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3章 束の間の平穏
4 魔力の根源
しおりを挟む連なった背表紙を眺めながら、理人は比較的新しい臙脂色の本を手に取った。
ぱらりと捲ると外側と同様に中も痛みが少なかった。じっくり見てみようと思い再び表紙を確認する。
「『史実旺書』……割と最近書かれたみたいだ」
理人が目を通すと、内容は現王オルカロスが王位に就いた経緯から今に至る歴史だった。理人が把握している「ロード・エクリプス」のシナリオと期間がちょうど被っていることもあり、ぐいぐい読み進めることができた。
そうして気付いたのが、エリアスたちの行動に対するイメージの変わりようだった。
ゲームのシナリオはもちろん主人公エリアスを中心として進む。しかしこの本はこの世界――夜ノ国で書かれたものだ。
そのためエリアス率いる主人公たちは「白き者」と呼ばれ悪役とされていたのだ。なんと陽ノ国を救うための行動は、夜ノ国では彼らによる侵略戦争になっていた。
読み進めると、どうやら魔力に対する認識の違いがあったらしい。
ゲームの設定として説明されなかったので理人は知らなかったが、この夜ノ国で魔力は貴重なものらしい。かつて民たちはそれを崇め穏やかに暮らしていたものの、白き者たちはそれを思うままに扱い猛々しく乗り込んできた。
――だから侵略戦争って思われたんだ。
新しく浮かび上がってきた背景に理人は考えこむ。視点が違えば行動の名前はこうも変わってしまうのだ。その理由は何であれ全く関係なしに。
ここに来て知ることができてよかったと理人は思った。
次にページを捲るとようやく現れたのはオルカロスの姿だった。
黒いオーラをまとった巨竜の姿で描かれており、その懐かしい姿に理人は思わず微笑む。
――白き者の侵入を知ったオルカロスは大いなる闇のもとで力を得、世界に散らばる優秀な人材を集め立ち向かった――。
そして彼らの侵略の手が再び伸びないよう世界を分断すると、ようやくこの世界に平穏が戻った。地には魔力が満ちあふれ、新たな平和の中で統治の制度も作られた。
そんな偉大な王の時代に生まれたことを君たちは感謝しなければならない――そう最後に筆者はまとめていた。
ぱたりと本を閉じて理人は考える。
――やはりオルカロスが人柱になって世界を分けたんだ。
二つの世界は綺麗に切り分けられて地には魔力が満ち溢れた。互いの魔力はもう行き来せず、それぞれの世界で穏やかに循環している。
なのになぜ夜ノ国の魔力は突然増えたのだろうか。
理人が気になって再び棚を見ると、先程手にした臙脂色の本の影に一冊古い本があることに気付いた。
――あれならもっと古い話が書かれているかもしれない。
そう思ったときだった。奥で不意に物音がし、誰かがこの書庫に入ってきたことがわかった。
――もしベレトみたいな人だったら。
そうびくりとした理人は本を取らずに急いでその場を後にしたのだった
自分の小部屋は東塔にあったので、ここ本塔からは少し距離があった。
記憶の端に残っているマップを思い浮かべながら、なるべく人に会わないように道を選んで移動する。しかしどう考えても一回だけ大きな回廊を横切る必要があった。
――ここさえ越えれば、もうすぐだ。
そう思いながら、柱の陰から回廊をちらりと覗いたときだった。
とある扉の前で話し込んでいたのは王セヴェト=オルカロスとベレトの姿だった。
思わず頭を引っ込ませて完全に隠れる。しかし会話を聞かずにいることはできなかった。
「……今回の魔力の暴走は、閣下の白い従者が原因と存じます」
途端、理人の背中に冷たいものが走る。
「あの者の魔力は別の根源を経由し、誘導されている可能性が高い。……陽ノ国との件がすでに沈静化したことは承知の上。ですがそれを恐れる民は多いことをご推察下さい」
ベレトの言葉に対して、その後王が何と言ったかは理人の耳には入らなかった。
それより今世界を揺るがす事件の原因が自分かもしれないということで、頭がいっぱいだった。
――俺は一体どうしたらいいのだろう……。
本当に自分が問題の原因であるというのなら、何をするのがいいのだろうか。しかし考えてもさっぱりわからなかった。
足は重く少しも動かず、しばらく柱の影にうずくまっていた。
手首の銀の腕輪が熱を持ったのはそんなときだった。
――え、まさか今から……?
あんなことを聞いてしまった今、王からの呼び出しに応じられる気分ではなかった。しかしそれに抗う術を彼は持っていなかった。
引き込まれるような風を感じた直後、目を開けると目の前には王の姿があった。ゆったりとした一人掛けのソファに腰掛ける姿に理人は気付く。
――ここは……あの入口のポーチみたいなところだ。
王の居室の端、東塔とを繋ぐ天の回廊に面した読書スペースのような場所。何故こんなところに呼んだのだろうと思ったものの、それを聞くことは今の理人にできなかった。
ランプの光で輝く紫水晶の眼差しがこちらをじっと見ていた。
その裏表のない視線を理人は思わず自分から逸らしてしまう。
――今は……向き合えない。
あんなことをベレトの口から聞いたのだ。そのうえ向かい合っている王は、直接彼から話を聞いている。
そうして理人が沈黙していると王は静かに言った。
「……やめた。今日は気分が変わった。すぐに帰れ」
途端ずきりと胸に痛みが走った。その衝動に思わず理人は口を開いてしまう。
「…………あの!」
「なんだ」
そう問われるも、喉元まで出かかった言葉は簡単に引っ込んでしまった。
「……すみません。何でもないです」
いまの理人は王の顔も見ることができなかった。彼は一礼すると急いでその場をあとにした。
まるでこの場を一刻も早く離れたいというように。
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