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1章 はじまりは必然
4 対峙
しおりを挟む巨大な扉の前にたどり着くと、老翁アヌサバはそれに触れ、紋のようなものを描いて何かを呟いた。
すると、まるで壁のように立ちはだかっていた扉は鈍い音を立て、ゆっくりと開いたのだった。
目の前に広がる光景に、理人は思わず息を飲んだ。
王の間は、まるで夜の庭園のようだった。
天高く広がった薄暗の奥は全面が窓で、そこからは輝く月と色とりどりの星雲が後光のように光を放っていた。
それらの美しい輝きは王座をきらきらと照らし、座する王の黒い影をさらに大きく濃く見せた。
理人はその眩さに目がくらみ、いま王がそこにいるのかすらわからなかった。
そんななか、前に立つアヌサバは深く頭を下げてから口を開いた。
「アヌサバでございます。王に献上奉りたいものがございまして、御前に参上いたしました」
「…………入れ」
響いたのは低く穏やかな声だった。
まるで金属を揺らすようなよく通った響きに、理人は気を取られてしまう。だから前を行くふたりが進み出て綱を引かれ、ようやくついていくことができた。
いまだ王がいるはずの奥の玉座を目を凝らして見るも真っ黒で、まるでそこだけ闇が広がっているように思えた。
――びびるな。ついて行け。
そう自分を鼓舞しながら、近衛が等間隔で並ぶあいだを歩いていく。すると途中から、自分の腕を縛る綱がかすかに震えていることに気づいた。
よく見ればそれはスタブの緊張だった。そして目を凝らせば、前のアヌサバも足取りがもたついている。
――それだけ、彼らにとっても恐ろしい存在なのだろうか。
氷のように冷酷であり、この世界で最強と恐れられる影の王オルカロス。
話せばわかる、なんて理想論にすぎないのかもしれない。
理人がそうひとり青ざめていると、玉座まで数メートルの距離で一行の歩みはようやく止まった。
そして配下であるふたりは跪くと、下を向いたままアヌサバは口を開いた。
「閣下。こちらが先程私が召喚した活きの良い生贄です。閣下の御目に適いますように」
彼が言ったあと、スタブがそれに合わせてぐいと紐を引っ張るので、理人は思わずバランスを崩してごろりと床に横たわってしまった。
不意に王座との距離が近くなり、理人は床から見上げてようやく気づいた。
七色の後光が輝く闇の中に、影の王オルカロスは静かに佇んでいた。
その姿はゲームのなかと変わらない人型を取っていて、漆黒の長い髪はまるで生きているようにうねり、広がる夜の闇のように見えた。それと対比するように陶器のように白い肌のなかで輝くのはふたつの紫水晶で、いまそれは細められ歪んでいる。
体格は理人が知っているどんな人物より大柄で、ゆったりと広がったローブを身に付けているからだろうか、さらに雄大で威圧的に見えた。
それはまるでこの場全体を支配するように思え、理人は身体が震えるのを感じた。
――これじゃ……無理だ。
王の間を覆うこの冷たい空気は完全に王のものであり、理人は口を開くことすらできなかった。
このままでは命もまずいかもしれない、彼が無意識下でそう感じたときだった。紫の瞳がじろりとこちらを見、目が合ってしまう。
やばい、そう思ったときだった。
理人は王の表情をみた瞬間、まるで時が止まったように呆気にとられた。
それは王の顔が疑念に歪んでいたという訳でも、生贄の存在を喜んでいたという訳でもなかった。
従者たちが頭をたれ震えるなか、なぜか畏怖されるはずの王が自分に対して、恐れるような、驚きに近い表情を向けていたからだった。
時間にしてほんの一瞬のことだったので、理人もなにが起きたのかさっぱりわからなかった。
気づいたときにはすでに王は視線を外していて、玉座にどすりと腰かけると天を仰いで口を開いた。
「アヌサバ」
「ははっ」
「…………そいつをここから追い出せ」
理人は思わず王の姿を見上げた。しかし脇から現れた近衛たちの姿によって表情はよく見えなかった。
対して老翁は想像していたことばが返ってこなかったようで、頭を上げて震える声で訴え始めた。
「それは……閣下……どういうことでしょうか」
「理由か?……何だか憎たらしい顔付きをしているではないか。不快だから俺はいらん。お前の配下にでもするんだな」
「閣下!しかしこの者は――」
そう食い下がるも、突然脇から別の男が現れ老人を制止する。
すらりと体格がよく、濃い色の肌にふたつの黒い角と口元の傷があり、黒い鎧を身に着けた厳しい姿に理人は見覚えがあった。
――暗巍将軍ベレトだ。
影の王の配下であり、夜ノ国の大将軍である男の姿に、理人は思わず視線を奪われる。
「……じいさん。閣下に何度も同じことを言わせる気じゃないだろうな?まだぼけるには少し早いぞ」
そのことばが老翁の胸に届いたのだろうか。アヌサバは一度下を向いてから渋々呟いた。
「…………承知いたしました」
――よかった、なんとか生き延びたみたいだ。
そう理人が思った瞬間、不意に将軍ベレトと視線が合ってしまう。
金に輝く瞳でじろりと睨まれ、思わず下を向く。
――これは正真正銘悪意だ。
ベレトから直接的な殺意を感じ取った理人だったが、震える間もなく腕を引く近衛に連れられ、綱を持つスタブとアヌサバと共に、王の間を後にしたのだった。
扉がゆっくりと閉まり、あの張り詰めた空気から解放された瞬間、理人は大きく息を吐いた。
――はあ……とりあえず殺されなかった。
しかし危機から脱し安心したところで、あることに気付いてしまう。
生き延びた自分は一体ここで何をしたらいいのだろう。
これまで極限状態が迫っていたため、彼は殺されなかった場合のことなんて考えていなかった。
世界観も設定も、この世界のことはある程度なら知っている。しかしここはすでにエンディングを終えた物語のなかだ。この先のことなんて少しもわからなかった。
――俺は……一体これからどうしたらいいんだろう。
心地よい闇が静かに広がるなかで、理人は一人立ち尽くしていた。
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