15 / 60
第二章 孤独じゃない叫び
2-7
しおりを挟む
「なあ、俺たち友達になったんだからさ、これからもちょくちょく会わない?」
「う、うん、もちろん」
「よっしゃー! うわ~なんかいいな。こういうの。俺さ、中学の頃の記憶がないって言ったじゃん。友達の記憶もないし、小学校の時からのダチはなんか疎遠になっちゃうしで、寂しかったんだよね」
「そっか。寂しい……そうだよね」
瑠伊の心中を想像すると確かにそうだよなと思わせられた。記憶がなくなって友達を失った彼と、震災で親友を失った自分を重ね合わせた。
「ああ。だから夕映と友達になれて嬉しい。さっきも言ったように、また会おうぜ。真白湖、よく来るんだろ?」
「うん。よく来るというか、この横が通学路なの」
「そうなんだ。じゃあちょうど良い。俺もここよく来るからさ」
ニッという爽やかな笑みを浮かべて楽しげに笑う。やっぱり、瑠伊が私と同じ記憶障害に悩まされているなんて思えないぐらい、彼は明るい人だなと感じた。
「とりあえず、LINE交換しない?」
「えっ……と」
「だめ? あ、もしかしてLINEやってないとかいう絶滅危惧種的なひと!?」
「それを言うなら天然記念物じゃない?」
「あ、そっか。ハハッ、俺って馬鹿じゃん」
こんなにも明るい「馬鹿」なら何人いたって構わない。そう思わせてくれる瑠伊は、話していて居心地が良かった。
だから……久しぶりに同級生とLINEを交換するのも、許してしまう自分がいた。
「はい」
彼に、自分のアカウントのQRコードを見せる。瑠伊は一瞬目を丸くしあと、「やった」と無邪気に笑ってその画像を読み込んだ。
LINEの画面上のトーク画面に「瑠伊」のアカウントが表示される。スタンプを送ってくれたらしい。「追加」ボタンを押して見てみると、黄色い鳥さんが「よろしく!」と羽を広げているスタンプだった。
「このプロフィール画像、もしかして瑠伊が描いたの?」
瑠伊のプロフィール画像は真白湖の風景の水彩画だった。
「お、よく気づいてくれたな。そうだよ。ちょっと前に描いたんだ」
「へえ、すごく上手……」
淡い繊細な色遣いが、真白湖の凪いだ水面を的確に表現している。その中を、すーっと泳いでいる水鳥が二匹。波紋は静かに丸みを帯びていて、空の青色が反射していた。
「褒めてくれて嬉しいな。自信作なんだ」
「本当にきれい。確か、手続き記憶、だっけ。身体で覚えたことは記憶喪失になっても忘れないっていう」
前に瑠伊がSNSでつぶやいていたことを思い出しながら聞いた。
「そうそう。手続き記憶。だからサッカーも絵を描くのも問題なくできる。なんかこういうの見つけると、ほっとするんだよな。過去の自分がちゃんと“いた”って感じられて」
過去の自分がちゃんと“いた”。
私はまだ、過去の一部を忘れているだけだから、彼のように特定の期間の記憶がすっぽり抜ける恐怖を味わっていない。けれど、記憶をなくしていく不安は十分理解している。一つでも身体が覚えていることがあれば嬉しいと思う気持ちはよく分かった。
「いつか……記憶、戻るといいね」
瑠伊が失ってしまった中学時代の記憶のことを思いながら、自然と言葉が漏れる。瑠伊は、眉を小さく下げて、泣いているような、笑っているような、どちらともつかない切なげな表情を浮かべた。見間違いかと思ったけれど、そうじゃなかった。ごしごしと目を擦り、再び彼に焦点を合わせると、そこにはもう翳りはなく、出会った時と変わらない明るい表情をした彼がいた。
「夕映の記憶も、原因とかなんでもいいから分かればいいな。とりあえず、まずは親御さんに話してみるところからだな」
「うん、頑張る」
本当のことを両親に打ち明けるのは怖いけれど。でも、こうして瑠伊が背中を押してくれるから、がぜん勇気が湧いた。
一年ぶりにできた私の友達。
“友達”という言葉を反芻するたびに胸が痛んでいたけれど、どういうわけか、瑠伊のことを“友達”だと認めた時には胸が痛くはならなかった。
きっと相手が、他ならない瑠伊だからに違いない。
「じゃあ俺、そろそろ帰るわ。暗くなってきたし、夕映も気をつけろよ」
「う、うん。また——連絡するね」
「おう」
ハイタッチするみたいに右手を挙げた瑠伊とお別れして、自転車に跨る。ペダルを蹴った瞬間、そういえば、とふと気づく。
「どこの高校に通ってるか、聞くの忘れてたな」
瑠伊は私服だったので、見た目だけではどの高校の生徒なのか判断がつかない。田舎とはいえ、この辺りの高校は一つではない。高校の名前ぐらい聞いておけば良かったな。
「まあ、次会ったときに聞けばいいか」
急ぐことはない。だって瑠伊と私はもう、友達なんだから。
「友達かぁ」
久しぶりの響きに、ドクンと心臓が跳ねる。
今度こそ、失いませんように。
無意識のうちにそう願っている自分がいる。失ってしまった優奈のことを考えるとまだ胸は震えるし泣きたくて仕方がないけれど。
でも、瑠伊となら、また一から友達として関係を築いていくのが嬉しいと思う自分がいた。
帰り道、横目にちらりと見た真白湖は、薄暗くなりつつある景色の中に溶けて、私自身もこの湖に一体化しているように感じられた。
「う、うん、もちろん」
「よっしゃー! うわ~なんかいいな。こういうの。俺さ、中学の頃の記憶がないって言ったじゃん。友達の記憶もないし、小学校の時からのダチはなんか疎遠になっちゃうしで、寂しかったんだよね」
「そっか。寂しい……そうだよね」
瑠伊の心中を想像すると確かにそうだよなと思わせられた。記憶がなくなって友達を失った彼と、震災で親友を失った自分を重ね合わせた。
「ああ。だから夕映と友達になれて嬉しい。さっきも言ったように、また会おうぜ。真白湖、よく来るんだろ?」
「うん。よく来るというか、この横が通学路なの」
「そうなんだ。じゃあちょうど良い。俺もここよく来るからさ」
ニッという爽やかな笑みを浮かべて楽しげに笑う。やっぱり、瑠伊が私と同じ記憶障害に悩まされているなんて思えないぐらい、彼は明るい人だなと感じた。
「とりあえず、LINE交換しない?」
「えっ……と」
「だめ? あ、もしかしてLINEやってないとかいう絶滅危惧種的なひと!?」
「それを言うなら天然記念物じゃない?」
「あ、そっか。ハハッ、俺って馬鹿じゃん」
こんなにも明るい「馬鹿」なら何人いたって構わない。そう思わせてくれる瑠伊は、話していて居心地が良かった。
だから……久しぶりに同級生とLINEを交換するのも、許してしまう自分がいた。
「はい」
彼に、自分のアカウントのQRコードを見せる。瑠伊は一瞬目を丸くしあと、「やった」と無邪気に笑ってその画像を読み込んだ。
LINEの画面上のトーク画面に「瑠伊」のアカウントが表示される。スタンプを送ってくれたらしい。「追加」ボタンを押して見てみると、黄色い鳥さんが「よろしく!」と羽を広げているスタンプだった。
「このプロフィール画像、もしかして瑠伊が描いたの?」
瑠伊のプロフィール画像は真白湖の風景の水彩画だった。
「お、よく気づいてくれたな。そうだよ。ちょっと前に描いたんだ」
「へえ、すごく上手……」
淡い繊細な色遣いが、真白湖の凪いだ水面を的確に表現している。その中を、すーっと泳いでいる水鳥が二匹。波紋は静かに丸みを帯びていて、空の青色が反射していた。
「褒めてくれて嬉しいな。自信作なんだ」
「本当にきれい。確か、手続き記憶、だっけ。身体で覚えたことは記憶喪失になっても忘れないっていう」
前に瑠伊がSNSでつぶやいていたことを思い出しながら聞いた。
「そうそう。手続き記憶。だからサッカーも絵を描くのも問題なくできる。なんかこういうの見つけると、ほっとするんだよな。過去の自分がちゃんと“いた”って感じられて」
過去の自分がちゃんと“いた”。
私はまだ、過去の一部を忘れているだけだから、彼のように特定の期間の記憶がすっぽり抜ける恐怖を味わっていない。けれど、記憶をなくしていく不安は十分理解している。一つでも身体が覚えていることがあれば嬉しいと思う気持ちはよく分かった。
「いつか……記憶、戻るといいね」
瑠伊が失ってしまった中学時代の記憶のことを思いながら、自然と言葉が漏れる。瑠伊は、眉を小さく下げて、泣いているような、笑っているような、どちらともつかない切なげな表情を浮かべた。見間違いかと思ったけれど、そうじゃなかった。ごしごしと目を擦り、再び彼に焦点を合わせると、そこにはもう翳りはなく、出会った時と変わらない明るい表情をした彼がいた。
「夕映の記憶も、原因とかなんでもいいから分かればいいな。とりあえず、まずは親御さんに話してみるところからだな」
「うん、頑張る」
本当のことを両親に打ち明けるのは怖いけれど。でも、こうして瑠伊が背中を押してくれるから、がぜん勇気が湧いた。
一年ぶりにできた私の友達。
“友達”という言葉を反芻するたびに胸が痛んでいたけれど、どういうわけか、瑠伊のことを“友達”だと認めた時には胸が痛くはならなかった。
きっと相手が、他ならない瑠伊だからに違いない。
「じゃあ俺、そろそろ帰るわ。暗くなってきたし、夕映も気をつけろよ」
「う、うん。また——連絡するね」
「おう」
ハイタッチするみたいに右手を挙げた瑠伊とお別れして、自転車に跨る。ペダルを蹴った瞬間、そういえば、とふと気づく。
「どこの高校に通ってるか、聞くの忘れてたな」
瑠伊は私服だったので、見た目だけではどの高校の生徒なのか判断がつかない。田舎とはいえ、この辺りの高校は一つではない。高校の名前ぐらい聞いておけば良かったな。
「まあ、次会ったときに聞けばいいか」
急ぐことはない。だって瑠伊と私はもう、友達なんだから。
「友達かぁ」
久しぶりの響きに、ドクンと心臓が跳ねる。
今度こそ、失いませんように。
無意識のうちにそう願っている自分がいる。失ってしまった優奈のことを考えるとまだ胸は震えるし泣きたくて仕方がないけれど。
でも、瑠伊となら、また一から友達として関係を築いていくのが嬉しいと思う自分がいた。
帰り道、横目にちらりと見た真白湖は、薄暗くなりつつある景色の中に溶けて、私自身もこの湖に一体化しているように感じられた。
2
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなパン屋の恋物語
あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。
毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。
一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。
いつもの日常。
いつものルーチンワーク。
◆小さなパン屋minamiのオーナー◆
南部琴葉(ナンブコトハ) 25
早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。
自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。
この先もずっと仕事人間なんだろう。
別にそれで構わない。
そんな風に思っていた。
◆早瀬設計事務所 副社長◆
早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27
二人の出会いはたったひとつのパンだった。
**********
作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―
コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー!
愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は?
――――――――
※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
負けヒロインに花束を!
遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。
葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。
その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。
Husband's secret (夫の秘密)
設楽理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる