制服の少年

東城

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10章 信次

+++++9月の連休に出会ったお兄さん

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九月の連休の土曜日、栄は高校の同窓会で都心に外出していた。
朝日はいつもの店で昼ご飯を食べることにした。

壁には、べたべたお品書きの紙が貼られて、厨房から炒め物をする音がジュージュー聞こえる。普通のラーメン屋兼中華料理屋で、客は独身の勤め人や学生で男性客ばかり。
朝日は赤い丸椅子に座ってカウンター席で一人しょうゆラーメンを食べる。
なぜかこの日は、すごく混んでいた。三沢軒は家族経営だが、忙しい金、土曜はバイトを雇っていた。今日は、バイトの大学生二人は急用で休んでいる。
大介が手伝っていたが出前が急に三件も同時にはいる。
「朝日君、暇なら出前手伝って」大介のお母さんにドンっと肩をどつかれた。
エプロンをして髪を一つに結んだ、どこにでもいそうな声のデカいおばさん。
もっと太りなよと、嫌いなレバニラとか酢豚を強引に食べさせられたこともあった。
大介のお母さんと外に出ると、高層マンションを指さして、「あのマンションの一五階の七号室。歩いてすぐだから」と頼まれた。
大介のお母さんに頼まれると嫌だと言えない。
しかたないので、手伝うことにした。

***

店から徒歩三分のマンションにチャーハンとチンジャオロースの出前。

常連さんで、全部つけにしているので、集金はいいから出前だけ。
着いたところは高級マンションだった。出前に来たことを守衛さんに教えると入れてくれた。一五階の七号室1507。
エレベーターで一五階まであがる。
1507号室。チャイムを押すと、すぐに若い男の人がでた。二十代半ばで怖そうな人だった。
朝日はおどおどしながら、おかもちから料理を取り出す。
「これ」トレーにのった出前の品を渡す。
男の人に無遠慮にじろじろ見られて、緊張した。
「坊やのこと取って食ったりしないから、そうびくびくするなって」
落ち着いたきれいな声。第一印象と喋った感じが全くちがう不思議な人。
顔を上げてお客さんの顔をよく見てみる。

髪を整髪剤で後ろに流して、黒と赤のシャツ着て黒いネクタイをした男の人だった。男性用の甘い香水の匂いがする。
ホストにしては、そんなにチャラくない。でも普通のサラリーマンとか教員じゃなさそうだ。
眼差しは穏やかだった。
(あのーなんて言ったっけ、あの俳優さんに似てるかも。)
そんなに怖くない。服装が派手なだけで、背も高いから怖いと勝手に思っていただけだった。
「まいどありがとうございました」と言ってドアを閉めようとすると、「ちょっと待って」と言われた。
男の人はトレーを持って消えると、すぐに戻ってきた。
朝日は右手をつかまれ、手のひらに二千円置かれた。
「お駄賃。好きなもの買いなよ」
「え?」
「バイトご苦労様。遠慮しないでもらっておけ。じゃあな」ニッとその人は笑ってドアを閉めた。

軽くなったおかもちを持って店に戻り、もらったお金を大介のお父さんに見せた。
「もらっときな。あのマンションの人だろ? 常連さんだよ」
汗だくになって炒め物をしている大介のお父さんは言った。

***

月曜日、塾に行く前に朝日は三沢軒で夕ご飯を食べる。
こないだ、出前で持って行った青椒肉絲の定食が美味しそうだったので頼んだ。
テレビを見ながら、ぼーっとしていると、ガラガラと引き戸が開いて、お客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ」おばさんの元気のいい声が狭い店に響いた。
ローカルニュースを見ている朝日の前に誰かが座る。
相席なんてしなくても、席空いてるのに。朝日は向かいに座った人を見る。
出前を配達したときに二千円くれたお兄さんだった。
ニッと笑った顔がすごくかっこいい。
栄は育ちのよい正統派美男だけど、お兄さんは上品さは全くない訳ありイケメン。
栄とは全然違うタイプのイケメン兄さんだった。
「やあ、どうしてた? 坊や」
今日はスーツじゃなくて普段着を着ている。黒のパーカーで派手な金の刺繍が入っている。やっぱりこの人、ホストなのかなと朝日は思う。
「ここの店の子なんだ?」と訊かれる。
「違うよ。あの日はたまたま手伝っただけで」
「いつもここで夕食食べてるの?」
「塾のある日は」
「お母さん、メシ作ってくれないのかよ?共働きとか?」
「お母さんも、お父さんもいない」
大介のお母さんが朝日の頼んだ定食を持ってきた。
「この子ね、お兄さんと住んでるんですよ。御両親、亡くなってね。お兄さんが働いて、弟を養って、兄弟つつましく仲良く暮らしているの」
大介のお母さん、勝手に話作ってるよ。栄は血のつながった兄弟じゃないよと朝日は心の中でつぶやく。
言い訳するのも説明するのも、めんどくさいから、なにも言わなかった。
「親いないのか。大変だね」派手なお兄さんは切ない眼差しを向ける。
同情と哀れみ、それに加えて萌え。
空気が変だった。星とかシャボン玉とかふわふわ飛んでそう。
周囲の空気が……と朝日は慌てる。
大衆的なラーメン屋を甘くて切ないパステルカラーの萌えカフェのオーラに変えるこのお兄さんって何者? 絶対、ホストだよね!? 朝日は、たじろく。
「俺もこの子と同じ定食お願い」お兄さんは頼んだ。
「はい」
大介のお母さんは、他のお客さんの注文を取りに行った。
「名前、なんて言うの?」お兄さんは上目づかいで口角を上げて聞いた。
「羽間朝日」ぼそっと自分の名前を伝える。
「俺は堂本信次(しんじ)。よろしく」
朝日は「いただきます」と言って、ご飯を頬張る。
そのうち、お兄さんが頼んだ定食がきた。
黙って食べる。
お兄さんが朝日のグラスに水を注いでくれた。
「いつも一人で食ってるの?」
「平日の夕食は一人の時が多いよ」
「じゃあ、塾の日は俺もここにくるから一緒に食べないか?」
「別にいいけど、どうしてですか?」
「おしゃべりしながら食べた方が楽しい。誰かと一緒に食べた方が、美味しいよな」
塾のない日、栄の帰りを待って、しーんと静まり返った台所で一人で食べてるときは、あまりおいしく感じない。
「仕事、なにやってるんですか?」
「自営」
「自営ってなんですか?」
「会社経営」
「社長なんですか?」
「まだ社員いない。俺一人」
あまり仕事のことに関しては話したくないみたいなので聞くのをやめた。
「何歳?」
「十三」
「俺、二十五才」
朝日は席を立つ。
「ごちそうさま。じゃあ、僕、これから塾なんで」
「代金は俺が払うから」
「つけにしてもらっているので堂本さんが払わなくてもいいです」
「下の名前で呼んでくれる?」
「じゃあ、信次さんって呼びます」
「明日も塾だよな?」
「そうです」
「明日も一緒にメシ食えるよね」
「一つ聞いていいですか? なんで僕に二千円くれたり、仲良くしようとするんですか?」
「中学生なのにバイトしたり、兄弟つつましく二人で暮らしてる話を聞いたら、ほろりときちゃって。俺、そういう話に弱いの」
照れながら笑う信次さんの笑顔が可愛い。イケメンなのに笑った顔は、子供みたいに屈託がない。八重歯が目立つ。そういえば髪形もトワイライトに出てくるバンパイアのお兄さんに少し似ているかも。
「朝日は小公女ってお話知ってる?」
「サーカスかなんかの孤児の話?」
「えーと、それは家なき子な。小公女というのは、お嬢様だった女の子が、ある日、突然、父親を亡くしてから、宿舎で意地悪な先生や同級生に使用人のように扱われて。話すと長いけど」
「あー、その話なら知ってるかも」
この人悪い人じゃないって、直感で感じた。
「もう塾行かないと」
「明日も一緒に夕飯食おうな。小公女の話の続きもしたいし」
なぜか分からないけど、ちょっと嬉しかった。

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