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6章 ひとり
5 心の中
しおりを挟む闇の中へ引きずり込まれた理人が気付いたときには、周囲はなぜか洞窟に様変わりしていた。
ひんやりと立ち込める空気と音一つない一本道は、遥か奥まで続いているように思えた。
その所々に紫や青色に輝く美しい水晶が埋まっており、ぼんやりとした輝きを放ち辺りを照らしていた。
そんな突然の変化に理人は驚くも、その静謐に満ちた美しい光景を前に理人は思った。
――まるで……あの人の心の中みたいだ。
冷静で芯が通っていて、でも誰もその内に踏み入れさせたことのない、純粋なあの人のこころの中。
長く奥へと続くこの静かな洞窟そのものが、それを示しているように思えた。
――きっと、この奥にセヴェトがいる。
竜の姿となって心を封じひとり閉じこもる彼は、この洞窟の一番奥で待っているそんな気がした。
だから理人は慎重に、しかし足早に歩きはじめた。
何よりも早く王の意識を取り戻さなければならなかった。それは現実世界で竜を抑える彼らの負担もそうだが、セヴェト本人にもそれは大きくのしかかってくると思ったのだ。
そうして理人がしばらく進んだときだった。
順調に洞窟の奥へと向かっていたと思われたそのとき、一歩踏み出した瞬間、不意に全身に鳥肌が立った。
――これは……何?
そう思い瞬きをしたときだった。
周りを囲っていた洞窟はなぜか突然変化し、代わりに視界いっぱいに広がったのは黒々とした夜の空だった。
しかもそれはよく見れば夜ノ国のものではなく、かつて理人が慣れ親しんだあの懐かしい空だった。暗い闇の中に星々が小さく点在し輝く様子は、穏やかな美しさをたたえていた。
気づけば地面も鏡のように空を映し、進むべき一本道も消えてしまった。
しかしなぜか恐怖はなかった。むしろその光景を前に理人の心は落ち着き、しばらく見入っていたほどだった。
そんなとき。突然視線の先に、白い風のようなものが流れていることに気付いた。
まるで湯気が風にたなびき一方向に向かっていくようで、無数の白線が闇の奥へと流れていくように見えた。
無意識に理人が追いかけていくと、その白い影が集まる先に黒い靄がぼんやりと浮いていた。
なんだろう、そう思い恐る恐る近づこうとしたとき、それは突然言葉を発したのだった。
「彼の者よ、全てはそなた次第だ」
「……え」
どういうことですか、理人はそう反射的に聞こうとした。しかし瞬く間にそれは霧散し、気づけば周りの景色も洞窟に戻っていた。
――今のは……何だったのだろう。
この洞窟の中が夢のようなものだと思っていたのに、その中でさらに別の夢に入ったような気分だった。
あの夜空の下はセヴェトを少しも感じられないどころか、まるで非現実的な心象風景のように思えた。
――あれは一体何を示していたのだろう。
そう思いながらも理人は足を止めなかった。あの不思議な光景が何であれ、いまは王を見つけることが何よりも先だった。
静謐に包まれた洞窟を奥へと進んでいくと、あたりは次第に暗くなっていった。
その闇がすっかり濃くなったとき。
岩肌が見え洞窟の終点に辿り着いたと思ったそこに、もぞもぞと蠢く黒いものがあった。
もやが集まったように不明瞭なそれは、形を成しているようには見えなかった。
ただ理人にはそれが彼である確信があった。
「……セヴェト」
小さく声をかけるとそれはぴたりと動きを止めた。
理人はもう一度呼んでみる。
「セヴェト」
するとその影はぶるりと震えたと思えば、次第に霧が晴れるように王の姿を象った。
黒ぐろとした長髪の中に見えたのは、彼の青白い端正な顔。その瞳は閉じられていたものの、出会ったばかりの頃のように眉をひそめて、どこか苦しげだった。
その姿に理人は胸がいっぱいになり思わず駆け寄った。そしてこみ上げたものを言葉にした。
「セヴェト……本当にごめん」
そうして王が身にまとった長いローブの中から、彼の大きな手を取った。それは白く冷たかったので、何とか温めようと両手で握りしめる。
するとセヴェトの顔は少しだけ緩んだように見えた。だから理人が次にすることはもう決まったようなものだった。
今、彼に言わなければならなかった。俺にはあなたが必要だと。あなたに早く帰ってきてほしい、と。
「セヴェト……好きだよ。戻ってきて」
そう言って、王の乾いた唇に静かに口付けを落とした。
優しく触れたそれがゆっくりと離れたとき。
王の顔を見ればかすかに血色が戻った気がした。
これなら――そう理人が思ったときだった。王の身体はのそりと動き出すとともに、その太い腕にぎゅっと抱き寄せられた。
思わず理人は見上げた。するとその視線の先で、美しいふたつの紫水晶が瑞々しく輝きを取り戻していた。
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