黒獅子の愛でる花

なこ

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第七章

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リヒトに並ぶマリアからは、夫への想いが溢れている。

リヒトを見上げる視線は未だ恋する少女のように潤み、頬は薔薇色にほんのりと色めく。

エスコートする手が腰に回される度、マリアはぴくりと震え、それからはにかんだような笑みを夫に向けた。

初めて目にするマリアの姿は、細身の女性が目立つ貴族たちの中では少しだけふっくらとし、柔和な面持ちをしている。

爵位も、子も、温かな家庭も、この先サフィアが与えることのできない全てを、マリアはリヒトに与えることができるだろう。

…これで、良かったんだ。

リヒトの急な心変わりの訳を知りたくないと言えば、嘘になる。

ただもう、それを知ったところで、何も変わることはない。

サフィアはルイへと視線を向けた。

背筋を伸ばし、向けられる祝詞に一人一人真摯に応えている。

頷くたびにさらさらと揺れる黒髪は、今朝方サフィアが何度も櫛を通した。

今晩は寝付くまでお側にいよう。

今サフィアが生きている理由は、ルイのため、ただそれだけだ。

王族から少し離れた場所に控えるサフィアの姿は、ある意味王族以上に人々の目を引いた。

すらりと伸びた手足に、緩くまとめただけの銀糸と碧眼、着飾る貴族たちの中でも従者として控えめな出立ちだが、かえってサフィア本来の美しさを引き立てているように見える。

ちらちらと送られる視線に、サフィア自身は気がついていない。

それどころではなかった。

続いて現れた三人の姿に身体がびくりと強張る。

父と母、そして兄のジェラルドだ。

こんな姿を見られたらと慄いた後、長年染みついたこの習性を振り払おうと、首を振る。

珍しく王妃の方から彼等に何かを話しかけると、王妃は特にジェラルドと意気投合したようで、会話を弾ませている。

ジェラルドもサフィアには見せないような笑みを浮かべており、二人の様子にサフィアは落ち着かない気持ちがした。

立ち去るジェラルドから刺すような視線を向けられるのを、気が付かないふりをしてやり過ごす。

今のサフィアにはそれが精一杯だ。




一通り祝詞が告げられると、そこからは漸くサフィアの出番だ。

ライも王妃も、それぞれが訪れた来賓たちの相手を始める。

サフィアはルイに付き従い、少し疲れた様子のルイのために飲み物や軽食を用意した。

「よく頑張られましたね。堂々として、とても素晴らしかったです。」

にこりと微笑むと、ルイは小さな口で甘い果実の飲み物を口にした。

こくこくと静かに飲み干す。

余程喉が渇いていたのだろう。

そこにすっと近づいてきた人物に、サフィアは慌てて身なりを正した。

「お前が元気そうで良かったよ、ルイ。」

王太子のことを呼び捨てにできる人物は限られている。

「…おじいさま。ルイもお会いできて嬉しいです。」

おじいさまとルイが呼ぶのは、ライの母の兄、東国の大貴族であるサリエル閣下だ。

ルイが東国の言葉で返答したため、サリエルは一度目を丸くすると、それから嬉しそうにルイを抱え上げた。

ライとサリエルはよく似ている。

サリエルは年老いてもなお、精悍で隆々としている。

急に目線が高くなり、ルイは小さく声を上げ、嬉しそうにサリエルに抱きついた。

ライや王妃といるときよりも、そこにはくだけた雰囲気が漂う。

ルイはサリエルのことを慕っているようだし、サリエルもルイのことを可愛がっているようだ。

「君が教えたのか?」

東国の言葉で話しかけられ、サフィアは頷いた。

「ルイの発音は美しいな。」

「それはルイ様が努力されましたので。」

「君の発音も流暢だ。」

「…ありがとうございます。」

サリエルといるルイは、年相応の無邪気な子どもに見える。

ルイにこんな顔をさせるサリエルのことを、サフィアも好ましく感じた。

従者たちに急かされても、サリエルはなかなかルイから離れようとしない。

終いにはルイから促され、渋々待ち受ける人々の元へ足を向けた。

大きなその背をサフィアとルイが見送っていると、くるりとサリエルが振り返る。

「せっかく来たのだから、今回は少し長めに滞在する予定だ。長年の友人がいて、そこで世話になる予定だが、二人で訪ねて来るといい。友人にも許可は得ている。」

ほとんど外出をしないルイがサフィアを見上げる。

「陛下に確認してみましょう。」

うんうんとルイが頷く。余程訪れたいのだろう。

「ライに拒否はさせん。おっと、ライなどと呼び捨てにしてはならんな。この国の王だ。」

はははっと、豪快に笑う姿に二人もつられて笑顔になる。

「必ず来るのだぞ。ここで会うのは堅苦しくてかなわんからな。」

「はい、おじいさま。」

サリエルは大きな手で、ルイの頭を優しく撫でる。

ルイは少し照れたような表情を浮かべながらも嬉しそうだ。

「君も一緒に来るのだぞ。これだけ東国の言葉を操れるのだから、色々話しをしてみたい。」

「はい。是非。」

うんうんとサリエルは頷く。

「滞在先は、グレファム公爵邸だ。ではな。」

サフィアは耳を疑った。

グレファム…

そこは、先程目にしたばかりの、リヒトの婿入り先だ。






















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