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第1部 黄巾の乱編
第2話 妖術!チョウホウの罠!
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ここは全国でも有数のマンモス校で知られる後漢学園。
俺はこの春からここの新一年生となった流尾玄徳。みんなからは苗字を音読みして、リュービと呼ばれている。
充実した高校生活を送ろうと、意気揚々と入学して早々、不良に絡まれた二人の女子高生に遭遇。喧嘩も弱いのに助けようと、勇気を振り絞って声を上げた俺だったが、結果としてこの二人の女子高生に助けられることとなってしまった。
何しろこの女子高生がやたら強かった。
一人は関羽美。通称、カンウ。
長く美しい黒髪に、整った顔立ち、お嬢様のような雰囲気を漂わせる、スラリとした長身の美人。なお、胸はデカい。
もう一人は張飛翼。通称、チョーヒ。
髪を左右でお団子に結び、可愛らしい容姿で、天真爛漫な雰囲気の、背は低めな小柄な美少女。なお、胸は控えめ。
すれ違えば誰もが振り返るであろう美少女な二人だが、その武技は常軌を逸していた。大柄な男を軽々と投げ飛ばし、拳一つで黙らせる。とんでもなく強い二人であった。
その出会いを経て、今、この学園では黄巾党と呼ばれる不良グループが幅を効かせていることを知った俺は、より良い学園生活を送るため、彼女たちの自警団に参加することを決めた。
しかし、その参加を早速、後悔することとなる。
今の状況を説明しよう。
場所は公園。ビルの谷間に隠れた人通りの少ない、遊具もそれほどない空き地のような公園だ。
時間は放課後。俺たちは呼び出されてこの場に来た。もう春だが、周囲のビルのおかげで日陰が多く、時折、吹き込む風で少し寒い。
そして俺たちをここへ呼び出した相手なのだが、どうも先日(カンウ・チョーヒが)倒した黄巾党の仲間らしい。
今、見るからに不良の風貌の、屈強そうな男子生徒がざっと三十人。俺たちを取り囲むように立っていた。三十人それぞれが、トレードマークの黄色い頭巾をつけていた。
「なに、さっきからブツブツ言ってんだぜ、リュービ?」
お団子ヘアーの美少女・チョーヒが俺の顔を覗き込むようにして訊ねてくる。
チョーヒはまだあまり俺のことを認めてはいないようで、その目はどこか馬鹿にしたような、変な奴を見るような感じであった。
「いや、別になんでもないよ……
てか、大丈夫なの、この状況?
相手は三十人はいるよ!」
怯える俺に対して、黒髪の美少女・カンウは平然と答えた。
「そうですね。
私たちの相手なら百人は欲しいところですね」
「いや、千人はいるんだぜ!」
カンウに合わせて、チョーヒも嬉しそうに答える。
その表情から、全く冗談を言ってるつもりがなさそうなのが恐ろしい。
「オメーら、俺たち黄巾党をナメてると痛い目みるぜ!」
百人、千人なんて言っているから、相手の黄巾党の男たちはしびれを切らし、一人が代表するように怒鳴りつけてきた。
「チョーヒ、あの人たちがこれ以上悪さをしないよう、ここで懲らしめておきましょう」
「ぶっ潰してやるんだぜ!」
カンウ・チョーヒは既に臨戦態勢に入っている。傍からみると、か細い美少女二人が、三十人の大男に取り囲まれるというとんでもなくまずい図式なのだが、不思議と不安はない。
「ナメやがって!
黄巾党を怒らせるとどうなるか見せてやるぜ!」
「せっかくだから、あの別嬪の嬢ちゃんをたっぷり可愛がってやろうぜ!」
男たちはカンウの豊満な胸に視線を向けて、下卑た笑みを浮かべている。
「下品な方たちですね。
リュービさん、私たちの荷物をお願いします。
チョーヒ、すぐに倒しましょう」
「おう!
デカい胸ばかり見る男は叩き潰してやるぜ!」
何やら、チョーヒには別の私情も入ってるようにも思うのだが、何はともあれ、本気になった彼女たちを止める術はない。俺は二人の荷物を受け取り、邪魔にならないよう、少しばかりさがった。
決着は一瞬であった。
別に描写を節約しているわけではない。素人の俺の目には追えない早業で、カンウは大男たちを軽々と投げ飛ばし、チョーヒは次々と殴り飛ばして、あっという間に三十人はいた男たちが、気を失って、地面に転がっていた。
「本当に三十人ぐらい、一瞬で片付けちゃうんだなぁ」
俺はため息混じりにそうもらした。
「大丈夫でしたか、リュービさん?」
黒髪の美少女・カンウは、終始怯えっぱなしの俺を気遣って、優しく声をかけてくれた。
「ああ、俺はただ見てただけだからね」
「まったくだぜ!
リュービ、お前、今のままじゃ役立たずなんだぜ!」
対して、お団子ヘアーの美少女・チョーヒは少し不満気な様子で、俺に突っかかる。
確かに、俺は全く役に立っていないので、彼女に対して何も言い返すことができない……
言い返せない俺を庇うように、カンウが間に入ってくれた。
「まあまあ、チョーヒ。
リュービさんだって役に立っていますよ。
例えば……ほら……今も私たちの荷物見ててもらっていますし」
うーん、彼女なりのフォローなのだろうけど、俺の役目は鞄持ちか……
「まあ、オレとカンウがいりゃ無敵だしな。
リュービは荷物でも見ててくれだぜ」
チョーヒは少し小馬鹿にしたような態度でそのまま俺に鞄を持たせる。
「うーん、充実した学園生活を目指したはずが、鞄持ちか……これでいいのだろうか?」
俺が自分の処遇に頭を悩ませながらも、そろそろ帰ろうとした矢先に、一人、俺たちの前に立ちふさがる人物が現れた。
「待ちな!
あんたたちの実力はしっかり見せてもらったよ!」
かすれた気味の声でそう言いながら、公園の奥の茂みより、一人の女性が現れた。
現れたのは、ロングの金髪に、ピンクの特攻服に同色のズボン、胸にサラシを巻くというコテコテの不良スタイルの女性であった。
顔だけ見れば、割と可愛らしい容姿なのだが、さすがにこの格好では、怖いという感想が先に出る。
「あんたたちがカンウ、チョーヒと……誰だ?」
「俺はリュービだ!」
俺はすぐに名乗ったが、若干の虚しさが残る。
うう、俺だけ覚えれていないのか。いや、荷物持ちなら仕方ないか。
「まあ、戦力外みたいだからどうでもいいね。
アタイは黄巾党のボスの一人、チョウ三姉弟の真ん中、黄張宝子。
人呼んでチョウホウ!」
その特攻服の女は自らを黄巾党のボスと名乗った。確かに彼女の右腕には、黄巾党の男たちが頭に巻いていた黄色い布と同じものが巻かれていた。その黄色い布こそ黄巾党の証。
「君が黄巾党のボスなのか?」
「ああ、黄巾党はアタイと姉と弟の三人で取り仕切っている!
黄巾党のチョウ三姉弟とはアタイらのことさ!」
俺の問いかけに、特攻服の女・チョウホウは胸を張り、堂々と答えた。
皆さんご存知の、といった風に語られても、そもそも黄巾党自体最近知ったものなので、もちろん、チョウ三姉弟なんて初耳だ。
「そもそも黄巾党とは何なのですか?
何が目的なのですか?」
今度は黒髪の美少女・カンウが問いかける。
その問いに、特攻服の女・チョウホウは得意満面な様子で答える。
「黄巾党の目的はこの学園の支配さ!
そして、ゆくゆくは姉さんを生徒会長にする!」
「生徒会長だって?
黄巾党ってのはそんなデカい組織なのか?」
俺はつい彼女に訊ねた。
後漢学園の生徒会長といえば、一万人の生徒の頂点に立ち、教師さえ従える絶対の権力者。
だが、それだけに生徒会長になろうと思えば百や二百程度の支持では到底なれないはずだ。本当に生徒会長にする気なら黄巾党は相当な巨大組織ということになる。
「そうさ、黄巾党は党員数、数千人の巨大組織なのさ。
そんな巨大組織に喧嘩売ったことを後悔させてやるよ!
カンウ・チョーヒ、そしておまけの男!あんたたちはここで倒させてもらうよ!」
「リュービだ!」
おまけ扱いは心外だ。
しかし、黄巾党の党員数は数千人か。にわかには信じがたいが、本当ならとんでもない巨大組織だ。さすがにハッタリだと思うが、この学園で生徒会長を目指すなら、そのぐらいの支持者は必要だ。
何にせよ、こんな組織に生徒会を仕切られちゃたまらない。このまま放置すれば、平和な学園生活は到底訪れないだろう。
その気持ちはカンウ・チョーヒも共有していたようで、二人とも敵の前に進み出る。
「どうやら、学園の平和のためにも、あなたはここで倒さなければならない相手のようですね」
「たった一人でオレたちの前に出てくるなんて命知らずなヤツだぜ!」
二人とも臨戦態勢で、特攻服の女・チョウホウに対峙する。まったく、この二人の頼もしさといったらないが、しかし、相手は数千人いると豪語する黄巾党のボス、もう少し警戒はしたほうがいいのではないか。
「待ってくれ、二人とも!
相手は黄巾党のボスだ! 敵に何か罠があるかもしれない!」
「へへ、敵に罠があったらそれごとぶっ潰すまでだぜ!
例え百人、千人出てきたってオレたちには関係ないんだぜ!」
俺の言葉に、チョーヒは全く耳を貸す様子を見せない。
まあ、確かにこの二人なら、百人、千人相手でも勝つかもしれない。
取り越し苦労……なのかもしれないな。
「チョウホウ、覚悟しな!」
お団子ヘアーの小柄な美少女・チョーヒは、自信満々に、敵のチョウホウ目掛けて進み出る。
その勇姿に、俺はすっかり安心しきって、その背中を見送っていた。
しかし、相手のチョウホウは余裕の笑みを浮かべていた。
「フッ、勇ましいね。
アタイの妖術を見せてやるよ!」
そう言うとチョウホウは、何やら御大層にゆっくりと右手を天に掲げた。
「何が妖術だぜ!」
そんなチョウホウの姿を、チョーヒは笑い飛ばして、突き進む。
だが、その時、一陣の風がこちらに向けて吹き抜けた。そして、それに連動するように、チョーヒのスカートがフワリと上がり、その下より水と白二色の縞模様の布地がチラリと目に入ってきた。
「ひゃあっ!」
先程までの勇ましさが一転、可愛い悲鳴とともに顔を真っ赤にしたチョーヒは、自身のスカートを押えた。
「リュービ……
今、見たのか?」
チョーヒはかすかに目をにじませて、真っ赤にした顔をこちらに向けて、俺に訊ねてきた。
「え……い、いや、突然の風に思わず目を瞑っちゃってさ、何も見えなかったなぁ……」
「うう…本当だろうな…」
すまん、チョーヒ。ばっちり見てしまった。しかし、そんな顔をされては、とても本当のことを言うことは出来ない。
「ハッハッハ、強いと評判のチョーヒも所詮は女の子。
羞恥心には勝てないようね!
アタイの妖術は風を自在に操る。アタイのようにズボンじゃなかったのが運の尽きさ!」
スカートを押さえるチョーヒを見ながら、特攻服の女・チョウホウは勝ち誇ったように高らかに笑ながらそう言った。
「テメー、その程度の風でオレに勝ったつもりかだぜ!」
チョーヒは赤面しながらも、相手を睨みつける。
「ふふ、風だけじゃ勝てないかもしれないね。
でもね、アタイはさっきのあんたのパンチラ写真をバッチリ撮ってるのさ」
彼女は手に持つスマホを掲げ、勝利を確信したかのような満面の笑みをこちらに向けてくる。
「テメー、消すんだぜ!」
「嫌だね!
さあ、これを公表されたくなければ降伏しろ!」
「あなた、卑怯ですよ!」
この様子に、黒髪の美少女・カンウが激昂する。しかし、その手はしっかりとスカートが押さえられていた。
「卑怯で結構。カンウ、あんたもかかってくるかい?
さすがのあんたも両手でスカート押えたままじゃアタイは倒せないよ。
それとも両手を離して立ち向かってくるかい? あんたのパンチラ写真なら高値がつきそうだ」
得意満面なチョウホウに俺は思わず同意しそうになる。確かにカンウの写真は俺も見たい……
「リュービさん、何を考えているのですか!」
カンウに怒られて、俺は思わず我に返る。
「え、いや、何でも……」
「リュービさん、見てないで、あの方のスマホを取り上げてください!」
「え、俺?」
「そうだぜ、リュービ!
お前は風関係ないだろ!
一度くらいは戦闘でも役に立て!」
俺は二人に催促され、特攻服の女・チョウホウの前に突き出される。確かに風は関係ないけれど、戦力は関係あるんだよなぁ。
「おまけじゃないか!
お前ごときなら、普通に喧嘩で勝てるね!」
「うるさい! おまけじゃないことを見せてやる!」
強がっては見たものの、相手の意見はごもっともだ。だが、それでも立ち向かうしかない。俺だって一度くらいは役に立ちたい。
その時、特にチョウホウが手が上げる素振りも見せていないのに、また、一陣の風が俺たちの間を吹き抜けていった。
「あれ、チョウホウは妖術も使ってないのに何故……
そうか、ここはビルの隙間を縫って流れる風のちょうど通り道になっているんだ。
この場所は妖術関係なく、定期的に風が通る場所なんだ!」
「御名答!
でも、トリックがわかったから何だって言うんだい!
ここにいる限りアタイは風の盾に守られている!
そして、風の盾が通用しなくても、アタイはあんたより強い!」
確かにトリックがわかったところで、この場にいる限りはカンウ・チョーヒでは手出しができない。俺がなんとかするしかない。
「そんなことやってみなくちゃ分からないだろ!」
俺は果敢にチョウホウに向かっていったが、所詮は素人、あっさりかわされて、俺はその場に倒れ込んだ。
「あんた、本当に喧嘩慣れしてないね。それでも立ち向かってきた勇気だけは評価してやるよ」
俺は自分が情けない。しかし、ここで諦めるわけにはいかない。今、敵は勝ちを確信し、油断している。この瞬間をつけばあるいは…
「うおおおぉぉぉ!」
俺は声を上げながら立ち上がり、その勢いのままチョウホウに掴みかかった。
「ふん、隙でもついたつもりかい!」
チョウホウは片手でスマホを頭上に掲げ、もう一方の片手で俺に掴みかかってきた。
対して俺は……情けないことだが、立ち上がると同時に足がもつれ、攻撃を喰らう前に倒れ込んだ。
倒れ込む俺は咄嗟に目の前の物を掴んだ。
ふにょん!
俺の手に柔らかなものが握られる。
「テ、テメー、どこ触ってやがる!」
顔を真っ赤にして睨みつけてくるチョウホウ。
その顔の下、サラシで巻かれた彼女の胸の上に、俺の手は乗っていた。
サラシで巻かれて多少固くなってはいるが、その柔らかさと形はしっかりと手に感じ取ることができた。
「これは……ご、ごめん!」
俺はすぐに手をどけたが、もちろん、彼女の怒りは収まるはずがない。
「乙女の胸触ってごめんで済むかー!」
真っ赤な顔したチョウホウは、怒り心頭で俺に殴りかかってくる。俺は必死で逃げたが、数メートルも離れたところで、倒されてた。
倒れた俺に馬乗りになるチョウホウは顔を真っ赤にして拳を上げる。
「テメー、責任取りやがれ!」
「ご、ごめんなさい!」
俺がボコボコに殴られそうになるまさにその時、チョウホウの背後に二つの影が現れた。
「確かに今のはリュービさんが悪いですが、誰かお忘れではありませんか」
「あの場所から動けば、風は吹かねーんだぜ!」
チョウホウがあの場を離れた時点でもう風の盾は使えない。
そして、風の盾がなくなれば、カンウ・チョーヒを封じる手段はもうない。
「ま、待て、話し合おう!」
チョウホウは顔面蒼白で、後の二人に懇願したが、もちろん、その提案は断られた……
「本当に最悪の敵でした」
「全く卑怯な奴だったぜ!」
黒髪の美少女・カンウはチョウホウを縛り上げ、お団子ヘアーの美少女・チョーヒはスマホから画像を削除しながら、なおも二人はご立腹な様子であった。
俺は二人の顔色を伺いつつ、声をかけた。
「ま、まあ、結果的に黄巾党のボスも倒せたし、良かったんじゃない?」
「そうですね。今回はリュービさんのお手柄でした」
カンウは満面の笑顔を俺に向け、優しくそう言ってくれた。
「いやぁ、カッコ悪い活躍だったけどね」
「まあ、それでも、その……なんだぜ……」
いつも快活なチョーヒが、言葉を濁らせながら、チラチラとこちらを見てくる。まだ、スカートの一件があるのか、顔がほのかに赤い。
「どうした、チョーヒ?」
「ああ……もう……だぜ!
リュービ!」
「は、はい!」
チョーヒは顔を真っ赤にしながら、俺の名前を呼びつける。俺は驚いて、少し素っ頓狂な声で返事をした。
「その……さっきは役立たずって言って悪かったんだぜ……
今回はお前のおかげで勝てたんだぜ……
だから、その……ありがとう……だぜ!」
言い終わったチョーヒは顔を真っ赤にして、そっぽを向く。
「チョーヒにも褒めてもらえるとは思わなかったよ。こちらこそありがとう」
耳まで真っ赤にしながらもお礼を言ってくれたチョーヒに、俺も照れながら返した。
「それで……本当に見てないんだぜ?」
「え?」
「その……オレのピンクのパンツのことだぜ!」
「え、チョーヒのは水縞じゃ…あ!」
俺が自分の失言に気づいた時には、もう手遅れであった。
「やっぱり見てたんだぜ! リュービ!」
目を光らせ、拳を振り上げるチョーヒを俺は必死になだめた。
「ま、待って、チョーヒに殴られたら俺死んじゃう!」
「うっさい、死ねだぜ!」
「そこのお前たち!」
俺が殴り殺される直前、とある声が間を遮り、チョーヒの凶状を止めることができた。
決して大きな声ではないが、その強く鋭い声の発せられた方へと目を向けると、そこには一人の女性が立っていた。
赤みがかった長い黒髪に、それと同じ色の眼に白い肌、鼻筋が通り、男でも格好良いと思わず見惚れる凛々しい容姿、背はそこまで高くはないが、スラリとモデルの様な体型をした女性。
その制服から後漢学園の生徒だと察せられるが、胸元を大きく開け、ヘソを出し、随分、短いスカートを履き、とても目のやり場に困る格好をしていた。
しかし、その目は鋭く光を放ち、不用意に不埒な目を向ければ、眼光一つで射殺してしまいそうなほどの力強さであった。
「お前たちがカンウ・チョーヒ、それにリュービだな。
それに寝っ転がってるのがチョウホウか。ちょうどよい」
どうやらこの突然現れた痴女……いや、赤黒い髪の女性は俺たちのことを知っているらしい。
「私の名は宋操、人呼んでソウソウ。
風紀委員をしている。君たち三人が黄巾党討伐に協力してくれたことは感謝する。
だが、ここから先は我ら風紀委員が行う。もう、黄巾党に関わるのは止めよ」
ソウソウと名乗るその女性は、よく透る声でそう言った。
「関わるなと言われても、元々好きで関わってたわけではないしなぁ」
「私たちはただ自分たちの安全を守りたかっただけです。
風紀委員で対処していただけるなら、特に手を出すを理由はありません」
「邪魔ならぶっ潰す。それだけだぜ!」
俺たち三人の反応に、ソウソウはニヤリと笑う。
「ならばよし!」
彼女は一言そう言うと、続けて、縛られている黄巾党のチョウホウへと向けられた。
「ついでにそのチョウホウをこちらに寄越せ」
「チョウホウをどうするつもりだ」
俺はソウソウに不穏な表情を感じ取り、彼女に訊ねた。
「捕虜とする。最終的には退学にでもしよう」
「それはやり過ぎだよ!」
「ならばお前たちはどうするつもりだ?」
「どうするって……反省しているならこのまま帰せばいいんじゃないかな?」
俺はカンウ・チョーヒの顔を伺ったが、二人とも賛同してくれた。
その意見に、ソウソウは半ば呆れたような顔で答えた。
「甘い奴らだ。だが、今回はお前らが捕まえたのだからここは従おう。
おい、チョウホウ!」
ソウソウは寝転がるチョウホウに呼びかけた。
「帰ってお前の姉に伝えよ。
お前らの弟・チョウリョウこと黄張梁は既に我ら風紀委員の捕虜だ」
「りょ、梁が!」
弟の名を出され、チョウホウは狼狽える声を上げた。
「まもなく、風紀委員による黄巾党の一斉検挙を行う。降伏するなら今のうちだぞ」
ソウソウはひとしきり話すと、俺たちに背を向けて歩みだした。
「では、またいずれ会おう。
リュービ・カンウ・チョーヒ」
そういうと彼女は颯爽と去っていった。
「何者なんだ、あの人は?」
「風紀委員のソウソウ、噂で聞いたことがあります。
まだ一年ながら風紀委員を実質従えて、不正行為をバンバン取り締まっているとか」
カンウの話に、俺は驚きながら返した。
「あれで俺たちと同じ一年生か。
ああいう人が将来、生徒会長とかやるんだろうなぁ」
これが俺とソウソウとの初めての出会いであった。彼女がこの後、俺の学園生活に大きく関わってくることになるとは、この時はまだ微塵も思っていなかった。
俺はこの春からここの新一年生となった流尾玄徳。みんなからは苗字を音読みして、リュービと呼ばれている。
充実した高校生活を送ろうと、意気揚々と入学して早々、不良に絡まれた二人の女子高生に遭遇。喧嘩も弱いのに助けようと、勇気を振り絞って声を上げた俺だったが、結果としてこの二人の女子高生に助けられることとなってしまった。
何しろこの女子高生がやたら強かった。
一人は関羽美。通称、カンウ。
長く美しい黒髪に、整った顔立ち、お嬢様のような雰囲気を漂わせる、スラリとした長身の美人。なお、胸はデカい。
もう一人は張飛翼。通称、チョーヒ。
髪を左右でお団子に結び、可愛らしい容姿で、天真爛漫な雰囲気の、背は低めな小柄な美少女。なお、胸は控えめ。
すれ違えば誰もが振り返るであろう美少女な二人だが、その武技は常軌を逸していた。大柄な男を軽々と投げ飛ばし、拳一つで黙らせる。とんでもなく強い二人であった。
その出会いを経て、今、この学園では黄巾党と呼ばれる不良グループが幅を効かせていることを知った俺は、より良い学園生活を送るため、彼女たちの自警団に参加することを決めた。
しかし、その参加を早速、後悔することとなる。
今の状況を説明しよう。
場所は公園。ビルの谷間に隠れた人通りの少ない、遊具もそれほどない空き地のような公園だ。
時間は放課後。俺たちは呼び出されてこの場に来た。もう春だが、周囲のビルのおかげで日陰が多く、時折、吹き込む風で少し寒い。
そして俺たちをここへ呼び出した相手なのだが、どうも先日(カンウ・チョーヒが)倒した黄巾党の仲間らしい。
今、見るからに不良の風貌の、屈強そうな男子生徒がざっと三十人。俺たちを取り囲むように立っていた。三十人それぞれが、トレードマークの黄色い頭巾をつけていた。
「なに、さっきからブツブツ言ってんだぜ、リュービ?」
お団子ヘアーの美少女・チョーヒが俺の顔を覗き込むようにして訊ねてくる。
チョーヒはまだあまり俺のことを認めてはいないようで、その目はどこか馬鹿にしたような、変な奴を見るような感じであった。
「いや、別になんでもないよ……
てか、大丈夫なの、この状況?
相手は三十人はいるよ!」
怯える俺に対して、黒髪の美少女・カンウは平然と答えた。
「そうですね。
私たちの相手なら百人は欲しいところですね」
「いや、千人はいるんだぜ!」
カンウに合わせて、チョーヒも嬉しそうに答える。
その表情から、全く冗談を言ってるつもりがなさそうなのが恐ろしい。
「オメーら、俺たち黄巾党をナメてると痛い目みるぜ!」
百人、千人なんて言っているから、相手の黄巾党の男たちはしびれを切らし、一人が代表するように怒鳴りつけてきた。
「チョーヒ、あの人たちがこれ以上悪さをしないよう、ここで懲らしめておきましょう」
「ぶっ潰してやるんだぜ!」
カンウ・チョーヒは既に臨戦態勢に入っている。傍からみると、か細い美少女二人が、三十人の大男に取り囲まれるというとんでもなくまずい図式なのだが、不思議と不安はない。
「ナメやがって!
黄巾党を怒らせるとどうなるか見せてやるぜ!」
「せっかくだから、あの別嬪の嬢ちゃんをたっぷり可愛がってやろうぜ!」
男たちはカンウの豊満な胸に視線を向けて、下卑た笑みを浮かべている。
「下品な方たちですね。
リュービさん、私たちの荷物をお願いします。
チョーヒ、すぐに倒しましょう」
「おう!
デカい胸ばかり見る男は叩き潰してやるぜ!」
何やら、チョーヒには別の私情も入ってるようにも思うのだが、何はともあれ、本気になった彼女たちを止める術はない。俺は二人の荷物を受け取り、邪魔にならないよう、少しばかりさがった。
決着は一瞬であった。
別に描写を節約しているわけではない。素人の俺の目には追えない早業で、カンウは大男たちを軽々と投げ飛ばし、チョーヒは次々と殴り飛ばして、あっという間に三十人はいた男たちが、気を失って、地面に転がっていた。
「本当に三十人ぐらい、一瞬で片付けちゃうんだなぁ」
俺はため息混じりにそうもらした。
「大丈夫でしたか、リュービさん?」
黒髪の美少女・カンウは、終始怯えっぱなしの俺を気遣って、優しく声をかけてくれた。
「ああ、俺はただ見てただけだからね」
「まったくだぜ!
リュービ、お前、今のままじゃ役立たずなんだぜ!」
対して、お団子ヘアーの美少女・チョーヒは少し不満気な様子で、俺に突っかかる。
確かに、俺は全く役に立っていないので、彼女に対して何も言い返すことができない……
言い返せない俺を庇うように、カンウが間に入ってくれた。
「まあまあ、チョーヒ。
リュービさんだって役に立っていますよ。
例えば……ほら……今も私たちの荷物見ててもらっていますし」
うーん、彼女なりのフォローなのだろうけど、俺の役目は鞄持ちか……
「まあ、オレとカンウがいりゃ無敵だしな。
リュービは荷物でも見ててくれだぜ」
チョーヒは少し小馬鹿にしたような態度でそのまま俺に鞄を持たせる。
「うーん、充実した学園生活を目指したはずが、鞄持ちか……これでいいのだろうか?」
俺が自分の処遇に頭を悩ませながらも、そろそろ帰ろうとした矢先に、一人、俺たちの前に立ちふさがる人物が現れた。
「待ちな!
あんたたちの実力はしっかり見せてもらったよ!」
かすれた気味の声でそう言いながら、公園の奥の茂みより、一人の女性が現れた。
現れたのは、ロングの金髪に、ピンクの特攻服に同色のズボン、胸にサラシを巻くというコテコテの不良スタイルの女性であった。
顔だけ見れば、割と可愛らしい容姿なのだが、さすがにこの格好では、怖いという感想が先に出る。
「あんたたちがカンウ、チョーヒと……誰だ?」
「俺はリュービだ!」
俺はすぐに名乗ったが、若干の虚しさが残る。
うう、俺だけ覚えれていないのか。いや、荷物持ちなら仕方ないか。
「まあ、戦力外みたいだからどうでもいいね。
アタイは黄巾党のボスの一人、チョウ三姉弟の真ん中、黄張宝子。
人呼んでチョウホウ!」
その特攻服の女は自らを黄巾党のボスと名乗った。確かに彼女の右腕には、黄巾党の男たちが頭に巻いていた黄色い布と同じものが巻かれていた。その黄色い布こそ黄巾党の証。
「君が黄巾党のボスなのか?」
「ああ、黄巾党はアタイと姉と弟の三人で取り仕切っている!
黄巾党のチョウ三姉弟とはアタイらのことさ!」
俺の問いかけに、特攻服の女・チョウホウは胸を張り、堂々と答えた。
皆さんご存知の、といった風に語られても、そもそも黄巾党自体最近知ったものなので、もちろん、チョウ三姉弟なんて初耳だ。
「そもそも黄巾党とは何なのですか?
何が目的なのですか?」
今度は黒髪の美少女・カンウが問いかける。
その問いに、特攻服の女・チョウホウは得意満面な様子で答える。
「黄巾党の目的はこの学園の支配さ!
そして、ゆくゆくは姉さんを生徒会長にする!」
「生徒会長だって?
黄巾党ってのはそんなデカい組織なのか?」
俺はつい彼女に訊ねた。
後漢学園の生徒会長といえば、一万人の生徒の頂点に立ち、教師さえ従える絶対の権力者。
だが、それだけに生徒会長になろうと思えば百や二百程度の支持では到底なれないはずだ。本当に生徒会長にする気なら黄巾党は相当な巨大組織ということになる。
「そうさ、黄巾党は党員数、数千人の巨大組織なのさ。
そんな巨大組織に喧嘩売ったことを後悔させてやるよ!
カンウ・チョーヒ、そしておまけの男!あんたたちはここで倒させてもらうよ!」
「リュービだ!」
おまけ扱いは心外だ。
しかし、黄巾党の党員数は数千人か。にわかには信じがたいが、本当ならとんでもない巨大組織だ。さすがにハッタリだと思うが、この学園で生徒会長を目指すなら、そのぐらいの支持者は必要だ。
何にせよ、こんな組織に生徒会を仕切られちゃたまらない。このまま放置すれば、平和な学園生活は到底訪れないだろう。
その気持ちはカンウ・チョーヒも共有していたようで、二人とも敵の前に進み出る。
「どうやら、学園の平和のためにも、あなたはここで倒さなければならない相手のようですね」
「たった一人でオレたちの前に出てくるなんて命知らずなヤツだぜ!」
二人とも臨戦態勢で、特攻服の女・チョウホウに対峙する。まったく、この二人の頼もしさといったらないが、しかし、相手は数千人いると豪語する黄巾党のボス、もう少し警戒はしたほうがいいのではないか。
「待ってくれ、二人とも!
相手は黄巾党のボスだ! 敵に何か罠があるかもしれない!」
「へへ、敵に罠があったらそれごとぶっ潰すまでだぜ!
例え百人、千人出てきたってオレたちには関係ないんだぜ!」
俺の言葉に、チョーヒは全く耳を貸す様子を見せない。
まあ、確かにこの二人なら、百人、千人相手でも勝つかもしれない。
取り越し苦労……なのかもしれないな。
「チョウホウ、覚悟しな!」
お団子ヘアーの小柄な美少女・チョーヒは、自信満々に、敵のチョウホウ目掛けて進み出る。
その勇姿に、俺はすっかり安心しきって、その背中を見送っていた。
しかし、相手のチョウホウは余裕の笑みを浮かべていた。
「フッ、勇ましいね。
アタイの妖術を見せてやるよ!」
そう言うとチョウホウは、何やら御大層にゆっくりと右手を天に掲げた。
「何が妖術だぜ!」
そんなチョウホウの姿を、チョーヒは笑い飛ばして、突き進む。
だが、その時、一陣の風がこちらに向けて吹き抜けた。そして、それに連動するように、チョーヒのスカートがフワリと上がり、その下より水と白二色の縞模様の布地がチラリと目に入ってきた。
「ひゃあっ!」
先程までの勇ましさが一転、可愛い悲鳴とともに顔を真っ赤にしたチョーヒは、自身のスカートを押えた。
「リュービ……
今、見たのか?」
チョーヒはかすかに目をにじませて、真っ赤にした顔をこちらに向けて、俺に訊ねてきた。
「え……い、いや、突然の風に思わず目を瞑っちゃってさ、何も見えなかったなぁ……」
「うう…本当だろうな…」
すまん、チョーヒ。ばっちり見てしまった。しかし、そんな顔をされては、とても本当のことを言うことは出来ない。
「ハッハッハ、強いと評判のチョーヒも所詮は女の子。
羞恥心には勝てないようね!
アタイの妖術は風を自在に操る。アタイのようにズボンじゃなかったのが運の尽きさ!」
スカートを押さえるチョーヒを見ながら、特攻服の女・チョウホウは勝ち誇ったように高らかに笑ながらそう言った。
「テメー、その程度の風でオレに勝ったつもりかだぜ!」
チョーヒは赤面しながらも、相手を睨みつける。
「ふふ、風だけじゃ勝てないかもしれないね。
でもね、アタイはさっきのあんたのパンチラ写真をバッチリ撮ってるのさ」
彼女は手に持つスマホを掲げ、勝利を確信したかのような満面の笑みをこちらに向けてくる。
「テメー、消すんだぜ!」
「嫌だね!
さあ、これを公表されたくなければ降伏しろ!」
「あなた、卑怯ですよ!」
この様子に、黒髪の美少女・カンウが激昂する。しかし、その手はしっかりとスカートが押さえられていた。
「卑怯で結構。カンウ、あんたもかかってくるかい?
さすがのあんたも両手でスカート押えたままじゃアタイは倒せないよ。
それとも両手を離して立ち向かってくるかい? あんたのパンチラ写真なら高値がつきそうだ」
得意満面なチョウホウに俺は思わず同意しそうになる。確かにカンウの写真は俺も見たい……
「リュービさん、何を考えているのですか!」
カンウに怒られて、俺は思わず我に返る。
「え、いや、何でも……」
「リュービさん、見てないで、あの方のスマホを取り上げてください!」
「え、俺?」
「そうだぜ、リュービ!
お前は風関係ないだろ!
一度くらいは戦闘でも役に立て!」
俺は二人に催促され、特攻服の女・チョウホウの前に突き出される。確かに風は関係ないけれど、戦力は関係あるんだよなぁ。
「おまけじゃないか!
お前ごときなら、普通に喧嘩で勝てるね!」
「うるさい! おまけじゃないことを見せてやる!」
強がっては見たものの、相手の意見はごもっともだ。だが、それでも立ち向かうしかない。俺だって一度くらいは役に立ちたい。
その時、特にチョウホウが手が上げる素振りも見せていないのに、また、一陣の風が俺たちの間を吹き抜けていった。
「あれ、チョウホウは妖術も使ってないのに何故……
そうか、ここはビルの隙間を縫って流れる風のちょうど通り道になっているんだ。
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「御名答!
でも、トリックがわかったから何だって言うんだい!
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俺は果敢にチョウホウに向かっていったが、所詮は素人、あっさりかわされて、俺はその場に倒れ込んだ。
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俺は声を上げながら立ち上がり、その勢いのままチョウホウに掴みかかった。
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チョウホウは片手でスマホを頭上に掲げ、もう一方の片手で俺に掴みかかってきた。
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倒れ込む俺は咄嗟に目の前の物を掴んだ。
ふにょん!
俺の手に柔らかなものが握られる。
「テ、テメー、どこ触ってやがる!」
顔を真っ赤にして睨みつけてくるチョウホウ。
その顔の下、サラシで巻かれた彼女の胸の上に、俺の手は乗っていた。
サラシで巻かれて多少固くなってはいるが、その柔らかさと形はしっかりと手に感じ取ることができた。
「これは……ご、ごめん!」
俺はすぐに手をどけたが、もちろん、彼女の怒りは収まるはずがない。
「乙女の胸触ってごめんで済むかー!」
真っ赤な顔したチョウホウは、怒り心頭で俺に殴りかかってくる。俺は必死で逃げたが、数メートルも離れたところで、倒されてた。
倒れた俺に馬乗りになるチョウホウは顔を真っ赤にして拳を上げる。
「テメー、責任取りやがれ!」
「ご、ごめんなさい!」
俺がボコボコに殴られそうになるまさにその時、チョウホウの背後に二つの影が現れた。
「確かに今のはリュービさんが悪いですが、誰かお忘れではありませんか」
「あの場所から動けば、風は吹かねーんだぜ!」
チョウホウがあの場を離れた時点でもう風の盾は使えない。
そして、風の盾がなくなれば、カンウ・チョーヒを封じる手段はもうない。
「ま、待て、話し合おう!」
チョウホウは顔面蒼白で、後の二人に懇願したが、もちろん、その提案は断られた……
「本当に最悪の敵でした」
「全く卑怯な奴だったぜ!」
黒髪の美少女・カンウはチョウホウを縛り上げ、お団子ヘアーの美少女・チョーヒはスマホから画像を削除しながら、なおも二人はご立腹な様子であった。
俺は二人の顔色を伺いつつ、声をかけた。
「ま、まあ、結果的に黄巾党のボスも倒せたし、良かったんじゃない?」
「そうですね。今回はリュービさんのお手柄でした」
カンウは満面の笑顔を俺に向け、優しくそう言ってくれた。
「いやぁ、カッコ悪い活躍だったけどね」
「まあ、それでも、その……なんだぜ……」
いつも快活なチョーヒが、言葉を濁らせながら、チラチラとこちらを見てくる。まだ、スカートの一件があるのか、顔がほのかに赤い。
「どうした、チョーヒ?」
「ああ……もう……だぜ!
リュービ!」
「は、はい!」
チョーヒは顔を真っ赤にしながら、俺の名前を呼びつける。俺は驚いて、少し素っ頓狂な声で返事をした。
「その……さっきは役立たずって言って悪かったんだぜ……
今回はお前のおかげで勝てたんだぜ……
だから、その……ありがとう……だぜ!」
言い終わったチョーヒは顔を真っ赤にして、そっぽを向く。
「チョーヒにも褒めてもらえるとは思わなかったよ。こちらこそありがとう」
耳まで真っ赤にしながらもお礼を言ってくれたチョーヒに、俺も照れながら返した。
「それで……本当に見てないんだぜ?」
「え?」
「その……オレのピンクのパンツのことだぜ!」
「え、チョーヒのは水縞じゃ…あ!」
俺が自分の失言に気づいた時には、もう手遅れであった。
「やっぱり見てたんだぜ! リュービ!」
目を光らせ、拳を振り上げるチョーヒを俺は必死になだめた。
「ま、待って、チョーヒに殴られたら俺死んじゃう!」
「うっさい、死ねだぜ!」
「そこのお前たち!」
俺が殴り殺される直前、とある声が間を遮り、チョーヒの凶状を止めることができた。
決して大きな声ではないが、その強く鋭い声の発せられた方へと目を向けると、そこには一人の女性が立っていた。
赤みがかった長い黒髪に、それと同じ色の眼に白い肌、鼻筋が通り、男でも格好良いと思わず見惚れる凛々しい容姿、背はそこまで高くはないが、スラリとモデルの様な体型をした女性。
その制服から後漢学園の生徒だと察せられるが、胸元を大きく開け、ヘソを出し、随分、短いスカートを履き、とても目のやり場に困る格好をしていた。
しかし、その目は鋭く光を放ち、不用意に不埒な目を向ければ、眼光一つで射殺してしまいそうなほどの力強さであった。
「お前たちがカンウ・チョーヒ、それにリュービだな。
それに寝っ転がってるのがチョウホウか。ちょうどよい」
どうやらこの突然現れた痴女……いや、赤黒い髪の女性は俺たちのことを知っているらしい。
「私の名は宋操、人呼んでソウソウ。
風紀委員をしている。君たち三人が黄巾党討伐に協力してくれたことは感謝する。
だが、ここから先は我ら風紀委員が行う。もう、黄巾党に関わるのは止めよ」
ソウソウと名乗るその女性は、よく透る声でそう言った。
「関わるなと言われても、元々好きで関わってたわけではないしなぁ」
「私たちはただ自分たちの安全を守りたかっただけです。
風紀委員で対処していただけるなら、特に手を出すを理由はありません」
「邪魔ならぶっ潰す。それだけだぜ!」
俺たち三人の反応に、ソウソウはニヤリと笑う。
「ならばよし!」
彼女は一言そう言うと、続けて、縛られている黄巾党のチョウホウへと向けられた。
「ついでにそのチョウホウをこちらに寄越せ」
「チョウホウをどうするつもりだ」
俺はソウソウに不穏な表情を感じ取り、彼女に訊ねた。
「捕虜とする。最終的には退学にでもしよう」
「それはやり過ぎだよ!」
「ならばお前たちはどうするつもりだ?」
「どうするって……反省しているならこのまま帰せばいいんじゃないかな?」
俺はカンウ・チョーヒの顔を伺ったが、二人とも賛同してくれた。
その意見に、ソウソウは半ば呆れたような顔で答えた。
「甘い奴らだ。だが、今回はお前らが捕まえたのだからここは従おう。
おい、チョウホウ!」
ソウソウは寝転がるチョウホウに呼びかけた。
「帰ってお前の姉に伝えよ。
お前らの弟・チョウリョウこと黄張梁は既に我ら風紀委員の捕虜だ」
「りょ、梁が!」
弟の名を出され、チョウホウは狼狽える声を上げた。
「まもなく、風紀委員による黄巾党の一斉検挙を行う。降伏するなら今のうちだぞ」
ソウソウはひとしきり話すと、俺たちに背を向けて歩みだした。
「では、またいずれ会おう。
リュービ・カンウ・チョーヒ」
そういうと彼女は颯爽と去っていった。
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「風紀委員のソウソウ、噂で聞いたことがあります。
まだ一年ながら風紀委員を実質従えて、不正行為をバンバン取り締まっているとか」
カンウの話に、俺は驚きながら返した。
「あれで俺たちと同じ一年生か。
ああいう人が将来、生徒会長とかやるんだろうなぁ」
これが俺とソウソウとの初めての出会いであった。彼女がこの後、俺の学園生活に大きく関わってくることになるとは、この時はまだ微塵も思っていなかった。
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