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《終章》 三日月が輝く夜
一人きり
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エリーが押し黙ると、ジェイは言葉をかさねた。
「俺は、あなたの人生も引きうけるつもりで助けた。昔、いつか、言ったよな。『あんたに子どもがいようが、それ込みであんたが欲しい』って。今も、気持ちに変わりはない」
「…………」
思いもがけず、ジェイが本心をむき出しにした。それはトラカナ城を脱出してから、互いに目を逸らしていた点だった。
エリーは、状況があまりにも変わってしまったと思っていた。それにクロードを失って、簡単にジェイの手をとれる自分でもありたくなかった。そもそも自分が生きているこの状況にも、うまく適応できていないのだ。
結果、フィオナのことにばかりかまけていたのが、この数か月のなりゆきだった。
エリーが戸惑い、どう答えたらいいか言葉を探しあぐねていると、ジェイは一つため息をついた。
「あんたは、地べたで暮らすには綺麗すぎるよ」
「え?」
「公爵家のお嬢様で、王弟夫人で、浮世ばなれしてるところもある。この半年、フィオナのほうがよっぽど上手くこっち側に馴染んでいる。それが良いか悪いかはおいておいて。……あんたが町で働き口を得ようったって、誰もあんたのことを普通の町の女だと思わない。かどわかされて売春宿に売り飛ばされたくなかったら、この家で目立たないようにしていてほしい」
眉間をもみながら話す彼の顔つきは、ひどく疲れていた。ととのった鼻梁に、濃い陰影が落ちている。彼はエリーの返答を待たずに席を立って出ていった。
* * *
ジェイとの関係がさらに悪化してしまって、翌朝、エリーは憂鬱な気分で一日をはじめた。
エリーが目をさますと、ジェイはすでに朝食の支度をしている。エリーはフィオナを起こしたり着がえさせたりしながら、いつもと変わらない彼の後ろ姿や横顔を盗み見ていた。
「今日は、ジェイと遊びたい!」
サンドイッチの朝食をとりながら、フィオナは軽やかに宣言をする。昨晩のこともあるので、迷惑をかけられない。ジェイがこの数日、金策と仕事のつてのために動きまわっているのを知っていたエリーはすぐさま諫めた。
「フィオナ、聞いて。ジェイは忙しいんだから我がままを言ってはだめ」
「でも、最近ジェイと探検してないの。ジェイがいいの」
この半年間の逃亡の道中、敵方が多い危険な場所の移動や食糧不足が何度もあったが、サガンとジェイは「探検」だとか「冒険」だとか、子ども心を上手くくすぐるような言葉を使って、たくみにフィオナを言い含めて切りぬけてきた。遊びのようにして、フィオナが町中で身分をあかすような言動を避けるよう誘導していたのだ。フィオナは久しぶりにその遊びをしたいのだ。
「なら、わたしとしましょう」
「うぅん。ジェイがいいの」
「分かった。フィオナは今日、俺と動こうか」
身支度をしながら二人のやり取りを聞いていたジェイが仲裁にはいってきた。
「ジェイ、本当にいいの?」
彼が日中、どこで何をしているか、エリーは詳しくは知らない。
ジェイは毎朝だれよりも早く起きだして、エリーとフィオナが活動をはじめたのを見届けると「出かけてくる」と外出していく。帰宅は遅い日もあれば、日が沈む前のときもある。そして大抵、金品や食糧、衣類、生活雑貨のようなものを調達してくるのだ。「情報をやり取りしたり、仕事を手伝ったりしてると、もらえる」そうだが、どうやらトラカナで間諜をしていた時代の人脈を活かしているらしい。
「今日は余裕がある日だから、大丈夫。エリー様だって、一人で済ませたい用事があるだろ」
彼は、朝食を終えたフィオナに服を着がえさせたり靴をはかせたりしはじめた。フィオナは嬉しくてたまらないのか、歌いながら体を動かしている。
――そっか。今日はわたし、一人なのか。
思いがけなく転がりこんできた自由時間である。
後まわしにしてきたことをしたり、家のなかを調えたり、無限にやるべきことはある。だが、ようやく安住できる地に辿りついたのだ。今日という一日を楽しみたい。大きく腕をぶんぶん振りながら「母さま、行ってくるね!」と出かけていった娘を見送ったあと、エリーも一日の計画をたてた。
「俺は、あなたの人生も引きうけるつもりで助けた。昔、いつか、言ったよな。『あんたに子どもがいようが、それ込みであんたが欲しい』って。今も、気持ちに変わりはない」
「…………」
思いもがけず、ジェイが本心をむき出しにした。それはトラカナ城を脱出してから、互いに目を逸らしていた点だった。
エリーは、状況があまりにも変わってしまったと思っていた。それにクロードを失って、簡単にジェイの手をとれる自分でもありたくなかった。そもそも自分が生きているこの状況にも、うまく適応できていないのだ。
結果、フィオナのことにばかりかまけていたのが、この数か月のなりゆきだった。
エリーが戸惑い、どう答えたらいいか言葉を探しあぐねていると、ジェイは一つため息をついた。
「あんたは、地べたで暮らすには綺麗すぎるよ」
「え?」
「公爵家のお嬢様で、王弟夫人で、浮世ばなれしてるところもある。この半年、フィオナのほうがよっぽど上手くこっち側に馴染んでいる。それが良いか悪いかはおいておいて。……あんたが町で働き口を得ようったって、誰もあんたのことを普通の町の女だと思わない。かどわかされて売春宿に売り飛ばされたくなかったら、この家で目立たないようにしていてほしい」
眉間をもみながら話す彼の顔つきは、ひどく疲れていた。ととのった鼻梁に、濃い陰影が落ちている。彼はエリーの返答を待たずに席を立って出ていった。
* * *
ジェイとの関係がさらに悪化してしまって、翌朝、エリーは憂鬱な気分で一日をはじめた。
エリーが目をさますと、ジェイはすでに朝食の支度をしている。エリーはフィオナを起こしたり着がえさせたりしながら、いつもと変わらない彼の後ろ姿や横顔を盗み見ていた。
「今日は、ジェイと遊びたい!」
サンドイッチの朝食をとりながら、フィオナは軽やかに宣言をする。昨晩のこともあるので、迷惑をかけられない。ジェイがこの数日、金策と仕事のつてのために動きまわっているのを知っていたエリーはすぐさま諫めた。
「フィオナ、聞いて。ジェイは忙しいんだから我がままを言ってはだめ」
「でも、最近ジェイと探検してないの。ジェイがいいの」
この半年間の逃亡の道中、敵方が多い危険な場所の移動や食糧不足が何度もあったが、サガンとジェイは「探検」だとか「冒険」だとか、子ども心を上手くくすぐるような言葉を使って、たくみにフィオナを言い含めて切りぬけてきた。遊びのようにして、フィオナが町中で身分をあかすような言動を避けるよう誘導していたのだ。フィオナは久しぶりにその遊びをしたいのだ。
「なら、わたしとしましょう」
「うぅん。ジェイがいいの」
「分かった。フィオナは今日、俺と動こうか」
身支度をしながら二人のやり取りを聞いていたジェイが仲裁にはいってきた。
「ジェイ、本当にいいの?」
彼が日中、どこで何をしているか、エリーは詳しくは知らない。
ジェイは毎朝だれよりも早く起きだして、エリーとフィオナが活動をはじめたのを見届けると「出かけてくる」と外出していく。帰宅は遅い日もあれば、日が沈む前のときもある。そして大抵、金品や食糧、衣類、生活雑貨のようなものを調達してくるのだ。「情報をやり取りしたり、仕事を手伝ったりしてると、もらえる」そうだが、どうやらトラカナで間諜をしていた時代の人脈を活かしているらしい。
「今日は余裕がある日だから、大丈夫。エリー様だって、一人で済ませたい用事があるだろ」
彼は、朝食を終えたフィオナに服を着がえさせたり靴をはかせたりしはじめた。フィオナは嬉しくてたまらないのか、歌いながら体を動かしている。
――そっか。今日はわたし、一人なのか。
思いがけなく転がりこんできた自由時間である。
後まわしにしてきたことをしたり、家のなかを調えたり、無限にやるべきことはある。だが、ようやく安住できる地に辿りついたのだ。今日という一日を楽しみたい。大きく腕をぶんぶん振りながら「母さま、行ってくるね!」と出かけていった娘を見送ったあと、エリーも一日の計画をたてた。
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