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第97話
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その時、これまでずっと俯いていたブレアナが顔を上げ始めた。
まるで亀のように――いや、亀よりもさらにゆっくりとした動き。
本当に、本当にゆっくりと顔を上げたブレアナが、光のない目で私を見る。
私も、ブレアナを見る。
二人の視線が交錯したとき、私の胸に浮かんだのは、怒りでも恨みでもなく、かすかな憐れみだった。……ブレアナは、グロリアよりもさらにやつれていた。フレッド様もブレアナの顔を見ていたが、言葉を発さなくても、フレッド様の表情で今何を考えているのか分かった。
『シンシアとブレアナ。言うほど似てないじゃないか』
そう思っているのだろう。
それほど、ブレアナの顔は痩せこけ、本来ならそっくりの私と人相が異なっていたのだ。どれほどのストレスを受ければ、若い娘の頬の肉がこんなに落ちてしまうのか。
私は思わず、口を開いた。
「申し訳ありません、大公様。大変不躾ですが、彼女たちに質問する許可をいただけますでしょうか」
「わかった」
「ありがとうございます」
改めてブレアナに向き直り、私は問う。
「ブレアナ、いったい何があったの?」
ブレアナは自我のない人形のように、ぼおっと私を見たまま、何も答えなかった。
代わりにグロリアが口を開く。
「ラルフが三ヶ月前に事業に大失敗したのよ! それで、私たちみんなこのザマよ! ブレアナなんて、学校でいじめられて、今じゃろくに食事もせずうちに引きこもってるわ! 全部ラルフの……この能無しのせいなのよ!」
「なんだと! お前だってあのクソみたいな会社に投資することを勧めたじゃないか! 商売のことなど何もわからん馬鹿女のくせに、口出しだけはしてきおって! それで失敗したら全部俺のせいか! ふざけるな!」
ブレアナがやりたい放題を通せていたのは、うちが裕福で、取り巻きがたくさんいたからだ。お金が無くなり、取り巻きが消え去った結果、ブレアナに酷い目にあわされて恨みを抱いていた子たちが、今度は一斉にブレアナをいじめだしたのは想像に難くない。
他人をいじめる人間ほど、自分がいじめられると弱いものだ。なるほど、これで、ブレアナの病的なやつれ方も納得がいった。
それにしてもこの夫婦、度胸があるのか何も考えていないのか、よくも高貴なる大公様の御前で、これほど激しく言い争えるものだ。言葉の応酬はすぐに暴力へと発展し、グロリアがラルフの顔面に爪を食い込ませ、ラルフがグロリアの髪を引っ張るその有様は、場末の酒場の乱闘さながらであった。
これにはフレッド様も嘆息し、呆れたように窘める。
「もうわかったから、怒鳴り合うのも暴力もよせ。まったく、本当はお前たちを叱ってやろうと思っていたのだがな。よほどの悪人でない限り、俺は領民が苦しむのは望まない。前大公――父上の名において、少し融資をしてやる。それで堅実な経営をし、会社を立て直せ。ただし、シンシアの許可が下りればの話だが」
まるで亀のように――いや、亀よりもさらにゆっくりとした動き。
本当に、本当にゆっくりと顔を上げたブレアナが、光のない目で私を見る。
私も、ブレアナを見る。
二人の視線が交錯したとき、私の胸に浮かんだのは、怒りでも恨みでもなく、かすかな憐れみだった。……ブレアナは、グロリアよりもさらにやつれていた。フレッド様もブレアナの顔を見ていたが、言葉を発さなくても、フレッド様の表情で今何を考えているのか分かった。
『シンシアとブレアナ。言うほど似てないじゃないか』
そう思っているのだろう。
それほど、ブレアナの顔は痩せこけ、本来ならそっくりの私と人相が異なっていたのだ。どれほどのストレスを受ければ、若い娘の頬の肉がこんなに落ちてしまうのか。
私は思わず、口を開いた。
「申し訳ありません、大公様。大変不躾ですが、彼女たちに質問する許可をいただけますでしょうか」
「わかった」
「ありがとうございます」
改めてブレアナに向き直り、私は問う。
「ブレアナ、いったい何があったの?」
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代わりにグロリアが口を開く。
「ラルフが三ヶ月前に事業に大失敗したのよ! それで、私たちみんなこのザマよ! ブレアナなんて、学校でいじめられて、今じゃろくに食事もせずうちに引きこもってるわ! 全部ラルフの……この能無しのせいなのよ!」
「なんだと! お前だってあのクソみたいな会社に投資することを勧めたじゃないか! 商売のことなど何もわからん馬鹿女のくせに、口出しだけはしてきおって! それで失敗したら全部俺のせいか! ふざけるな!」
ブレアナがやりたい放題を通せていたのは、うちが裕福で、取り巻きがたくさんいたからだ。お金が無くなり、取り巻きが消え去った結果、ブレアナに酷い目にあわされて恨みを抱いていた子たちが、今度は一斉にブレアナをいじめだしたのは想像に難くない。
他人をいじめる人間ほど、自分がいじめられると弱いものだ。なるほど、これで、ブレアナの病的なやつれ方も納得がいった。
それにしてもこの夫婦、度胸があるのか何も考えていないのか、よくも高貴なる大公様の御前で、これほど激しく言い争えるものだ。言葉の応酬はすぐに暴力へと発展し、グロリアがラルフの顔面に爪を食い込ませ、ラルフがグロリアの髪を引っ張るその有様は、場末の酒場の乱闘さながらであった。
これにはフレッド様も嘆息し、呆れたように窘める。
「もうわかったから、怒鳴り合うのも暴力もよせ。まったく、本当はお前たちを叱ってやろうと思っていたのだがな。よほどの悪人でない限り、俺は領民が苦しむのは望まない。前大公――父上の名において、少し融資をしてやる。それで堅実な経営をし、会社を立て直せ。ただし、シンシアの許可が下りればの話だが」
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