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逃げるならどこまでも
しおりを挟むリンクが男性に聞こえないように「チッ」と小さく舌打ちをするのを
マサは見ていた。
中年の男性がマサとリンクのいる席の隣に座る。
「リンク、君が誰かと一緒にいるところなんて初めて見たよ。
それどころかプライベートに会うことも初めてだね、こちらご友人かな、
随分調子が悪いようだけど…」
リンクは始終作り笑顔を張り付けた表情でいたが、
『チッ呼んでねーんだよ、失せろボケが、楽しい時間を邪魔しやがって、F●ck』
などと心の中で目の前の男性に対し、激しい罵倒をしていた。
彼は職場の上司である。
そしてリンクは人間嫌いであるが、特にこの上司はその中でもくそだった。
物覚えが悪く、いつもミスばかりをし、そのくせ武勇伝や自慢話が非常に長い。
使えない無能人間その一であった。
(もっともリンクからすれば、周りの人間はほぼ無能になってしまうのではあるが)
「ええ、彼は…」
リンクが言いかけたところで、マサが顔を上げて口を開く。
「俺は、リンクの、、、日本人の友人だ。こいつは見た目によらずわがままで、寂しがりな坊やだから、
俺が、…体調が悪いのに、っ、連れ出されたんだ。あんたは、こいつの職場の上司なんだろ、
俺の、代わりに相手してやってくれ、…わりぃ、俺は席を外す、」
相変わらず真っ赤な顔で途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
そして言い終わると、またゆっくりと立ち上がり、マサはリンクの肩にポンと手を置いてから
席を離れていく。
「…マサっ!」
「君はいつも冷静で冷徹で、仕事はできるが人間味ないロボットのような人だと思っていたよ。
まさか君にそんなわがままを言う友人がいるなんて知らなかった。だが、だめだよ、
彼は汗がすごかったし、顔も真っ赤だった。あんな病人を連れ出すなんて、医者失格だろう。
君がその友人に夢中なのはわかるが、節度をわきまえないと、それに友人だけでなく、
君はもう少し職場の人間関係にも気を使うべきだね、そもそも…」
慌てて立ち上がりマサの後を追おうとしたリンクを阻んだのは上司だった。
そして長々と話を続ける。
『お前は黙れ、ハゲ、邪魔だ、ハゲ、こ●すぞ』と心の中で悪態をつき、そしてそれをおくびにも出さず
にこにこと作り笑顔で対応するという器用なことをしながら、ポケットの中のスイッチを探る。
そうエネマグラバイブのスイッチだ。
しかし、リンクのその行動はぴたりと止まる。
そして彼は、一言つぶやいた。
「マサ、やりやがったな…」
上司がその言葉に顔を上げた。
「ん?何か言ったかね?」
「いえ、どうぞお気になさらず」
笑みを張り付けた裏で、リンクの背中に冷や汗が流れる。
リンクは気が付いた。
自分のポケットが空になっていたことに。
つまり、先ほどまでポケットの中に入れておいたバイブのスイッチが
無くなっていたのだ。
…やりやがったな。
どのタイミングですり取られたのか。
まさか自分がスリ取られるなんて、マサに対してそんなに油断していたことに
驚いた。
手癖の悪いペットだ。
だけど。
…お前が僕から逃げようとするなら、僕は地獄の底までお前を追いかけるぞ。
楽しい鬼ごっこが幕を開けた。
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