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第二章 孤独じゃない叫び
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そして、放課後。
自転車を漕いで真白湖まで帰ってきた。地面にすり込まれた雨の匂いと土の匂いが混ざり合って、雨上がりの田舎道だと実感した。幸い雨が止んでいて、真白湖の水面も、朝とは違って凪いでいる。とはいえ、朝よりも確実に水嵩は増していて、梅雨の威力を思い知った。
ルイらしき人物を探すべく、自転車から降りて歩く。
キョロキョロと湖畔を見ながら自転車を押していると、一人の人物が目に留まった。
「え……あの人」
ブロンズの髪の少年が、私と同じように視線を泳がせて辺りを見回している。
もしかして、あの人がルイ……?
いやいや、それはないって。そんな偶然、あるわけない。
SNSで繋がった人物が、たまたま近所に住んでいて、しかも前に一度話したことがあるなんて。ないよ。出来すぎた物語だよ。
「いやあ、驚いた」
いつのまにか、少年が私のすぐ近くに歩いてきていることに気づいて、はっと目を凝らす。
「やっぱりきみが“ゆえ”だったんでしょ?」
「えっ」
彼の口から紡がれた事実に、今度は目を瞠る。
今、この人はなんて?
——きみが“ゆえ”だったんでしょ?
ゆえ、という名前を表に出しているのは学校と、SNSだけだ。目の前にいる少年のことを、私は学校で見たことがない。ということは、この人がやっぱり。
「ルイさん、ですか……?」
紺碧色の瞳に問うと、彼はしっかりと頷いてくれた。
「なんで……」
正直驚きすぎて、上手く言葉が出てこない。
だって、普通ありえないじゃない。前に一度たまたま会っただけの人とこうして再会するなんて。運命、という言葉が頭の中にちらつく。それから、断片的に見る未来の光景の中で、彼がニッと口を開けて笑っていた映像を思い出す。私は彼と、もしかしてこの先も関わることになるということ……?
「悪いけど俺も、ちょっと偶然が重なりすぎてびっくりしてるから、きみの疑問には答えられない」
「じゃあ、なんで真白湖に来てなんて言ったの? “ゆえ”が私のことだって知ってたんでしょう?」
「いや。そうかもしれないな、でもそんな偶然あるわけねえよな、って思いながら誘ったんだ。まあつまり、勘ってやつ」
「どうして」
私たちはたった一回、しかもほんのわずかな時間を共にしただけなのに。勘が鋭すぎやしないか。心で疑問に思っていることが顔に出てしまったのか、訝しげな私の視線を見て、彼はぽりぽりと頭を掻いた。
「ごめん、本当にその、勘なんだ。だからそんな怪しまないでほしい。間違ってもきみのことをストーキングしたとかじゃないから! ただ、この間初めて会った時に、なんかきみの心が、泣いてるような気がしたから」
「心が泣いてる……」
ルイと初めて会ったあの日は確か、被災した時の夢を見て、気持ちがナーバスになっていた。記憶障害を自覚したのもあの日だった。気づかないうちに、不安な気持ちが彼の前で、表情に表れていたのかもしれない。
「ああ。SNSでたまたま“ゆえ”ってやつのつぶやきを見て、あの時の女の子を思い浮かべた。一度考えたらさ、どうしてか分かんねえんだけど、“ゆえ”のつぶやきが全部、ここで会ったきみのものだって思うようになっちまってさ」
彼が心中を語る。湖畔で鳴いている鳥のキュインという声が、ずっと近くで聞こえるような気がした。
「違うかもしれないって思ったけど、“ゆえ”が苦しんでるのを見て、いてもたってもいられなくなって。だから、今日ここに呼んだ。俺の勘違いならきっと来てくれないだろうし、それならそれで、SNS上だけでの付き合いに留めるつもりだった。でもきみはこうして来てくれただろ」
学校で【助けて】とつぶやいたときのことを思い出す。
昨日受けた授業の記憶がなくなって、周りからの視線も痛くて、心が滝のように泣いていた。不安で不安でたまらなくて、誰でもいいから、この場所から救い出してほしいと思って。
そうしたらルイが——この人が、私を見つけてくれたんだ。
「だからきっとこれはもう運命だって。信じることにしたよ」
ニッと白い歯を見せて笑う。白い肌と紺碧色の瞳、ブロンズの髪が、おとぎばなしから飛び出してきた白馬に乗った王子様を思わせた。
「……ありがとう」
気がつけば、ぽろりと本音が漏れていた。
彼が驚いた目を私に向ける。もしルイが私に声をかけてくれなかったら、今頃私は家の中で引きこもって、一歩も動けなくなっていたかもしれないのだ。
「いや、お礼を言うのはこっちのほう。前にSNSで話したけど、俺も記憶喪失になってて、友達とか全然いなくてまいってたんだ」
「そっか。友達がいないのは……寂しいよね」
ルイはきっと、友達が欲しくても記憶を失っていてできないのだろう。私は自ら友達をつくらないので、似ているようで全然違う。だけど、同じ痛みを共有しているのは同じだった。
「あ、ごめん。そういえば名乗ってなかったよな。俺、海藤瑠伊っていいます。瑠璃の瑠に、伊藤さんの伊って書いて、瑠伊。見て分かると思うけど、ハーフ。父親が日本人で、母親がフィンランド人なんだ。歳は今年十六になります」
“伊”の説明のところで“伊藤さん”と言ったのが面白くて、ふっと笑みがこぼれた。でもそれ以上に、聞き捨てならない部分があった。
「え、十六? それなら私と一緒だ」
「まじ? うわ、それはなんか、嬉しいな」
相好を崩した彼が、今まででいちばん、少年らしく照れたような表情になる。
その姿に、胸がきゅっと高鳴った。
私はいま、何を……。
出会ったばかりのハーフの少年が、自分にとってどんな存在なのかを考えて、胸に温かな灯火が宿った。
自転車を漕いで真白湖まで帰ってきた。地面にすり込まれた雨の匂いと土の匂いが混ざり合って、雨上がりの田舎道だと実感した。幸い雨が止んでいて、真白湖の水面も、朝とは違って凪いでいる。とはいえ、朝よりも確実に水嵩は増していて、梅雨の威力を思い知った。
ルイらしき人物を探すべく、自転車から降りて歩く。
キョロキョロと湖畔を見ながら自転車を押していると、一人の人物が目に留まった。
「え……あの人」
ブロンズの髪の少年が、私と同じように視線を泳がせて辺りを見回している。
もしかして、あの人がルイ……?
いやいや、それはないって。そんな偶然、あるわけない。
SNSで繋がった人物が、たまたま近所に住んでいて、しかも前に一度話したことがあるなんて。ないよ。出来すぎた物語だよ。
「いやあ、驚いた」
いつのまにか、少年が私のすぐ近くに歩いてきていることに気づいて、はっと目を凝らす。
「やっぱりきみが“ゆえ”だったんでしょ?」
「えっ」
彼の口から紡がれた事実に、今度は目を瞠る。
今、この人はなんて?
——きみが“ゆえ”だったんでしょ?
ゆえ、という名前を表に出しているのは学校と、SNSだけだ。目の前にいる少年のことを、私は学校で見たことがない。ということは、この人がやっぱり。
「ルイさん、ですか……?」
紺碧色の瞳に問うと、彼はしっかりと頷いてくれた。
「なんで……」
正直驚きすぎて、上手く言葉が出てこない。
だって、普通ありえないじゃない。前に一度たまたま会っただけの人とこうして再会するなんて。運命、という言葉が頭の中にちらつく。それから、断片的に見る未来の光景の中で、彼がニッと口を開けて笑っていた映像を思い出す。私は彼と、もしかしてこの先も関わることになるということ……?
「悪いけど俺も、ちょっと偶然が重なりすぎてびっくりしてるから、きみの疑問には答えられない」
「じゃあ、なんで真白湖に来てなんて言ったの? “ゆえ”が私のことだって知ってたんでしょう?」
「いや。そうかもしれないな、でもそんな偶然あるわけねえよな、って思いながら誘ったんだ。まあつまり、勘ってやつ」
「どうして」
私たちはたった一回、しかもほんのわずかな時間を共にしただけなのに。勘が鋭すぎやしないか。心で疑問に思っていることが顔に出てしまったのか、訝しげな私の視線を見て、彼はぽりぽりと頭を掻いた。
「ごめん、本当にその、勘なんだ。だからそんな怪しまないでほしい。間違ってもきみのことをストーキングしたとかじゃないから! ただ、この間初めて会った時に、なんかきみの心が、泣いてるような気がしたから」
「心が泣いてる……」
ルイと初めて会ったあの日は確か、被災した時の夢を見て、気持ちがナーバスになっていた。記憶障害を自覚したのもあの日だった。気づかないうちに、不安な気持ちが彼の前で、表情に表れていたのかもしれない。
「ああ。SNSでたまたま“ゆえ”ってやつのつぶやきを見て、あの時の女の子を思い浮かべた。一度考えたらさ、どうしてか分かんねえんだけど、“ゆえ”のつぶやきが全部、ここで会ったきみのものだって思うようになっちまってさ」
彼が心中を語る。湖畔で鳴いている鳥のキュインという声が、ずっと近くで聞こえるような気がした。
「違うかもしれないって思ったけど、“ゆえ”が苦しんでるのを見て、いてもたってもいられなくなって。だから、今日ここに呼んだ。俺の勘違いならきっと来てくれないだろうし、それならそれで、SNS上だけでの付き合いに留めるつもりだった。でもきみはこうして来てくれただろ」
学校で【助けて】とつぶやいたときのことを思い出す。
昨日受けた授業の記憶がなくなって、周りからの視線も痛くて、心が滝のように泣いていた。不安で不安でたまらなくて、誰でもいいから、この場所から救い出してほしいと思って。
そうしたらルイが——この人が、私を見つけてくれたんだ。
「だからきっとこれはもう運命だって。信じることにしたよ」
ニッと白い歯を見せて笑う。白い肌と紺碧色の瞳、ブロンズの髪が、おとぎばなしから飛び出してきた白馬に乗った王子様を思わせた。
「……ありがとう」
気がつけば、ぽろりと本音が漏れていた。
彼が驚いた目を私に向ける。もしルイが私に声をかけてくれなかったら、今頃私は家の中で引きこもって、一歩も動けなくなっていたかもしれないのだ。
「いや、お礼を言うのはこっちのほう。前にSNSで話したけど、俺も記憶喪失になってて、友達とか全然いなくてまいってたんだ」
「そっか。友達がいないのは……寂しいよね」
ルイはきっと、友達が欲しくても記憶を失っていてできないのだろう。私は自ら友達をつくらないので、似ているようで全然違う。だけど、同じ痛みを共有しているのは同じだった。
「あ、ごめん。そういえば名乗ってなかったよな。俺、海藤瑠伊っていいます。瑠璃の瑠に、伊藤さんの伊って書いて、瑠伊。見て分かると思うけど、ハーフ。父親が日本人で、母親がフィンランド人なんだ。歳は今年十六になります」
“伊”の説明のところで“伊藤さん”と言ったのが面白くて、ふっと笑みがこぼれた。でもそれ以上に、聞き捨てならない部分があった。
「え、十六? それなら私と一緒だ」
「まじ? うわ、それはなんか、嬉しいな」
相好を崩した彼が、今まででいちばん、少年らしく照れたような表情になる。
その姿に、胸がきゅっと高鳴った。
私はいま、何を……。
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