8 / 13
八話 御手洗さんと映画
しおりを挟む「良かった。まだ時間に余裕はありそうだ」
ハジニャンのぬいぐるみをコインロッカーに仕舞って二人は本来の目的である映画館に辿り着いた。当然その後ろにはサングラスをかけてマスクを付けた不審者もいる。
「あ、あの。映画が始まる前におトイレに行ってきていいかな?」
「勿論!俺も念の為行っておきたいし途中まで一緒に行こう」
二人は楽しげにトイレに行き、そのままの雰囲気のままポップコーンを買う為列に並ぶ。
「キャラメルと塩のハーフで、飲み物はオレンジジュースで」
映画館でポップコーンを購入して二人は遂に映画館へ。
「さて、私も行くか」
知佳と沖田、そして自分分の映画代を出した十弧のお財布には大打撃だが、そんな事を言っている場合ではない。チケットを購入して席に着く。
「映画館で見る映画泥棒ってなんかテンションあがるんだよな!」
「ふふっ。そうなんだ」
(何それくだらない)
二人にバレず、二人の会話がギリギリ聞こえる距離、つまり知佳の左二つ斜め後ろの席に十弧は確保した。幸いこの映画を見る人は少なく思ったより会話が聞き取れる。そして終始楽しそうに話していた二人の会話が急に止まる。近々公開される映画の予告がスクリーンに映し出されたのだ。
(あー。この作品映画化するんだ。また知佳でも誘って見にこよ)
映画の予告が全て公開し終わると本編が始まる。「金より大事なものはない」両親が抱えた多額の借金を返す為に日夜バイトに励む少年とお金持ちのご令嬢の恋愛小説が原作の作品だ。ご令嬢に群がる男共に嫌系がさしたご令嬢が貧乏な少年に彼氏役を依頼する事でこの話は始まる。
(楽しそうに見てるな)
原作を知っている十弧はチラッと知佳の方を見る。すると知佳は背中だけでも分かるくらい楽しそうに映画に見入っていた。背中なので表情が分からないのが非常に悲しい。横を見ればその表情を見る事が出来る沖田はどれだけ恵まれているのだろうか。
(まあ!私は知佳と映画なんてこれから何本も見れますけど!)
謎の優越感に満たされた十弧はそのまま映画を見る。そんな楽しい映画の時間は。終わりを迎えた。
(ん?)
何か違和感を感じた。見入っていたので微動だにしなかった背中がもじもじと揺れている。上映中は詳しい時間は分からないが今は恐らく上映が開始されてから五十分程。それ即ち。
(最後にトイレに行ってから五十分!)
そう、知佳はトイレに行きたくてもじもじしているのだ!
(そういえば知佳は映画館での映画初めてって!)
御手洗知佳は映画館に行った事がない。別に生まれがどうとかそういう訳ではないが、ただ映画館という場所は未知のスポットだった。故に張り切ってポップコーンを買ってしまった。そして、ドリンクを頼んでしまった。
「うっ、ううう」
今の知佳は普段のトイレ我慢+ドリンクを飲んだ事による尿意と戦っていた。別に上映中にトイレに行く事は悪い事ではない。ないのだが、初めて映画館にきた知佳はその事が微妙に分かっていない。頼みの綱である沖田も映画に夢中で知佳の様子に気づいていない。これはいわゆる大ピンチというやつである。
「知佳っ!」
※ここから先は御手洗知佳の妄想です。映画館にいる知佳はこの妄想の様に話したりせず大人しく座っています。
「はぁ、はぁ、はぁ、くぅぅ」
込み上げてくる尿意を我慢する。ただそれだけの事が知佳には苦しくて堪らない。他の人よりも多くこの苦しみを味わっている。だが、だからといってこの苦しみが緩和する事などなく、ただただ苦しい。
「お、沖田くん!助けてっ」
この苦しみから逃れる為、彼に頼る事にした。沖田蒼雨。普段は優しく慈愛に満ちている、というほどではないが心優しい少年。しかし彼は別の人格を持っている。その人格こそが。
「あ?雌犬が。誰の許可を得て話してやがる」
「にゅぅうっ!!」
この極悪非道な性格だ。この人格の彼は自分の彼女である知佳の事を彼女として考えていない。御手洗知佳は沖田蒼雨の犬なのだ。それも彼の言いつけには一切逆らわない従順過ぎる雌犬。
「そして、俺の性奴隷だ」
「は、はぃぃ♡」
いつも通り知佳の首につけられた首輪から伸びるリードを強く掴み沖田がニヤリと笑う。その表情があまりにも嬉しく、知佳の口からは涎が溢れて止まらない。この幸福と共に苦しんでいる膀胱を解放してあげようか。そうすれば知佳は最高の快楽に身を委ねる事となる。そうなったら、そう出来たらどれだけ幸せだろう。
「やっちまえよ」
「尿意君!?」
そこで彼が現れた。黄色く雫の様な形をした生き物(?)。知佳は彼の事を尿意君と呼んでいる。
「なんで固くなる?さっきお前自身が言っていたじゃないか。ここで放尿しよう。そうしたらきっと、人生で一番気持ちいい」
映画館という密閉された空間での放尿。しかも、隣に大好きな人がいる状態で。
「それ、はっ!出来ないっ!」
「何でだ?さっきまでそうしたいって望んでたんだろ?ヤっちまえよ。きっと最高にキモチイイぜ?」
「き、キモチイイ?」
知佳も年頃の女の子だ。キモチよくなる事にはそれなりに興味がある。故に尿意君の言葉が頭に残る。
「おい、訂正しろよ雌豚。それなりに?違う。お前は、興味津々じゃねえか」
知佳の耳元で沖田は静かに、ゆっくりと囁く。その声だけで知佳は絶頂を迎えそうになる。知佳はきっと、性に対してはかなり敏感なのだろう。耳元で大好きな人に囁かれるだけで人生というゲームで敗北しそうになる。このゲームはまだ始まったばかりだというのに。こんな所でゲームオーバーに。
「あ、ぁぁぁぁ」
こんな事なら、あの時に誰にも内緒で買ったオムツを付けてこれば良かった。映画館という場所に不安は感じていた。一時間三〇分トイレに行かずに耐えられるだろうかと。しかし、知佳はオムツを付けない事を選んだ。その理由は簡単。オムツなんてものを付けている事を万が一にでも沖田にバレたくなかった。大好きな人に拒絶されるのが堪らなく怖かった。
「さぁ、イケ」
「ご、ごめんなさい」
愛を囁かれた知佳は謝罪の言葉を口にする。誰にかは自分でも分からない。だが、謝罪文を口にして、
「大丈夫?」
妄想とは違う優しげな声が聞こえた。
◇
「お、沖田くん?」
「大丈夫か?気分でも悪い?」
心配そうに知佳を見つめる沖田の視線。しかし声は抑えられている。スクリーンを見るとどうやら今は話が終わってエンディング曲が流れている状態の様だ。
「っ!」
そんな中知佳の目にはとても大切な人たちの姿が見えた。そう、物語が終わったのでこの空間から出ていく人々の姿だ。
「ごめんなさい!すぐ戻るから!」
「え!?」
小声でしかし強めにそう言って知佳は劇場の外へ。
「よ、良かった」
幸い直ぐトイレがあり、更にまだ映画自体は上映中なので空いている。
「ふぁぁぁぁぁぁー」
こうして御手洗知佳の人生最大の難所は終わりを迎えた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
放課後の保健室
一条凛子
恋愛
はじめまして。
数ある中から、この保健室を見つけてくださって、本当にありがとうございます。
わたくし、ここの主(あるじ)であり、夜間専門のカウンセラー、**一条 凛子(いちじょう りんこ)**と申します。
ここは、昼間の喧騒から逃れてきた、頑張り屋の大人たちのためだけの秘密の聖域(サンクチュアリ)。
あなたが、ようやく重たい鎧を脱いで、ありのままの姿で羽を休めることができる——夜だけ開く、特別な保健室です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる