FIGHT AGAINST FATE !

薄荷雨

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Ride or Die

13・烏と白鳥

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「ちょいと出てくる」
 翔吾は台所に居た義母に一声かけ、烏丸の家を出た。
 蛇目傘で雨を凌ぎながら白鳥善羽介との待ち合わせ場所、〔えん〕を目指す。
 曲がりくねった裏道を迷わず進んで行けば、かつて姉と母と、祖母と暮らした団地に行き着く。妖怪団地などと呼ばれる汚れて荒れた建物が三棟、不夜城の逆光を背にして塗壁ぬりかべのように建っていた。都市計画で取り壊しが決まった今でも数部屋、明かりのついている部屋もある。歴とした住人のものか、はたまた不法に居着いている侵入者か。
 俺たち家族の部屋はあのあたりだ、と翔吾は足を止めて手前の一棟を見上げる。

 烏丸翔子、翔吾の双子の姉弟きょうだいは旧姓を「長鳴ながなき」という。
 彼らの母親は烏丸一家の頭領、郁次郎の愛人であった。といってもたった数ヶ月の間だったが。なにしろ郁次郎は、子供が誕生する前に女を捨てたのだから。
 あの腐れ外道は娘に手切金も養育費もよこさなかったんだ、と祖母が酒を飲みながらグダを巻いていたのを翔吾はよく覚えている。ただ祖母は酔って郁次郎を罵りながらも、娘はとんでもないヘマをした、と母のこともまた責めるような口振りになることがあり、その後は決まって、
『あんたたちはしか聞こえるって喋るんじゃないよ、他の人には分からないんだからね!』
 ときつく叱るように念を押して、二人に言い含めるのだった。
 とは、通常の人間の聴力で捉えられる範囲の音という意味だ。長鳴の血筋は、聞こえないはずの音や声を聞く力があるのだと祖母は言う。
 聞こえないものが聞こえるなんてバレたら精神病院に連れて行かれて、
『薬で頭をおかしくされるんだ』
 などと嘘か本当か分からないことを語った。躾のつもりだったのかもしれないが、幼い頃の翔子と翔吾はこの話を信じて怯えたものだった。
『あんたらのお母さんはねえ、烏丸の屋敷でアレの音を聞いちまったんだ。それを喋ったから……』
 捨てられたんだ、と祖母は口惜しげに涙した。
 翔子も翔吾も、母親との思い出はあまりない。母は二人が朝起きて学校へ行く時間も寝て居るし、下校してくるともうすでに水商売に行っていることが多かった。また男性遍歴が派手でもあり、何日も帰らないことは珍しくない。
 ある日を堺に、母は戻って来こなくなった。
 祖母は酒量が増え、働いていた食品加工のアルバイトを辞めさせられた。仕方なく繰り上げで年金を受給するようになると、ほぼ引きこもり状態になってしまう。
 食料や日用品の買い出しなどは、もともと双子がやっていたので生活費さえあれば暮らしていけた。だが飲酒と老齢と籠もりきりの生活が続いた祖母に、急激に痴呆の症状が出始める。
 自分たち姉弟でなんとかしようと踠いたところで、所詮は子供。祖母が年金をもらうのに請求書の提出が必要なことを知らなかったし、ましてや生活の援助や保護をどこにどう申請すればいいのかすら分からなかった。市役所に行ったこともなければ、民生委員や児童委員の存在すらも知らなかったのだ。
 ベーシックインカムの支給だけでは足りない。あっという間に生活は困窮した。
 ついに姉の翔子は売春で金を稼ごうと決心したのだが、立ちんぼやパパ活に手を出したのではない。風俗営業許可のある店で従業員として働き、給金を得るつもりだったのだ。そうしなければ自分のやろうとしていることの、
『筋が通らねえ』
 と思ったという。
 驚いたのはいきなり、雇ってくれ、と押しかけられた特殊浴場の店長だ。十八歳未満を雇うわけにはいかない。鳥居地区で未成年にサービスなどさせようものなら、たちまちにしてこの街に居られなくなる。警察に捕まったり営業停止になるならまだいい方で、同業者や烏丸一家から制裁を食らい文字通り消される恐れもあるのだ。
 こういう場合に店からどこへ相談がいくかというと、〔紅薔薇クローズ〕に話が通る。
 彼女たちはただのバイクチームではない。家族が暴力をふるう、身売りや薬の使用を強要されている、別れた元配偶者が子供の養育費を支払わない、などなどそうした困り事を解決に導く手助けをしていた。当初は婦人の互助会のようなものでつどいに名前などなかったが、昭和中期に組織内の若い単車乗りが揃いのライダースーツに身を包み〔紅薔薇〕と旗を掲げて以降、すっかりその様がお馴染みとなって現代に至る。
 知らせを受けた総長は翔子から身の上を聞き取り、すぐさまこれを烏丸一家の若頭、烏丸郁栄いくえいに伝えた。
 年端もいかぬ双子が頼れる大人もなく、痴呆の老人の世話をしながら貧しい生活をしているのだぞ、と。しかも翔子と翔吾は烏丸郁次郎の娘と息子、つまり郁栄とは、
『お前さまの、腹違いの妹弟きょうだいよ』
 というわけだ。
 郁栄は早急に対処に動いた。烏丸の頭領ともあろうものが、手をつけた女に二人も子を産ませておいて養育費も与えず放置していた、というのは一家の信用と信頼に関わることである。また、かねてより評判の良くない郁次郎にこれ以上の悪評がたてば鳥居地区の結束に綻びが生じ、外敵につけ入る隙を与えてしまう。
 そうでなくても郁栄は普段から父親の性根や身持ちの悪さに辟易し、害を被った人々に心を痛めていたのだ。父親の罪を償うかのように、翔子と翔吾に手を差し伸べたのは当然だった。長鳴の祖母もまた、彼の力添えによって老人介護施設に入ることが決まったのだが、入居する前に急性アルコール中毒でこの世を去ってしまった。
 ついに身寄りのなくなった双子は、郁栄の働きかけによって烏丸家に引き取られることになる。
 
 あれからもう十五年か、早ええもんだ。

 翔吾は首に掛けている鍵の先端を指先で確かめた。今はもう帰ることのない、長鳴の家族で暮らしていた部屋の鍵だ。冷たくて鋭い、指紋を削るような金属の感触は相変わらずだ。
 あの団地の部屋に未練はないし、取り壊されるんならいっそ清々するのだが──無くなる前に一度くらいは、昔の棲家を見ておきたいと思った。


 その間口の狭い立ち飲み屋は、親不孝通りのそのまた奥の細道で商いをしていた。
 丸い黒提灯に〔燕〕と白文字が抜かれ、上輪だけが赤く塗られている。色褪せたくろい暖簾の向こう、カウンターに置かれた小さなラジオからはいつも平成初期に流行った曲が流れていた。客人はおらず、パンチパーマみたいな短髪と豹柄のエプロンをキメた女将が手酌で酒を呑んでいる。
 翔吾がカウンター越しに、
「おう、ご苦労さん」
 と嘴のようなマネークリップごと心付けを手渡せば、女将は気を善くして裏口へと通してくれる。
 建て付けの悪い引き戸を開けると、左手に赤の異界へと続く通路が延びていた。朱塗りの鳥居の奥、ところどころ点滅している電飾の赤提灯が細長く行手を照らし、稲荷の社まで導く。
 道幅は狭いうえに空の酒箱や中身の知れない匣が積まれているものだから、傘をさせば人一人が通るのがやっとだ。足下は地面の上に石畳が敷かれているが、水捌けが良くないので水溜りに没しているところもある。
 一歩また一歩と進んでいくごとに黄泉の国へ埋没していくような、退廃的な心地はなかなか悪くない。
 突き当たりは四角くひらけており存外広い領域となっていて、稲荷神社は正面にある。
 宝珠を咥えた狛狐の横、骨の多い蝙蝠傘をさして佇んでいるのが白鳥善羽介だ。
 高身長で体格のいい、いかにもαらしい男だ。黒縁眼鏡をかけた真面目そうな人相で、歳の頃は三十代前半といったところか。仕立ての良いスーツとよく磨かれた革靴からは育ちの良さが見てとれる。ただしそれも今は、雨と泥で汚れてしまっているが。
 翔吾はまず社に賽銭を供え、鈴を鳴らして手を合わせた。
 人よりもまず神を優先する姿勢を示すと同時に、相手を後回しにすることでこちらの方が上だ、と暗喩するための行動であった。
「来てくれてありがとう」
 と礼を述べる白鳥に対して、待たせて悪かったな、なんて翔吾は詫びたりしない。
 よほど余人に聞かれてはまずい情報を手に入れたのか、白鳥は左右に視軸を向けて人気のないことを確認する。蝙蝠と蛇目が半分重なる程度にまで翔吾に接近し、
「天眼様を知っていますか」
 と囁くように訊いた。
 翔吾はたった一度だけその名を聞いたことがあった。誰からといえば、兄の郁栄からである。
 郁栄は双子が烏丸家に引き取られて一年と経たないうちに、白鳥琴羽ことはという女性と駆け落ちして鳥居地区から姿を消したのだ。
 だが三年前に突如、行方知れずになっていた兄が娘だけを連れて戻ってきた。とても切羽詰まった様子で烏丸家の武器庫を漁り、拳銃や刃物を持ち出して車に詰め込んで、
『これから翼紗になにがあっても、テンゲンサマから守ってあげてくれ』
 どうか頼む、と翼紗つばさを翔吾に託して何処かへ行ってしまった。テンゲンサマというのがすなわち──
「天の眼と書いて、天眼様です」
「聞いたことがある、兄貴からな」
「郁栄さんが?」
「ああ、三年くらい前に兄貴は翼紗と一緒にウチに戻ってきた、そんときにな。琴羽さんはいなかったが、ありゃあ多分……」
「そ、それだ、同じなんだ今回も!」
 白鳥は興奮気味に捲し立てる。
「九州へ逃げた姉さんは拉致されたんだ、天眼様に献上されるために。郁栄さんは姉さんを取り戻そうとして、御磨花市に戻ってきた」
 しかし救出は失敗に終わったのだろう。郁栄も琴羽も娘を迎えに来ず、行方不明のままなのだから。
「琴羽さんを拐かしたのァ、お前んとこの本家の連中か」
「いや違う、父が配下に命じてやらせた。姉さんは、母さんにだけは居場所を教えていたから……」
「拷問でもして聞き出したかよ」
 αの彼から聞こえてくる音が、楽器をプレス機で潰していくような悲鳴にも似た響きに変わる。当たらずとも遠からずといったところか。それほどの犠牲を出さなければならないほどの価値が、琴羽にはあったのだ。
「天眼って野郎が琴羽さんを欲しいと、あんたんとこの親父殿に取引を持ちかけたのか」
 ゆるゆると首を振った白鳥の前髪が一房、額にかかってやつれた様相を際立たせる。
「本来は姉さんが指名されたんじゃない」
「なら、あんたか」
「ああ、そう……そうだったんです。でも父はあのとき、うちが分家とはいえ、後継ぎを渡したくなかった。だから母に口を割らせて姉さんを拐い、本家に引き渡したんです」
「天の野郎が元凶なのは分かったよ。だがなぜ番持つがいもちになれば翼紗は助かる。俺が聞きてえのァそこんとこだ、前から聞いてんだろが」
 それこそはじめに出会ったときから、同じ質問をしている。
「確信が持てなくて、今までお伝えできなかったんです」
 今夜こうして呼び出したということは、確信を持てるだけの情報を掴んだということだ。
「昨晩、本家の人間がまた父に会いにきました。正妻以外の女性に子供を産ませたことはないか、白鳥の血を受け継ぐαで番経験の無い者はいないか、そうしたことを詰問していた。三年前に姉さんの方を差し出したことを、叱責している様子もありました。僕はそれを、盗聴で知った」
 品行方正、清く正しく美しくを絵に描いたような男が盗聴行為をしたという。これには翔吾も、なかなかやるじゃねえか、と褒めてやりたいところであった。
 以前、本家が来たときは盗聴をしなかったため、父と本家の会話の内容が分からなかったのだそうだ。ただその直後から翼紗の身辺調査が始まったため、これは姉の時と同じだと勘付き、
「あの子の身を守ってくれそうな君に交渉を」
 というわけだった。
 ただしすぐに接触が可能だったわけではない。なにしろこの鳥居地区の内においては、白鳥家は憎悪と攻撃の対象と言っても大袈裟ではないのだ。堂々と烏丸一家の若頭に会いに行くなど危険極まりない。白鳥善羽介は烏丸翔吾と繋ぎをつけられる場所、〔燕〕を突き止めるのに一ヶ月近くかかってしまった。
「今回訪れた本家の人間は、天眼様の次の発情期には儀式が始まると言っていた」
「発情?天眼って奴ァΩなのか」
 ゆえにαの琴羽が、翼紗が、白鳥善羽介が餌食としての価値を持つ。
「三年前、父がいきなり僕にΩをあてがって番を持たせた理由が腑に落ちました。天眼様が発情期に振り撒くフェロモンに耐性をつけさせ、貢物としての価値を無くすためだった。その上で、姉さんを拉致したんだ」
「儀式ってのァ、白鳥と天眼がつがいになる習わしみてえなもんか」
「ええ……おそらくは」
 と一瞬だけ考え込んで答えた白鳥に、翔吾はこう訊いた。
「ただ番わせるだけなら、なにも初物じゃなくても構わねえはずだろ?αがΩを番にするのに人数制限は無しだそうじゃねえか。あんたが体ァ張る気は無えのかよ」
「ぼ、僕はもう」
「献上品の価値が無え、そりゃさっき聞いた。天眼っちゅう奴は初物をフェロモンで滅茶苦茶にしなきゃ、番になってもらえねえレベルの化け物なのか」
「お会いしたことがないので、なんとも……」
「もし仮にだ、あんたがお家のため姪っ子のために、番以外のΩに突っ込んでうなじを噛まなきゃならんとなったら、やれるか?」
 この質問に白鳥は幾分、答えにくそうな素振りをみせた。
「僕はΩの人は身体的に苦手というか、番とも最初に一回したきりで……性フェロモンの影響があっても男性機能がそのう……。でも相性の問題かもしれないし、できなくはないかも……」
「ああもう分かったよ」
 ダメそうだな、と翔吾は見限った。

 いつの間にか雨は上がっている。
 翔吾は和傘を閉じ夜空を見上げたが、星は出ていない。神社のきざはしに腰掛ければ白鳥もそれに倣う。べつに一緒に座れと促したわけではない。
「翔吾くんは、Ωの発情期に番となったαの割合が、番全体のうちのどれくらいを占めるのか知っていますか」
「いいや」
「およそ九割だそうです。僕を含めて番のいるαは皆、発情期のフェロモンに逆らえなかっただけですよ。Ωの人柄を愛して心と身体の伴侶に迎えたαなんて」
 何処の世界に居るんだか、と白鳥は微かに嘲笑うように口元を歪めた。
「ですからね、天眼様も例外じゃない。フェロモンに耐性のないαを獲物にするしか……」
「待て」
 と翔吾は手のひらを向けて制止した。
「だから琴羽さんが番になったんだろ」
 なったはずだ、拉致されて献上されて、発情期のΩの性フェロモンに曝され意識と肉体を支配されたのなら。
 ではなぜ今また白鳥家の血筋の、つがい未経験のαを貢物にしようとするのだ。彼女が側から居なくなったからではないか。一体どこへ行ったというのだ。
「今はもう奴の所に居ねえってことなのか、ええ?ならどこに居る。あんたらの所か」
「い、いやそれはない。捧げたαはもう天眼様のもので、うちに匿っておいたら天眼様のものを盗んだことになる。もし逃げてきたとしても送り返しているはずだ」
 まるでご主人様と奴隷のような関係ではないか。そうまでして服従しなければならない理由はさておき、翔吾の疑問はそこではない。
「αと違ってΩは番を一人しか持てねえし、Ωからは契約破棄もできねえんだろ?琴羽さんが天眼を捨てたから、翼紗が入り用になったのか」
「……あまり考えたくないけど、姉さんはもうこの世にいないんじゃないかと……だから身代わりが必要で、本家は白鳥家の血筋のαを探し始めた」
「Ωは番になれば、他のαを近付けさせねえ貞操フェロモンってのを死ぬまで出すそうじゃねえか。なら翼紗もフェロモンで弾かれる。生贄にしたって意味が無え」
 そのフェロモンの分泌があるからこそ、 Ωは最初で最後の番契約に備えてコルセットのような首輪ネックガードを装着しているのではないか。番ったα以外に縋れなくなるなるから、慎重に選ぶために。一方的に契約を解除されてもそのフェロモンは減少しないため、αとの肉交が叶わなくなったΩは狂い死にするとかなんとか。少なくとも翔吾はそう覚えている。どこで覚えたかは忘れたが。
「貞操、ああ、忌避フェロモンのことですね」
 訂正された翔吾はと舌を鳴らし、意味合いは同じだろ、と横目で睨みつけた。ちなみに「貞操フェロモン」はかなり古い呼び方である。
「忌避フェロモンの分泌期間や分泌量は、個人差が大きいといいます。番を解除されて数年で出なくなるΩもいれば、亡くなるまで続いたΩもいる」
「天眼からそれが出なくなった?」
 白鳥は頷く。
「本家が言うには。あと数日中には忌避フェロモンの分泌がなくなり、番う前の状態に戻るそうです。そうなれば発情期にはまたαを誘引することができる」
 タイムリミットとはこのことだったのだ。
「時期は予測できるのか?発情ってのはその……」
 軽く咳払いをして翔吾は続ける。
「排卵とイコールってことだろ。まァ聞いた話だが、女の場合はΩみてえに発情したりはしねえが、体温測ったり月役から数えたりすりゃあだいたい分かるらしいが」
「Ωに月経はないんです。せめて前回の発情期が分かれば、そこから三ヶ月後を予測することもできるのですが」
「分からねえんだろ、どうせ」
「申し訳ない」
「知らねえもんは仕方しゃあねえよ」
 そんなつもりはないがこいつを慰めているような感じになってしまった、と翔吾は白鳥への親しみを自覚する。翼紗を守る、という一点において共通の目的があるせいだろう。
 白鳥は万年筆を模した記録媒体を胸ポケットから抜き取り、
「これまでの話を何の証拠もなしに信じて欲しいとは言いません。本家と父の会話はこの中に……」
 と翔吾に手渡した。


 湿気で軋む木枠の裏口を開ければ、〔燕〕から娑婆シャバの気配がどっと押し寄せる。安っぽいラジオの音楽、煙草のヤニで黄ばんだ照明の光、酒と肴のにおい。いつもここで、あの世から現世へと息を吹き返した気分になる。
「なんだい、揃って帰って来ゃあがって」
 逢引きでも別々に出てくるもんさね、と女将が冗談か本気か分からない口調で揶揄うものだから、苛立ちを装う。
「うるせえな、たまたまだろうが」
 今までとは違い自分と白鳥善羽介は、なぜか一緒に参道を歩いて戻ってきたのだ。彼の本家や天眼様の情報を共有したせいで、やや気安い仲になったためか。
 提灯の赤い光源から抜け出た白鳥は、肌質や髪質などが血縁者なだけに翼紗とよく似ていた。面長の顔立ちは端正で、女将をして「歌舞伎役者みてえな」と言わしめるだけのことはある。
 白鳥は取引先の重役にそうするかのように、女将に丁寧に一礼した。
「本日もおかげさまで、ありがとうございました」
 先ほどまでとは若干、声色が違う。これはさしづめ他所よそ行き用といったところか。神社の前で聞くときの声はもっと若々しく、αの音を抜きにしても感情が分かりやすかった。
 初めて聞くはずの落ち着きのある低音と声質は、此処ではないどこかで聞いたことがある。
 口調や呼吸の間は違うといえど、妙に、花園の榊龍時に似ていた。

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