モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy

文字の大きさ
6 / 8

アルヴィンにもバレた

しおりを挟む


 アルヴィンは騎士団長と軽く会話をした後、俺を抱いて王宮を後にした。
 クラッセン侯爵家に到着したアルヴィンは俺を籠の中に置くと、ドサッと音を立ててソファに座った。

「あいつ、本当に苛つく。誰よりも自分がローランドの理解者なのだという顔をしておきながら、過酷な状況に置いて……」
「ニャー……」
「今日だって、前々から俺の気持ちを知っていたくせに、あの言い草。なんなんだ、あいつは……!」

 こんなアルヴィンは初めて見た。よっぽど団長に苛立っているらしい。
 団長。この感じでは、もうアルヴィンの親戚の兄貴分は無理そうですよ。

「ナッ!」

 とりあえず落ち着いてほしい。そしてできれば、ポーションをくれないかな。俺はポン、とアルヴィンの腕に手を添える。彼は、はっとしたように俺を見た。

「そうだった……シトリン、お前にポーションを……」
「ニャン」

 アルヴィンは立ち上がると、器にポーションを注いだ。そのまま俺の前に置く。
 ちゃぷん、と揺れる緑色の液体。俺はじっとそれをみつめた。

(これを飲んだら)

 アルヴィンのペット生活、ついに終了である。
 魔力が戻ったら、夜中にでもこっそり侯爵家を出て行こう。そしてシトリンからローランドへ戻るのだ。

(楽しかったな……)

 考えてはいけない。
 俺は無心でペロペロとポーションを飲んだ。ポーションを口に入れるごとに、どんどんと魔力が満ちていく。全て飲み切った頃には、俺の魔力残量は完全に回復していた。



 空には下弦の月が浮かんでいる。
 雲が少ないのか、夜にしては視界が悪くない。これなら外に出られそうだ。
 俺はベッドの上で眠るアルヴィンの顔をじっと見た。

(ありがとうございました)

 命の恩人。なぜか俺のことを好きだと言う奇特な騎士。俺なんかのために、必死であちこちを捜索して。もう俺が見つからないかもと涙を流して……。
 嬉しかった。こんな人がいたんだって、感動した。
 ぱっとしない人生でも、もう少し頑張ってみようかと思えるぐらいに、力を貰えた。

 でも、この人の想いを馬鹿正直に受け入れることができるほど、俺は若くも愚かでもない。

 音を立てないように、窓を少し開けた。俺が出られる程度の隙間だ。そっとその隙間に体を入れて、アルヴィンを振り返る。
 本当は言葉を交わしたかったけど、実はシトリンがローランドだと彼に知られるのは良くないと思うから。
 最後に、この美しい人の姿をしっかり目に焼き付けて、俺は慎重に外へ出た。



 できるだけ早く、この家から出なければならない。四足歩行のこの体は、すいすいと侯爵家の庭を進んでいく。
 夜、静かに動く猫に注意を払う者はおらず、俺はあっさりと侯爵家の敷地から出られた。

(魔術師団がいいかな)

 ひとまず慣れた場所まで移動して変幻しようと俺は魔術師団へ行くことにする。家の鍵も魔術師団にあるだろうし。
 侯爵家から王宮はそう遠くない。行先を決めた俺は足を速めた。


 久々の魔術師団に到着する。ふと詰所を見ると、魔術師団長の部屋にはまだ明かりが灯っていた。団長らしき魔力も感じる。

(あれ、珍しい)

 こんな遅くまで団長がいるとは。いつも団長は仕事が終わったらさっさと帰るタイプなのに。一応、報告しておくかと俺は団長へ念話をつなげた。

——団長、ローランドです。
——おぉ。やっぱり来たか。
——はい。今から変幻の魔法を使います。
——分かった。お前の服を演習場の物置の前に置いてる。不審者になりたくなければ、使え。

 このまま人間に戻ったら俺は裸になってしまう。魔術師団の服を借りようと思っていたが、俺の服があるのなら願ってもないことだ。
 団長はいつから俺の服を用意してくれていたのだろうか。俺のことを使い潰すつもりの上司だとしか思っていなかったが、そうでもなかったのかもしれない。

——助かります。ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました。
——気にするな。今回のことは俺の責任でもあるからな。
——いえ、俺の不注意です。

 念話のまま会話が続くので、俺は少し意外に思った。俺が来たとなれば、団長なら嫌味の一つでも言いに俺の前に出てくると思っていたのだ。どうもそのつもりはないらしい。

——団長、お忙しいのですか?
——ふん。いくら面白いからといってこれ以上アルヴィンに恨まれたくもない。さっさと人間に戻れ。戻ったら俺に構わずさっさと帰れよ。

 そう言うと、団長は唐突に念話を切った。
 今団長が出てきたからといって、アルヴィンの恨みは買わないと思うが……。しかし本当に忙しいのかもしれない。
 俺は詰所のすぐ隣に位置する演習場まで足を進める。団長が言っていた通り、俺の服が布に包まれて置いてあった。家の鍵も。
 周囲は誰もいない。ここで人間に変幻しよう。

(もうシトリンと呼ばれることもない……)

 これで、アルヴィンとのつながりは終わり。いい夢を見たとでも思っておこう。
 この胸を締め付けるものの正体を、考えてはいけないのだ。
 ふぅ、と息を吐き、俺は自分の魔力に集中した。魔法を発動する。

「シトリン!」
「!」

 この声は。
 突然響きわたったその声は、この数日間ですっかり聞きなれた人のものだった。
 どんどんと近づいてくる気配がする。俺は焦って魔法を止めようとするが、もう発動してしまったものは止められない。俺の体はどんどん変化していく。ローランドの姿に、戻っていく。
 彼には、知られたくなかったのに。
 シトリンの姿から、完全に人間になった俺は、アルヴィンから顔を背けた。

「ローランド……?」

 恐る恐る俺はアルヴィンの方へ目線を向ける。彼の表情は驚愕に彩られていた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

悪役令嬢と呼ばれた侯爵家三男は、隣国皇子に愛される

木月月
BL
貴族学園に通う主人公、シリル。ある日、ローズピンクな髪が特徴的な令嬢にいきなりぶつかられ「悪役令嬢」と指を指されたが、シリルはれっきとした男。令嬢ではないため無視していたら、学園のエントランスの踊り場の階段から突き落とされる。骨折や打撲を覚悟してたシリルを抱き抱え助けたのは、隣国からの留学生で同じクラスに居る第2皇子殿下、ルシアン。シリルの家の侯爵家にホームステイしている友人でもある。シリルを突き落とした令嬢は「その人、悪役令嬢です!離れて殿下!」と叫び、ルシアンはシリルを「護るべきものだから、守った」といい始めーー ※この話は小説家になろうにも掲載しています。

無能と追放された宮廷神官、実は動物を癒やすだけのスキル【聖癒】で、呪われた騎士団長を浄化し、もふもふ達と辺境で幸せな第二の人生を始めます

水凪しおん
BL
「君はもう、必要ない」 宮廷神官のルカは、動物を癒やすだけの地味なスキル【聖癒】を「無能」と蔑まれ、一方的に追放されてしまう。 前世で獣医だった彼にとって、祈りと権力争いに明け暮れる宮廷は息苦しい場所でしかなく、むしろ解放された気分で当てもない旅に出る。 やがてたどり着いたのは、"黒銀の鬼"が守るという辺境の森。そこでルカは、瘴気に苦しむ一匹の魔狼を癒やす。 その出会いが、彼の運命を大きく変えることになった。 魔狼を救ったルカの前に現れたのは、噂に聞く"黒銀の鬼"、騎士団長のギルベルトその人だった。呪いの鎧をその身に纏い、常に死の瘴気を放つ彼は、しかしルカの力を目の当たりにすると、意外な依頼を持ちかける。 「この者たちを、救ってやってはくれまいか」 彼に案内された砦の奥には、彼の放つ瘴気に当てられ、弱りきった動物たちが保護されていた。 "黒銀の鬼"の仮面の下に隠された、深い優しさ。 ルカの温かい【聖癒】は、動物たちだけでなく、ギルベルトの永い孤独と呪いさえも癒やし始める。 追放された癒し手と、呪われた騎士。もふもふ達に囲まれて、二つの孤独な魂がゆっくりと惹かれ合っていく――。 心温まる、もふもふ癒やしファンタジー!

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

過労死で異世界転生したら、勇者の魂を持つ僕が魔王の城で目覚めた。なぜか「魂の半身」と呼ばれ異常なまでに溺愛されてる件

水凪しおん
BL
ブラック企業で過労死した俺、雪斗(ユキト)が次に目覚めたのは、なんと異世界の魔王の城だった。 赤ん坊の姿で転生した俺は、自分がこの世界を滅ぼす魔王を討つための「勇者の魂」を持つと知る。 目の前にいるのは、冷酷非情と噂の魔王ゼノン。 「ああ、終わった……食べられるんだ」 絶望する俺を前に、しかし魔王はうっとりと目を細め、こう囁いた。 「ようやく会えた、我が魂の半身よ」 それから始まったのは、地獄のような日々――ではなく、至れり尽くせりの甘やかし生活!? 最高級の食事、ふわふわの寝具、傅役(もりやく)までつけられ、魔王自らが甲斐甲斐しくお菓子を食べさせてくる始末。 この溺愛は、俺を油断させて力を奪うための罠に違いない! そう信じて疑わない俺の勘違いをよそに、魔王の独占欲と愛情はどんどんエスカレートしていき……。 永い孤独を生きてきた最強魔王と、自己肯定感ゼロの元社畜勇者。 敵対するはずの運命が交わる時、世界を揺るがす壮大な愛の物語が始まる。

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される

田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた! なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。 婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?! 従者×悪役令息

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

処理中です...