弟妹たちよ、おれは今前世からの愛する人を手に入れて幸せに生きている〜おれに頼らないでお前たちで努力して生きてくれ〜

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第十二章 幻想と現実の狭間で

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「だったらそれが仕方のないことだとしても、現実的な意味合いで問題がなかったのなら、大賢者を連れて戻ってくるわけにはいかなかったの? そういう事情があったのなら、兄さまたちだって受け入れてくれたはずだわっ!」

「セシルが何者なのか、それはおれも知らない。ただあいつの言葉を信じると、セシルの力は神々の下では発揮できないらしいんだ」

「どういう意味なの?」

「それはおれにもわからない。ただセシルは嘘はつかないから、多分本当のことを言っていたんだと思う。その証拠にセシルは力は負の方向へは働かないと言ったし、それは傍にいれば現実だとすぐにわかることだった。そこもうひとつ。セシルを連れて戻れなかった理由がある」

「なんですか、マルス兄上?」

「ラフィン。おれが姿を消した頃お前たちはどうやって暮らしていた? 今のようにそれぞれの領域を護るために、神域を空けて暮らしていたか?」

「確かにその当時は全員で一緒にいましたが、それがなにか?」

 ラフィンの不思議そうな問いに、一樹は癖になったようにため息ばかりを漏らす。

 自分たちが知っていた一樹は、そこにはいなかった。

 翔も杏樹も言い気分で、そんな彼を見守っていた。

 神として振る舞い、創始の神々とすら対等に接する一樹を。

「セシルの力はある意味で特殊で、とても異端的なものだった。それはお前たちも実感しただろう? さっきの出来事で」

「確かにあれは異端的だな。あんな現象はわたしですら初めて見た。あれが大賢者の力か」

「もうひとつ特徴をあげると、セシルの力は神力を増幅させることができる」

「‥‥‥」

「もしおれがあのとき、セシルを連れて戻ったら、多分世界はとんでもないことになっていたと思う。おれたちの持つ力がそれぞれに増幅されて触発し合い、やがては制御不能となったはすだ。そうなると知っていて戻れるか?」

 それは水神マルスの損失ぐらいではすまない。

 すべての神々が己の力に振り回され、その制御を失い、世界の均衡は狂っただろう。

 そう意味なら、マルスが戻れなかった意味もわかるが。

「昔はそうだったとしよう。それは認めるとしても今は違うと炎の精霊から聞いたぞ? マルス。今のそなたはある程度自在に力を使いこなせると。それこそ源である大賢者から離れていていても。その証拠に転生してから再会するまで世界さえ違っていたらしいな?」

 エルダの指摘に一樹は無然とする。

 そこまで言ったのかと精霊を睨んだ。

「だったらどうだっていうんだ、エルダ?」

「押し問答をする気はない。戻るのがそなたの役目。違うか?長殿」

「知らないね。今のおれはマルスじゃないし、ただの人間。一樹だからな」

「マルス兄さまっ! それは卑怯な逃げよっ! あなたは自分に逃げ道を用意しているわ。ただ大賢者の傍にいるためだけにっ!」

「レダ。おまえ末っ子なんだからちょっと黙ってろよ。勝手が狂う」

 困り果てたような一樹の声に、不意にエルダが笑った。

「さすがのマルスも末っ子には弱いらしい」

「うるさいな、エルダは!」

「とにかく戻ってきてください、兄上。そのためならなんでもしますから。あなたの望みは我々が全力を振り絞ってでも叶えます。だからっ」

 必死になって食い下がってくるレオニスに、一樹はふと不思議そうな顔になった。

「どうしてそこまでおれに拘るんだ、レオニス? お前は今までよくやってきた。おれがいない間それこそ転生するまでの本当の不在期間だって世界の均衡を保ってきた。それがどうして今になって?」

「限界がきたからです」

「限界?」

 眉をひそめる一樹に、レオニスはまっすぐに長子を見た。

「もう私の力では、どうにもならない」

「どういう意味だよ?」

 小首を傾げた一樹の問いには、マルスの代理として長を努めてきた風神エルダが答えた。

「これはわたしもそなたの行方を掴んだ後に打ち明けられて知ったことだが、どうやら限界がきたらしい。レオニスやラフィンの力では、もう世界の均衡を保てないと」

「近い将来、大規模な水不足が起きるらしい」

 これには他人事ではない地上で暮らすエルシアたちも、ぎょっとして息を詰めた。

 それは人にとって死活問題だったから。

 そしてそれは人間に近い生活を送るエルダたちにとっても同じことだった。

「それを防げるのはすべての水を操り統べる水神マルス。そなたをおいて他にはいない。それ
でも戻る気はないと?」

「ご大層な理由だな」

 一樹はそれでも突っぱねた。ここまで強情を張るとは思わなかったので、エルダもさすがに眉を顰める。

「現状がわからないのか、マルス? 今世界に必要なのは他のだれでもないそなただ。我々ではない。代理のきかない現実を無視するのか?」

「できないんだよ、エルダ」

「できない? 何故? そなたはなにも変わってはいない。源がどうであろうと振るう力に差がなければ同じこと。神の概念が違っていようと、この際どうでもよいのだ。今は目の前の危機を防がなければならない。それがわからないのか、マルス?」

「だ・か・ら。今のおれにそれを求めても無理なんだ」

「理由を説明してくれないか?」

 さすがにエルダも無然としたらしく、どこか怒っているような口調でそう言った。
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