【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした

きゅちゃん

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契約の時

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神殿での戦いから一週間が過ぎた。大事件に震撼した帝都は、しかし再び平和を取り戻しつつあった。闇の結社は壊滅し、エリーゼはその罪を認め、帝国の特別監獄に収監された。ベルティアは自身の汚名を晴らし、社交界への復帰を果たした。

ロゼンクロイツ邸の応接室では、アルフレッド伯爵が完全に健康を取り戻し、娘と共に朝食をとっていた。

「昨日の貴族会議は無事に終わったようだな」アルフレッドはコーヒーを口に運びながら言った。

「はい。四大宝玉は元の守護者の元に戻り、封印の監視体制も強化されました」ベルティアは微笑みながら答えた。

彼女の体から四大精霊の力は消えていたが、その代わりに揺るぎない自信と穏やかさが宿っていた。かつての「完璧な令嬢」の仮面を脱ぎ捨て、今の彼女は素直に自分の感情を表現できるようになっていた。

「ところで」アルフレッドは意味ありげな表情で言った。「ヴァルター侯爵から正式な申し出があった」

ベルティアは一瞬息を呑み、うってかわって頬が赤く染まった。「お父様...」

「彼はお前との婚約を望んでいる」アルフレッドは微笑んだ。「もちろん、今度は政略結婚ではなく、互いの意思によるものだ」

「そうですか...」彼女は恥じらいながらも、嬉しさを隠せなかった。

「どうする?」

彼女は迷いなく答える。「私もヴァルターを愛しています。彼との婚約を望みます」

アルフレッドは満足そうに頷いた。「彼なら安心して娘を託せる。彼は真の騎士だ」

ちょうどその時、執事のフレデリックが入室してきた。「お嬢様、レイヴン様とエレノア様がお見えです」

「ああ、お通ししなさい」

間もなく、レイヴンとエレノアが応接室に入ってきた。二人の表情は普段より緊張していた。

「どうしました?」ベルティアが尋ねた。「そんな顔をして」

レイヴンが一歩前に出た。「緊急事態だ。リーデン地方から報告が入った。再び魔物の大群が現れたという」

「何ですって?」アルフレッドが立ち上がった。「闇の結社は壊滅したはずでは?」

「そう思っていました」エレノアが続けた。「しかし、オズワルドとエリーゼだけが結社のリーダーではなかったようです」

「どういうことだ?」

「彼らは思った以上に周到でした。第三の指導者がいたのです。あえて組織を一枚岩にせず、リスクを分散していたのでしょう」レイヴンが厳しい表情で言った。「リーデンでの魔物の襲撃には、特徴的な魔力の痕跡があった。その魔力は、オズワルドともエリーゼとも異なるものだ」

ベルティアは窓の外を見つめた。リーデンの人々の顔が彼女の心に浮かんだ。「私が行きます」

「ベルティア」アルフレッドが心配そうに言った。「お前にはもう四大精霊の力がない。前のように戦えるとは限らない」

「でも、私にはリーデンで学んだ力があります」彼女は決意を込めて言った。「そして何より、守るべき人たちがいる」

部屋に沈黙が流れた後、アルフレッドが静かに頷いた。「わかった。だが一人では行かせん。帝国軍の精鋭部隊を同行させよう」

「私とエレノアも行く」レイヴンがきっぱりと言った。「最後まで、お前の師匠としての責任がある」

エレノアも微笑んで頷いた。「あなたの成長をまだ見届けたいわ」

感謝の言葉を口にしようとした時、ドアが開き、ヴァルターが入ってきた。

「聞いたぞ、リーデンの件を」彼は真剣な表情でベルティアに向き合った。「私も同行する」

「でも、あなたには帝都での責務が...」

「君よりも大切な責務などあると思うか?」間髪をおかぬヴァルターの言葉に、部屋の空気が一瞬凍りついた。

アルフレッドが咳払いをして緊張を解きながら言った。「まったく、若い者たちは...」

皆が小さく笑い、部屋の空気が和らいだ。父親の面前でその娘への愛を告白したに等しい自分の発言に意識が至ったのか、ヴァルターが気まずそうに咳払いした。

「では、準備をしよう」レイヴンが言った。「明朝、リーデンへ向けて出発する」

---

その夜、ベルティアは庭園を散歩していた。満天の星空が広がり、月の光が彼女の金色の髪を銀色に染めている。

「眠れないようだな」

振り返ると、ヴァルターが彼女に近づいてきていた。

「ええ、少し考え事を」彼女は微笑んだ。

「リーデンのことか?」

「はい、でも、それだけではないのです」ベルティアは夜空を見上げた。「私の中の四大精霊の力は消えましたが、何か別のものが残されたような気がするんです」

「どういう意味だ?」

「説明するのが難しいのですが...」彼女は自分の手のひらを見つめた。「時々、指先に不思議な感覚があるんです。まるで、何かが目覚めようとしているような...」

ヴァルターは彼女の手を取り、優しく握った。「君の母親、アイリス・セイントクレアは特別な魔法の才能を持っていたと聞いている。その血が、君の中で目覚めつつあるのかもしれない」

「母上の...」ベルティアは母の青い指輪を見つめた。「母上のことをもっと知りたいです」

「そのために、リーデンは良い場所だろう」ヴァルターは優しく彼女の頬に触れた。「君の母の実家があり、彼女を知る人々がいる」

二人は静かに寄り添い、星空を見上げた。ベルティアの心には不安と期待が入り混じっていた。リーデンでの新たな危機、母の遺産の謎、そして自分の中に眠る力の正体...全てが新たな冒険の始まりを予感させていた。

「ねえ、ヴァルター」彼女は小さな声で言った。「私たちの婚約...社交界には、どう伝えるつもりですか?」

彼は微笑んだ。「真実をそのまま。かつて『悪役令嬢』と呼ばれた女性が、真実のの強さと優しさを見せてくれたことに、この軍人が心を奪われたと」

「それでは、社交界が騒ぎになりますよ」彼女は軽く笑った。

「構わん」ヴァルターは彼女の手を強く握った。「私は人々の評判など気にしない。気になるとしたら、君のことだけだ」

彼の言葉に心を温められながらも、ベルティアの心には小さな不安があった。リーデンでの新たな戦いは、ようやく掴もうとしている彼女の幸せをも脅かすものになるのか。

「心配するな」ヴァルターは彼女の表情を読み取ったように言った。「今度は君一人ではない。我々が共に立ち向かう」

「ありがとう」彼女は心からの感謝を込めて答えた。

---

翌朝、帝都の東門では、リーデンへ向かう一行の出発準備が整っていた。ベルティアは実戦向けの服装に身を包み、腰には短剣を下げていた。アルフレッド伯爵が見送りに来てくれた。

「気をつけろ、ベルティア」彼は娘を抱きしめた。「必ず無事に帰ってこい」

「はい、父上。心配しないでください」

ヴァルター、レイヴン、エレノア、そして選りすぐりの帝国騎士団の精鋭二十名が揃い、一行は出発した。リーデンまでの道のりは三日。馬を急げば、もう少し早く到着できるかもしれない。

旅の道中、ベルティアは窓から景色を眺めながら、半年前の旅を思い出していた。あの時は社交界を追放された悲しみと憤りを抱えていたが、今は違う。彼女の心には強い決意と、大切な人たちを守りたいという願いだけがあった。

二日目の夜、野営地で休む際、彼女は他の者たちが眠った後も、一人焚き火の前に座っていた。

「眠れないのか?」エレノアが彼女の隣に座った。

「少し考えごとを」ベルティアは炎を見つめながら答えた。

「何か気になることでも?」

「実は...」彼女は小声で言った。「最近、不思議な夢を見るんです。まるで母上が私に語りかけてくるような...」

エレノアは興味深そうに彼女を見つめた。「どんな夢?」

「霧の中の景色で、母上らしき人影が私に手を差し伸べるんです。そして『古き契約を思い出せ』と」ベルティアは首を傾げた。「『古き契約』とは何のことでしょう?」

エレノアは考え込んだ。「セイントクレア家には、古い伝説があると聞いています。かつて精霊と交わした契約について...」

「精霊との契約?」

「はい。詳しくは知りませんが」エレノアは静かに言った。「リーデンに着けば、何か手がかりがあるかもしれませんね」

翌日、旅の三日目。一行が山を越えてリーデンの領地に入ろうとした時、異変に気づいた。遠くから黒い煙が上がっているのだ。

「あれは...」ベルティアは息を飲んだ。「リーデンの町から!」

「急げ!」ヴァルターが命じた。

彼らは馬に鞭を入れ、全速力で町へと向かった。丘を越えると、恐ろしい光景が広がっていた。リーデンの町は魔物の大群に包囲され、一部の建物がすでに炎に包まれていた。

しかし、前回と違い、今回の魔物たちはさらに大きく、その姿も多様だった。蜥蜴のような姿の魔物、巨大な蜘蛛のような魔物、そして空を飛ぶ翼を持った魔物まで...

「なんてこと...」ベルティアは愕然とした。

「あれは古代魔物だ」レイヴンが厳しい表情で言った。「禁忌魔法でしか呼び出せない強力な魔物...」

ベルティアの心に、怒りと決意が燃え上がった。「私の大切な場所を...許さない!」

彼女が前に出ようとした瞬間、奇妙なことが起きた。彼女の母の指輪から青い光が放たれ、その光が彼女の体全体を包み込み始めた。

「これは...!」エレノアが驚きの声を上げた。

青い光の中で、ベルティアの体が宙に浮かび始めた。彼女の耳に、優しい女性の声が響いた。

「ベルティア...契約の時が来たのよ」

「母上...?」

青い光はさらに強まり、ベルティアの周りに風が渦巻き始めた。それは単なる風ではなく、風の精霊たちが彼女の周りを舞っているかのようだった。

「古き契約を受け継ぎなさい、娘よ」母の声が続いた。「セイントクレア家と風の精霊との契約を...」

光が収まると、ベルティアの姿が変わっていた。彼女の髪は風に揺れ、体からは青い魔力のオーラが放たれ、背中には半透明の翼のようなものが現れていた。

「これが...『古き契約』」彼女は自分の姿に驚きながらも、体の中に満ちる力を感じていた。

四大精霊の力とは違う、しかし、より自然で、より彼女自身に近い力。それは彼女の血に流れる遺産だった。

「見事だ...」ヴァルターは息を呑んだ。

ベルティアは新たな力を感じながら、町を見下ろした。「行きましょう。リーデンの人々を守るために」

彼女の背中の風の翼が広がり、彼女は優雅に空中に浮かんだ。かつての「悪役令嬢」は今、風の精霊の契約者として、新たな戦いに挑もうとしていた。

リーデンの戦い、そして彼女の母の遺した謎の契約。新たな冒険が、今始まろうとしていた。​​​​​​​​​​​​​​​​
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