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第5章:迫られる選択
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侯爵家からの使者が告げたのは、残酷なまでの猶予、半年の期限でした。
半年後までに正式な婚約を結ぶのか、それともすべてを白紙に戻すのか――。
わたしの未来は、その刻一刻と過ぎる時間に縛られてしまったのです。
選択の猶予があるとはいえ、社交界はそれを格好の噂の餌にしました。
「まあ、また婚約ですって? しかも侯爵家のお情けで拾われたとか」
「呆れたわ。線路で煤にまみれて遊ぶなんて、貴族らしからぬこと」
舞踏会やお茶会に顔を出すたび、必ずささやき声が冷たい棘のように付きまといます。
悔しさで胸が締め付けられても、わたしはただ扇の裏に笑みを貼り付けることしかできませんでした。
そんなとき、決まって背後から嵐のような大きな声が飛んできます。
「誰だ! 煤のことを笑ったやつは!」
振り返れば、そこにいたのは煤そのものの張本人――ライナルト様です。
社交界の華やかな場で、堂々と扇を片手に騒ぎ立てるその姿に、周囲は一瞬、息を止めたように静まりかえりました。
「俺が煤まみれなのは誇りだからな! 鉄道を笑うやつは許さん!」
「……ライナルト様、声があまりに大きすぎます!」
「おっと。けどな、エリシアのことを笑うような連中にはっきり言っとく。彼女は俺に必要だ!」
その瞬間、大広間は針を落としたようにざわめきました。
……やめてくださいませ、そんなに真っ直ぐに――わたしの頬は、真紅の炎のように熱く染まってしまいました。
張り詰めた夜会のあとで庭園へ抜け出すと、すぐにライナルト様が追いかけてきました。
「ごめんな。ああいう場所じゃつい熱くなって言いすぎる」
「言いすぎというか……わたしの顔をどれほど赤く染めるおつもりですか」
「はは。まあ……可愛かったから、いいんじゃないか」
「~~~~っ!」
言葉を詰まらせたわたしは、思わず木の陰に身を隠しました。
彼はすぐそこまで歩み寄り、わたしの手を取って強引に引き出してしまいます。
「……離してください」
「離さない。俺は、君と真っ直ぐ向き合いたい」
手を取られたまま、逃げ場のない真剣な瞳を見せつけられると、胸が苦しいほどに高鳴りました。
「……でも、ライナルト様」
わたしは声を震わせました。
「わたし、また傷つくのが怖いのです。前のように裏切られ、陰口にさらされ、家の名誉を踏みにじられるのが」
その言葉を遮るように、彼の腕がわたしを強く抱き寄せました。
「大丈夫だ。俺がいる。君が泣きそうになったら髪を撫でて慰める。頬に涙が伝ったら、そっと指で拭う。何度でも」
彼の胸に抱かれると、張りつめていた不安がするりと解けていくのを感じました。
彼の体温は、どんな社交界の炎よりも強く、そして温かいのです。まるで揺るがない機関車の熱のように。
――日々は矢のように過ぎ去り、半年という期限が目の前に迫ってきました。
一方で侯爵家の中には、わたしとの婚約を快く思わぬ者も少なくありません。
けれどライナルト様は迷うことなく、公然と告げました。
「俺に必要なのはエリシアだ。誰が反対しようと、俺の答えは変わらない」
わたしはその言葉に胸を打たれて……けれど同時に、選ばなければならないのです。
本当に、彼と情熱の線路の未来を歩んでよいのかどうかを。
半年後までに正式な婚約を結ぶのか、それともすべてを白紙に戻すのか――。
わたしの未来は、その刻一刻と過ぎる時間に縛られてしまったのです。
選択の猶予があるとはいえ、社交界はそれを格好の噂の餌にしました。
「まあ、また婚約ですって? しかも侯爵家のお情けで拾われたとか」
「呆れたわ。線路で煤にまみれて遊ぶなんて、貴族らしからぬこと」
舞踏会やお茶会に顔を出すたび、必ずささやき声が冷たい棘のように付きまといます。
悔しさで胸が締め付けられても、わたしはただ扇の裏に笑みを貼り付けることしかできませんでした。
そんなとき、決まって背後から嵐のような大きな声が飛んできます。
「誰だ! 煤のことを笑ったやつは!」
振り返れば、そこにいたのは煤そのものの張本人――ライナルト様です。
社交界の華やかな場で、堂々と扇を片手に騒ぎ立てるその姿に、周囲は一瞬、息を止めたように静まりかえりました。
「俺が煤まみれなのは誇りだからな! 鉄道を笑うやつは許さん!」
「……ライナルト様、声があまりに大きすぎます!」
「おっと。けどな、エリシアのことを笑うような連中にはっきり言っとく。彼女は俺に必要だ!」
その瞬間、大広間は針を落としたようにざわめきました。
……やめてくださいませ、そんなに真っ直ぐに――わたしの頬は、真紅の炎のように熱く染まってしまいました。
張り詰めた夜会のあとで庭園へ抜け出すと、すぐにライナルト様が追いかけてきました。
「ごめんな。ああいう場所じゃつい熱くなって言いすぎる」
「言いすぎというか……わたしの顔をどれほど赤く染めるおつもりですか」
「はは。まあ……可愛かったから、いいんじゃないか」
「~~~~っ!」
言葉を詰まらせたわたしは、思わず木の陰に身を隠しました。
彼はすぐそこまで歩み寄り、わたしの手を取って強引に引き出してしまいます。
「……離してください」
「離さない。俺は、君と真っ直ぐ向き合いたい」
手を取られたまま、逃げ場のない真剣な瞳を見せつけられると、胸が苦しいほどに高鳴りました。
「……でも、ライナルト様」
わたしは声を震わせました。
「わたし、また傷つくのが怖いのです。前のように裏切られ、陰口にさらされ、家の名誉を踏みにじられるのが」
その言葉を遮るように、彼の腕がわたしを強く抱き寄せました。
「大丈夫だ。俺がいる。君が泣きそうになったら髪を撫でて慰める。頬に涙が伝ったら、そっと指で拭う。何度でも」
彼の胸に抱かれると、張りつめていた不安がするりと解けていくのを感じました。
彼の体温は、どんな社交界の炎よりも強く、そして温かいのです。まるで揺るがない機関車の熱のように。
――日々は矢のように過ぎ去り、半年という期限が目の前に迫ってきました。
一方で侯爵家の中には、わたしとの婚約を快く思わぬ者も少なくありません。
けれどライナルト様は迷うことなく、公然と告げました。
「俺に必要なのはエリシアだ。誰が反対しようと、俺の答えは変わらない」
わたしはその言葉に胸を打たれて……けれど同時に、選ばなければならないのです。
本当に、彼と情熱の線路の未来を歩んでよいのかどうかを。
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