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1 Side 慧
14 染谷家
しおりを挟む夏休みに入り、誉史と約束したあの日がやってきた。
俺は、スマホに連絡の来た場所へと向かっていた。
ちょうど家から三十分ほど歩いた頃だろうか。そこは俺の家から喫茶みどりを挟んでちょうど反対側の場所に位置する、川沿いにある一軒家の多いエリアだった。
――この家か。
小さな庭の付いている、お洒落なグレーの壁の家に辿り着いた俺は、表札がきちんと染谷であることを確認し、スマホで連絡を送る。
するとすぐに既読がつき、扉が開いて誉史が現れた。
「誉史、来たぞ」
「お疲れ様です。どうぞ」
そう言って入れと手で示すので、俺は恐る恐る玄関へと上がった。
靴を脱ぎ、誉史の後ろをキョロキョロしながらついていく。
俺がそんなにも挙動不審だったのは、今まで積極的に友達を作ってこなかったせいで、友達の家に遊びに行った経験がほぼなかったからだ。
誉史が入っていったのは、玄関の隣のリビングダイニングだった。
そこには南向きの大きな掃き出し窓があり、そこから夏の日差しとと温い風が吹き込んだ。ふわりと膨らむカーテンの隣には、鮮やかなオレンジ色の布張りのソファが置かれていて、その手間には四人座れる木製のダイニングテーブルがある。女性的で柔らかなインテリアだった。
――うちとは違って……お洒落な家だな。
男兄弟ふたりを抱える家とは、やっぱり女性の割合が違うことで雰囲気も変わるのだろう。
壁に寄せられた棚にも、お洒落な小物や照明が飾られている。その可愛らしい様子は、誉史のスポーティーな雰囲気とはちぐはぐで、すこしだけ浮いているようにみえた。
すると、当の本人は奥のキッチンの冷蔵庫を開けながら俺に声をかけた。
「先輩、何飲みますか?」
「ああ、なんでも構わない」
「了解です。俺準備するので、先に俺の部屋に行っててください。階段上がってすぐ右です。……左じゃないですからね!」
「……わかってるって!」
誉史のにやにやした顔を背に、俺は言われた通り廊下に出て、玄関に面した正面の階段を上がっていく。
――階段からすぐ右の部屋。
二階に辿り着いたあと、左側にも一瞬扉が見えたものの、俺は欲を押さえて右の部屋に入った。
誉史の部屋は、想像していたよりもすっきりとしていた。
川側に設けられた窓の脇にベッドが置かれ、部屋中央のローテーブルの側には高校生らしく漫画やゲームの端末があった。しかし基本的に物が少なく、特に想像していた部活関連のものがひとつもないことに驚いた。
――俺が来るからクローゼットにでも片付けたのだろうか。……いや、それならもう少し全体的に綺麗にするだろう。
ベッドの上はさっき起きたみたいに荒れているし、漫画の並ぶラックの周りの床にも、なぜか無数の写真が散らばっていた。
俺は、そのすべてが裏になっていることに気付き違和感を覚えた。
――そういえば、この家はあまり写真を飾っていないな。
自分の家では、小さい頃から母が何かあるたび写真を撮っていたから、いまでもリビングには無数の家族写真が飾られている。
しかしこの家のリビングには一枚もなく、それなのになぜかこんなところに放置されたように散らばっているのだ。
――写真の床置きは……気になるな。とりあえず、まとめて机の上に置いとくか。
そうして俺が無意識に一枚手に取ると、それは確かに染谷家の家族写真だった。
小学生くらいの誉史と――幼さの残る表情をした英梨さんがいた。そのふたりを見守るように立つ大人は、おそらく両親だろう。
――なんで家族写真がこんなところに。
俺は付いていたほこりを手で軽く払うと、とりあえずラックの左にあった勉強机の上に返して置いておいた。
そして、続けてほかの写真に手を伸ばそうとしたときだった。
「先輩!」
そう言って誉史が入ってきたので、俺はびくっとしてからだを固める。
「すみません、待たせました。先輩はそっちの座布団あるほうに座ってください」
そう言われたので、俺は指示のとおりに座卓の反対側に腰を下ろした。
そのときの誉史の瞳は、どこか普段と違って見えた。
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