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アルヴィンにもバレた
しおりを挟むアルヴィンは騎士団長と軽く会話をした後、俺を抱いて王宮を後にした。
クラッセン侯爵家に到着したアルヴィンは俺を籠の中に置くと、ドサッと音を立ててソファに座った。
「あいつ、本当に苛つく。誰よりも自分がローランドの理解者なのだという顔をしておきながら、過酷な状況に置いて……」
「ニャー……」
「今日だって、前々から俺の気持ちを知っていたくせに、あの言い草。なんなんだ、あいつは……!」
こんなアルヴィンは初めて見た。よっぽど団長に苛立っているらしい。
団長。この感じでは、もうアルヴィンの親戚の兄貴分は無理そうですよ。
「ナッ!」
とりあえず落ち着いてほしい。そしてできれば、ポーションをくれないかな。俺はポン、とアルヴィンの腕に手を添える。彼は、はっとしたように俺を見た。
「そうだった……シトリン、お前にポーションを……」
「ニャン」
アルヴィンは立ち上がると、器にポーションを注いだ。そのまま俺の前に置く。
ちゃぷん、と揺れる緑色の液体。俺はじっとそれをみつめた。
(これを飲んだら)
アルヴィンのペット生活、ついに終了である。
魔力が戻ったら、夜中にでもこっそり侯爵家を出て行こう。そしてシトリンからローランドへ戻るのだ。
(楽しかったな……)
考えてはいけない。
俺は無心でペロペロとポーションを飲んだ。ポーションを口に入れるごとに、どんどんと魔力が満ちていく。全て飲み切った頃には、俺の魔力残量は完全に回復していた。
空には下弦の月が浮かんでいる。
雲が少ないのか、夜にしては視界が悪くない。これなら外に出られそうだ。
俺はベッドの上で眠るアルヴィンの顔をじっと見た。
(ありがとうございました)
命の恩人。なぜか俺のことを好きだと言う奇特な騎士。俺なんかのために、必死であちこちを捜索して。もう俺が見つからないかもと涙を流して……。
嬉しかった。こんな人がいたんだって、感動した。
ぱっとしない人生でも、もう少し頑張ってみようかと思えるぐらいに、力を貰えた。
でも、この人の想いを馬鹿正直に受け入れることができるほど、俺は若くも愚かでもない。
音を立てないように、窓を少し開けた。俺が出られる程度の隙間だ。そっとその隙間に体を入れて、アルヴィンを振り返る。
本当は言葉を交わしたかったけど、実はシトリンがローランドだと彼に知られるのは良くないと思うから。
最後に、この美しい人の姿をしっかり目に焼き付けて、俺は慎重に外へ出た。
できるだけ早く、この家から出なければならない。四足歩行のこの体は、すいすいと侯爵家の庭を進んでいく。
夜、静かに動く猫に注意を払う者はおらず、俺はあっさりと侯爵家の敷地から出られた。
(魔術師団がいいかな)
ひとまず慣れた場所まで移動して変幻しようと俺は魔術師団へ行くことにする。家の鍵も魔術師団にあるだろうし。
侯爵家から王宮はそう遠くない。行先を決めた俺は足を速めた。
久々の魔術師団に到着する。ふと詰所を見ると、魔術師団長の部屋にはまだ明かりが灯っていた。団長らしき魔力も感じる。
(あれ、珍しい)
こんな遅くまで団長がいるとは。いつも団長は仕事が終わったらさっさと帰るタイプなのに。一応、報告しておくかと俺は団長へ念話をつなげた。
——団長、ローランドです。
——おぉ。やっぱり来たか。
——はい。今から変幻の魔法を使います。
——分かった。お前の服を演習場の物置の前に置いてる。不審者になりたくなければ、使え。
このまま人間に戻ったら俺は裸になってしまう。魔術師団の服を借りようと思っていたが、俺の服があるのなら願ってもないことだ。
団長はいつから俺の服を用意してくれていたのだろうか。俺のことを使い潰すつもりの上司だとしか思っていなかったが、そうでもなかったのかもしれない。
——助かります。ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました。
——気にするな。今回のことは俺の責任でもあるからな。
——いえ、俺の不注意です。
念話のまま会話が続くので、俺は少し意外に思った。俺が来たとなれば、団長なら嫌味の一つでも言いに俺の前に出てくると思っていたのだ。どうもそのつもりはないらしい。
——団長、お忙しいのですか?
——ふん。いくら面白いからといってこれ以上アルヴィンに恨まれたくもない。さっさと人間に戻れ。戻ったら俺に構わずさっさと帰れよ。
そう言うと、団長は唐突に念話を切った。
今団長が出てきたからといって、アルヴィンの恨みは買わないと思うが……。しかし本当に忙しいのかもしれない。
俺は詰所のすぐ隣に位置する演習場まで足を進める。団長が言っていた通り、俺の服が布に包まれて置いてあった。家の鍵も。
周囲は誰もいない。ここで人間に変幻しよう。
(もうシトリンと呼ばれることもない……)
これで、アルヴィンとのつながりは終わり。いい夢を見たとでも思っておこう。
この胸を締め付けるものの正体を、考えてはいけないのだ。
ふぅ、と息を吐き、俺は自分の魔力に集中した。魔法を発動する。
「シトリン!」
「!」
この声は。
突然響きわたったその声は、この数日間ですっかり聞きなれた人のものだった。
どんどんと近づいてくる気配がする。俺は焦って魔法を止めようとするが、もう発動してしまったものは止められない。俺の体はどんどん変化していく。ローランドの姿に、戻っていく。
彼には、知られたくなかったのに。
シトリンの姿から、完全に人間になった俺は、アルヴィンから顔を背けた。
「ローランド……?」
恐る恐る俺はアルヴィンの方へ目線を向ける。彼の表情は驚愕に彩られていた。
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