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第三章
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見慣れた回廊に佇む二人、一人は初めて目にする者だ。
銀糸の髪を軽く一つに束ね、すらりとした立ち姿でルイに寄り添う。
ただ静かに佇んでいるだけだというのに、その景色はどこか幻想的だった。
護衛や使用人は、見守るというより見惚れていた。
ライに気が付いたルイが声を上げると、深い碧眼が驚いた様子で振り向いた。
見目麗しいと言われる者達を見慣れたライにとっても、一瞬目を奪われる姿だった。
幼いながら警戒心を露わにするルイを押し除け、思わずその目元に触れた。
小さな泣きぼくろは、清廉な面立ちの中でそこだけ妙に艶めかしく浮かび上がっていた。
びくりと跳ね上がったサフィアの姿を思い出し、ライは口元だけで笑みを浮かべた。
気紛れで訪れただけであったが、新しい世話係もルイの様子も、ライには面白く感じた。
退屈凌ぎにはちょうどいい。
「…あれで男とはな。余にそういった趣向はないが、あれなら一度ぐらい試してみても良さそうではないか?」
「…陛下、それは…」
王の呟きに、側近は卒倒しそうになるのを堪えた。
就任したばかりの頃に起きたあの出来事を思い出し、顔を曇らせる。
「…だが、また新たに世話係を募るのも面倒だ。残念だな。」
「ええ、ルイ王子も気に入られている様子なので…」
できれば、そっとしておいて下さいという言葉を飲み込む。
ライの様子はどこか楽しげだ。
王の機嫌が良いのは、側近にとってもいい事だ。
何がライの機嫌を良くしているのか、側近は理解できなかったが、機嫌が悪いよりはよっぽど良い。
色々あったが、この一月は静かで落ち着いている。
この日常が長く続くことを祈るばかりだ。
独特の香が焚かれた部屋へ王を見送ると、エリクの今日の仕事が終わる。
黒獅子と呼ばれる美しく猛々しい王は、今日も気まぐれに数人の女達を用意させ、あの部屋で夜を過ごす。
王はカリン王妃を寵愛していると噂されていたが、噂は噂でしかなかった。
王が誰か一人を寵愛することなんて、この先あり得るのだろうか?
側近となりまだ日は浅いが、エリクから見た王は何にも心を動かされず、大抵いつもどこか退屈している様子だった。
それでも政務はしっかりとこなすし、何より腐敗していたこの国を立て直したのは、この王に他ならない。
前王は東国から迎え入れたライの母が若くして亡くなると、すぐに自国出身の側室を正妃とした。
本来であれば第二王子でしかないライの義弟が王太子とされ、ライは幼い頃から冷遇されていたと言う。
成人してからも命じられるのは僻地での討伐ばかりで、黒獅子としてライが活躍する一方、前王たちは王宮で勢を尽くした暮らしを楽しんでいた。
不平を述べることもなく、不条理な命にも従順に従っていたライのことを、彼等は侮っていたのだろう。
あの晩、賑やかな夜会が開かれていた王宮に、ライが凱旋してきた。
僻地から凱旋したばかりで、薄汚れた身なりのままのライのことを、前王妃と前王太子は冷笑していた。
夜会の興を削がれたと前王が苦言を呈する間、ライは何も言わずに前に突き進み、そのままその首を刎ねた。
前王妃と半分とは言え血の繋がった義弟のことも、ライは顔色一つ変えず、無言でその首を刎ねた。
その場にいて騒ぎ立てた貴族らも、ライに従う騎士らによって取り押さえられた。
血まみれの空いた玉座に腰をおろし、ぐるりと首を一回りさせると、ライは悠然と言い放った。
「…それで、異議のある者はいるか?」
誰も異議を唱えられる者など現れず、その日から黒獅子はこの国の王となった。
末端の文官としてその日も雑務に追われていたエリクにとって、その姿はこれまで目にした何よりも神々しかった。
この先一生忘れることのできない出来事だ。
側近として迎え入れてくれたライ王が、この先心穏やかに過ごせることを、エリクは願ってやまない。
銀糸の髪を軽く一つに束ね、すらりとした立ち姿でルイに寄り添う。
ただ静かに佇んでいるだけだというのに、その景色はどこか幻想的だった。
護衛や使用人は、見守るというより見惚れていた。
ライに気が付いたルイが声を上げると、深い碧眼が驚いた様子で振り向いた。
見目麗しいと言われる者達を見慣れたライにとっても、一瞬目を奪われる姿だった。
幼いながら警戒心を露わにするルイを押し除け、思わずその目元に触れた。
小さな泣きぼくろは、清廉な面立ちの中でそこだけ妙に艶めかしく浮かび上がっていた。
びくりと跳ね上がったサフィアの姿を思い出し、ライは口元だけで笑みを浮かべた。
気紛れで訪れただけであったが、新しい世話係もルイの様子も、ライには面白く感じた。
退屈凌ぎにはちょうどいい。
「…あれで男とはな。余にそういった趣向はないが、あれなら一度ぐらい試してみても良さそうではないか?」
「…陛下、それは…」
王の呟きに、側近は卒倒しそうになるのを堪えた。
就任したばかりの頃に起きたあの出来事を思い出し、顔を曇らせる。
「…だが、また新たに世話係を募るのも面倒だ。残念だな。」
「ええ、ルイ王子も気に入られている様子なので…」
できれば、そっとしておいて下さいという言葉を飲み込む。
ライの様子はどこか楽しげだ。
王の機嫌が良いのは、側近にとってもいい事だ。
何がライの機嫌を良くしているのか、側近は理解できなかったが、機嫌が悪いよりはよっぽど良い。
色々あったが、この一月は静かで落ち着いている。
この日常が長く続くことを祈るばかりだ。
独特の香が焚かれた部屋へ王を見送ると、エリクの今日の仕事が終わる。
黒獅子と呼ばれる美しく猛々しい王は、今日も気まぐれに数人の女達を用意させ、あの部屋で夜を過ごす。
王はカリン王妃を寵愛していると噂されていたが、噂は噂でしかなかった。
王が誰か一人を寵愛することなんて、この先あり得るのだろうか?
側近となりまだ日は浅いが、エリクから見た王は何にも心を動かされず、大抵いつもどこか退屈している様子だった。
それでも政務はしっかりとこなすし、何より腐敗していたこの国を立て直したのは、この王に他ならない。
前王は東国から迎え入れたライの母が若くして亡くなると、すぐに自国出身の側室を正妃とした。
本来であれば第二王子でしかないライの義弟が王太子とされ、ライは幼い頃から冷遇されていたと言う。
成人してからも命じられるのは僻地での討伐ばかりで、黒獅子としてライが活躍する一方、前王たちは王宮で勢を尽くした暮らしを楽しんでいた。
不平を述べることもなく、不条理な命にも従順に従っていたライのことを、彼等は侮っていたのだろう。
あの晩、賑やかな夜会が開かれていた王宮に、ライが凱旋してきた。
僻地から凱旋したばかりで、薄汚れた身なりのままのライのことを、前王妃と前王太子は冷笑していた。
夜会の興を削がれたと前王が苦言を呈する間、ライは何も言わずに前に突き進み、そのままその首を刎ねた。
前王妃と半分とは言え血の繋がった義弟のことも、ライは顔色一つ変えず、無言でその首を刎ねた。
その場にいて騒ぎ立てた貴族らも、ライに従う騎士らによって取り押さえられた。
血まみれの空いた玉座に腰をおろし、ぐるりと首を一回りさせると、ライは悠然と言い放った。
「…それで、異議のある者はいるか?」
誰も異議を唱えられる者など現れず、その日から黒獅子はこの国の王となった。
末端の文官としてその日も雑務に追われていたエリクにとって、その姿はこれまで目にした何よりも神々しかった。
この先一生忘れることのできない出来事だ。
側近として迎え入れてくれたライ王が、この先心穏やかに過ごせることを、エリクは願ってやまない。
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