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3 Side 慧
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しおりを挟む「慧、あんた……いいことあったでしょ」
ほなみにそう声をかけられたのは、誉史と気持ちが通じ合ったあの休み明けの昼休みのことだった。
俺はなるべく自然を装い、
「……そうか?」
と聞くと、
「もう全身から幸せが溢れてる感じ」
そうほなみは呆れ顔で言った。
正直、誰の目から見ても俺は浮かれて見えて、緩みきった顔をしていたのだろう。
いま思い出しても、あの日はこれまでの人生で最高の一日だったと心から思う。
互いにずっと隠していた気持ちが通じ合って、俺達は肌を重ねて抱き合って。そして互いのぬくもりを感じながら、相手だけに見せる顔をして。
精を出したあとも、誉史がなぜか俺のからだに吸い付いてくるので、笑いながらふたりで風呂に入ろうと言って。すると突然母が帰ってくる音が聞こえて、俺達は急いで服を着てなんとか出迎えたのだった。
そんな鮮やかな記憶が、教室で前に座る誉史を見るたび蘇るとともに、同時にことばにならない気持ちも俺の中でこみ上げた。
それは直接感じる気持ちよさもそうだけれど、なにより心が満たされるという感覚で。誉史といればどうにかなる、そんな全能感がいま俺を満たしていた。
ただそんな幸せ絶頂のなかで、気になることがあった。それはこの幸福感が、ただ触れ合って互いに扱きあっただけでもたらされたということだ。
だからこの次へ進んだら、俺はどうなってしまうのだろうか。いまはそのことで頭がいっぱいだった。
実際ネットで調べたところ、男同士でできることは確かのようだ。けれど男役、女役とどっちをしたらいいのかわからず、それが俺の目下の課題だった。
ほなみはそんなことなど知らず、学食を食べ終えた俺の前に座って嘆く。
「はあ……本当に羨ましい。なんでみんな憧れの染谷くんがあんたにご執心なんだろうね」
「それは俺にもよくわからない」
「うーん、いじられキャラなのがいいのかな」
不意にそんなことを言うので、俺は思わず返す。
「…………俺が?」
「自覚ないんだ。慧ってさ、やっぱり天然だよね」
「そうか?」
その嫌味混じりの「天然」ということばは、正直俺にとって少しも不快ではなかった。むしろ天然、いじられキャラのなにが悪いのかと思ってしまった。
小さい頃俺に近寄ってきた人たちは、誰一人として俺自身を見なかった。俺の見た目や外側だけ見て勝手に期待し、盛り上がるような人たちばかりだったから。
それを考えると、誉史は俺に対して最初から噂も見た目も気にせず素であたってくれた唯一の人間だった。だから内容がどうであれ、俺の中身をいじってくれるならそれは歓迎すべきことだと思えた。
「……そのほうが絶対いい」
俺がそうぽつりと呟くと、ほなみは変な顔をして言う。
「え、何言ってるかさっぱりわかんない。慧ってさ、ドМなの?」
「ドМ?」
「ああもう、自分で調べて!」
そう呆れられときだった。俺の後ろから不意に現れ、隣に座ったのは誉史だった。
「何の話してるの?」
「誉史!」
「染谷くん……それはもうとんでもなくくだらない話だから安心して」
「ん、何?何の話?」
「慧、ほら。染谷くんに教えてもらいなよ」
そう言ったほなみがなぜかにやにやしていたので、その違和感に俺は気づく。
ドMという単語は、おそらく俺の目下の課題に関連していると思えた。ほなみがこうしてにやにやしているときは、いつも俺を陥れようとするときだったから。
「ほなみ、余計なことを言うな!」
「えー?」
「何?俺は慧に何を教えればいいの?」
そう言いながら不意に肩に回された手にどきりとしたものの、俺はその手を優しく払い除けてこう促す。
「誉史、大丈夫だ。ほら、教室に戻ろう。長居しすぎて授業が始まりそうだ」
「…………ああ」
そうして三人で教室へ向かう間も、俺はひとりどきどきしていた。
まさか誉史本人に、いつ挿れるの?とか上下どっちがいい?なんて聞けるわけがなかったから。
――とりあえず、ある程度勉強しなくては。
誉史に、もっともっと近づくために。
そう意気込むほど、俺はとにかく自分のことに一生懸命で、このとき誉史がどんな顔をしているのか少しも気づいていなかった。
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