエリーの体を踏み荒らしていく。そんな彼に、かつて泣き叫ぶばかりだった彼女は、いつしか微笑むようになっていた。その微笑は、かつてセレナが未来を見通していたときの表情によく似ている。
――彼女もまた彼女で、心のなかに混沌としたなにかがあるのだろう。
艶のかかった嬌声をもらす彼女の口角が、わずかに上がっている。新雪のように白い裸身が、彼を抱擁してくる。
彼女もまた、汗ばんだ体でクロードの胸に顔をうずめ、体を舐めて、行為をねだってくる。
最初抱きしめたときには、きつく閉じられていた目蓋は、快楽の波にさらわれると同時に開かれていた。欲望がじんわり滲んだ黒い瞳がクロードを催促している。
視線がまじわったとき、ふと思いついたようにエリーが口をひらいた。
「クロード様」
「……なんだ?」
行為のとき、こうして彼女が話しかけてくるのは珍しいことだった。
「わたし、あなたのこと嫌いです」
――いきなり何を言いだすのかと思ったら。
クロードは皮肉げに小さく笑って応えた。
「知っている。俺もお前のことが嫌いだ。……大嫌いだ」
「光栄です。そのままずっと嫌いでいてください」
「もちろんだ」
クロードは腰を深くすすめて彼女の奥を深くえぐった。すると、エリーは痛みと快楽のどちらもを堪えるように、眉根を寄せた。
彼は姿勢を動かして、エリーが上になるようにした。クロードにまたがった形のエリーは、体を下から見つめられる羞恥と、それ以上の突き上げられる快感に、最初は拒むように首をふっていた。
しかし次第にみずから腰をふり、内側の疼きと快楽に従属してゆく。そんな妻が可愛らしくて、おかしくて、クロードは彼女の唇に指先でふれた。するとエリーは体を倒してきて、思いつめた目つきで唇を重ねてきた。
クロードは彼女の頭部をとらえ、きつく拘束してキスを貪った。激しく口づけをしたまま、二人はベッドの上で幾度も求めあった。
いびつな夫婦だと、エリーは思う。
子ができるほど結びついたのに、「夫婦」の演技をしているだけの二人。
互いに心の内側には、手の届かない別の人間が棲んでいるのを認め、なのに求めあい、そして傷つけあう。
五年間、クロードとは不均衡なままの関係を維持してきた。彼と思うまま抱きあっても、曇りない水晶のようなジェイへの想いは、微塵も傷つかない。その矛盾は、狂気とさえ言えるのかもしれない。
――今日は、ジェイと久しぶりに会えた。今この瞬間、ジェイもわたしのことを考えてくれていたらいい。
クロードを抱きしめ、彼に抱きしめられて、エリーは目を閉じた。
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