【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした

きゅちゃん

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襲撃

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リーデン地方での修行から三ヶ月が経過していた。初秋の風が山々を駆け抜け、別邸の庭には色とりどりの草花が咲き誇っている。この日、ベルティアは朝から特別な訓練に取り組んでいた。

「呼吸を整えて、意識を集中させろ」レイヴンの厳しい声が響く。「魔力を全身に巡らせ、一点に集中させるんだ」

ベルティアは目を閉じ、深く呼吸を繰り返した。左手の青い指輪が光を放ち、彼女の体を青い魔力のオーラが包み込む。

「今だ!」

彼女は目を開き、前方に右手を突き出した。指先から水と風の魔法が渦を巻きながら放たれ、十メートル先の標的に命中。木製の的が粉々に砕け散る。

「見事だ」レイヴンは珍しく褒め言葉を口にした。「魔法と身体技術の融合が完璧だ。三ヶ月前のお前からは想像もできない成長ぶりだ」

ベルティアは息を整えながら微笑んだ。「ありがとうございます、先生」

汗で濡れた前髪をかき上げると、そこにはもはや帝都の「完璧な令嬢」の面影はなかった。日に焼けて健康的に輝く肌、鍛えられた引き締まった体、そして何より、その瞳に宿る強い意志の光。彼女は内面からも変わりつつあった。

「今日はここまでだ」レイヴンは訓練の終了を告げた。「午後からエレノアと政治学の特訓だろう?休んでおけ」

「はい」

ベルティアがレイヴンに一礼し、別邸に戻ろうとした時、オスカーが急ぎ足で庭に駆け込んできた。

「お嬢様!緊急事態です」彼の顔は青ざめていた。「リーデンの町から使者が来ております。魔物の襲撃があったとのことです」

「魔物?」ベルティアとレイヴンは同時に声を上げた。

「はい。国境の森から魔物の群れが現れ、リーデン周辺の村々を襲っているそうです。町の警備隊だけでは対処できず、帝国軍に援助を求めたそうですが、到着までに時間がかかるとのこと...」

レイヴンは眉をひそめた。「不自然だな。この地方で魔物の大規模な襲撃があったのは十年以上前のことだ」

「町の人たちが危険に...」ベルティアは即座に決断した。「私も手伝います」

「何を言っている」レイヴンは厳しい口調で制した。「お前はまだ修行中の身だ。実戦は危険すぎる」

「でも、私には力がある。この三ヶ月で身につけた力は、人々を守るためのものではないですか?」ベルティアは真剣な眼差しでレイヴンを見つめた。「見て見ぬふりをせよと?」

緊張した沈黙が流れた。レイヴンはベルティアの決意の強さを感じたのか、やがて深いため息をついた。

「わかった。だが、私も同行する。エレノアにも知らせろ」

---

一時間後、ベルティアたちは馬に乗ってリーデンの町に向かっていた。ベルティアは実戦用の魔法装備を身につけ、腰には短剣を下げている。エレノアも同行し、三人は全速力で町に急いだ。

「あれは...」丘を越えると、町の外れから黒い煙が立ち上っているのが見える。

「急ぐぞ!」レイヴンの声に応じて、三人は馬に鞭を当てた。

町に着くと、そこはまさしく混乱の渦だった。負傷者の手当てに追われる医師たち、我先に避難する町民たち、そして最前線で魔物を食い止めようと奮闘する警備隊。魔物たちは狼に似た姿をしているが、体は通常の二倍ほどの大きさで、目は残酷に赤く光っていた。

「闇狼だ」エレノアが説明した。「通常は単独行動をする魔物だが、まるで統制された集団のように動いている...不自然よ」

町の警備隊長が彼らに駆け寄ってきた。「ロゼンダール別邸からの援軍ですか?ありがたい!特に魔法使いが来てくれたのは心強い」

「状況は?」レイヴンが尋ねた。

「町の東側が最も危険です。先ほど再び魔物の群れが現れました。警備隊は疲弊しています」

レイヴンは即座に判断した。「私とエレノアで東側を守る。ベルティア、お前は町の中心で負傷者の保護と、万が一の侵入に備えろ」

「でも、私も前線で...」

「議論する時間はない」レイヴンは厳しく言い切った。「お前はお前の役割を果たすのだ。市民を守れ」

実にもっともな命令だった。ベルティアは逸る気持ちを抑え、命令に従うことにする。町の中心広場に設置された救護所へと向かう途中、彼女は周囲の混乱を目の当たりにした。怯えた子供たち、負傷した大人たち...彼女が過ごしてきた華やかな宮廷とは全く違う世界がそこに広がっていた。

救護所では医師たちが必死に治療を行っていた。その中に、彼女が市場で出会った石鹸を売る年配の女性の姿があった。女性は腕に怪我を負い、痛みに顔をゆがめている。

「大丈夫ですか?」ベルティアは彼女に近づいた。

「あら、あなたは...市場で助けてくれた娘さん」女性は驚いた表情を見せた。

「じっとしていてください」ベルティアは左手の指輪を光らせ、女性の傷に向けた。「癒しの水よ...」

青い光が女性の傷を包み込み、徐々に患部が塞がっていく。エレノアから学んだ回復魔法だ。

「ありがとう...」女性は感動した様子で言った。「あなたは一体...」

その時、突然の悲鳴が響いた。広場の反対側から、一匹の闇狼が飛び込んできたのだ。防御線を突破してきたらしい。近くにいた警備兵たちが立ち向かうが、疲労困憊の彼らは闇狼の素早い動きについていけないようだ。

「危ない!」

ベルティアは即座に立ち上がり、右手を突き出した。「風の刃を!」

鋭い風の刃が闇狼の側面を切り裂き、魔物は苦しそうに唸った。しかし厚い毛皮に阻まれたせいか、その傷は致命的ではなく、むしろ闇狼の怒りを増幅しだけのようだ。赤く光る目がベルティアを捉え、魔物は彼女に向かって飛びかかってきた。

「水の盾を!」

生成された透明な水の盾が魔物の攻撃を受け止めたが、衝撃は殺しきれずベルティアは後ろに倒れた。闇狼は再び飛びかかろうとする。

瞬間的な判断で、彼女は腰の短剣を抜き放った。レイヴンから学んだ剣術の型を思い出し、身体を低く構える。

「来なさい...」彼女は静かに言った。

闇狼が再び飛びかかった瞬間、ベルティアは身をかわし、魔物の脇腹に短剣を突き立てた。同時に左手から水の魔法を放ち、傷口から魔物の体内へと浸透させる。

「凍れ!」

水が闇狼の体内で凍り付き、魔物は苦しそうな咆哮を上げた後、その動きを止めた。

広場の人々は息を呑み、やがて拍手と歓声が上がった。「丘の令嬢が私たちを救った!」

ベルティアは息を整えながら周囲を見回した。これが現実の戦いだ。魔法の練習や訓練とは違い、絶え間なく生死を分ける瞬間が襲い来る。彼女の心は恐怖で震えていたが、同時に強い使命感も感じていた。

「まだ油断はできません」彼女は広場の人々に声をかけた。「皆さん、この建物の中に避難してください」

人々を安全な場所に誘導し終えたとき、東側から爆発音が聞こえた。レイヴンとエレノアが戦っている方向だ。心配になった彼女は、広場を警備兵たちに任せ、東側へと急いだ。

町の東端に到着すると、彼女は驚愕の光景を目にする。レイヴンとエレノアは背中合わせで立ち、周囲には数十体の闇狼の死骸が散らばっている。しかし、さすがの二人も疲労の色が濃く、特にエレノアは右腕から血を流していた。

そして彼らを取り囲むように、新たな闇狼の群れが迫っていた。しかも今度は、その中央に一際大きな存在がいる。闇狼の二倍以上の大きさで、全身が漆黒の毛に覆われ、頭部には角が生えていた。

「闇狼王...」エレノアが息を切らせながら言った。「あんな強大な魔物がこの地に現れるなんて...」

ベルティアは咄嗟に二人の前に飛び出した。「先生がた、下がってください!」

「ベルティア、何をしている!」レイヴンが怒鳴った。「命令に従え!」

しかし、ベルティアの決意は固かった。「私にも守るべきものがあります。お二人とも疲れているでしょう。私がここで時間を稼ぎます」

彼女は両手を広げ、全身に魔力を巡らせた。母から受け継いだ青い指輪が強く輝き、風と水の魔法が彼女の周りで渦を巻き始める。

「風よ、水よ。我が声を聞け...」

闇狼王が低く唸り、一斉に群れが襲いかかってきた。その瞬間、ベルティアの周りに竜巻のような風の壁が生まれ、攻撃してきた闇狼たちを吹き飛ばした。

「すさまじい魔力だ...」レイヴンは驚きの表情を隠せなかった。

ベルティアはさらに両手を天に向けて広げた。「嵐の矢を!」

空から無数の水の矢が降り注ぎ、闇狼たちを次々と倒していく。しかし、闇狼王だけは水の矢をものともせず、徐々にベルティアに近づいてきた。

「くっ...」彼女は魔力の限界を感じていた。こんな大規模な魔法を連続で使うのは初めてだ。脳裏が焼け付くような感覚に、生命の危機を覚える。

「ベルティア、下がれ!」エレノアが叫んだ。

しかし、時既に遅し。闇狼王が大きく飛躍し、ベルティアに襲いかかった。彼女は咄嗟に水の盾を張ったが、闇狼王の力は強大で、盾は砕け散った。

衝撃でベルティアは地面に倒れ、闇狼王の巨体が彼女の上に覆いかぶさる。鋭い牙が彼女の喉元に迫った瞬間——

鮮やかな赤い光線が闇狼王の側面を貫いた。

「まだ若造が勝手に死ぬには早い」

振り返ると、そこにはヴァルター・フォン・クリムゾンが立っていた。彼の手には赤く輝く魔剣が握られている。

「ヴァルター侯爵...」ベルティアは驚きの声を上げた。
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