64 / 80
第五章 虚の瞳
一番知ってるのは
しおりを挟む
私は一瞬、菜々の言っていることが分からずにフリーズしてしまう。翔がネグレクトを受けていた——その話は昨日、私が本人の口から聞いたことだ。どうして菜々が知ってるんだろう。私が目を瞬かせていたからか、菜々は「もしかして」と続ける。
「朝香、最後まで記事読んでないの? 翔の過去が、全部晒されてる」
「え——」
菜々に言われて言葉を失う。翔の過去が? どうしてそんなこと——。
考えるまでもなかった。Aisaだ。翔の話によると、彼女は探偵を雇って翔の生い立ちや私のことを調べ上げたはずだと言っていた。彼女が翔の人生について、リークしたのだ。すべては翔の愛が手に入らなかった腹いせのために。
「そんな……あんまりだよ」
菜々の言う「記事の続き」を読む気にはならなかった。読まなくても、そこに何が書かれているかは知っている。菜々の悲痛な表情を見るに、相当むごいことまで詳細に記されていたんだろう。見たくない。翔の過去を、誰かの口から語られた言葉など、目にしたくない。
「ねえ、翔、大丈夫かな……?」
心配そうな菜々のまなざしには、純粋に友達のことを気遣う優しさが垣間見えた。良かった。菜々は翔の過去を知っても、変わらずに翔と友達でいてくれるつもりだ。それだけで、いくらか気持ちが落ち着いた。
「大丈夫かどうかは、分からない。今朝翔に連絡を入れようとしたんだけど、繋がらなくて」
「朝香も? 私も同じだった。朝香なら何か知ってるんじゃないかって思ってここに来たんだけど、ダメかー。記事が出たばかりだし、今はそっとしておいたほうがいいかもね」
そっとしておいたほうがいい。
菜々の言うことはもっともかもしれない。翔は今、誰からの慰めの言葉も聞きたくないと思っているだろう。火事が収まるのを待って、ほとぼりが冷めた頃に、また連絡をくれるかもしれない。あまりこちらから強引に接するべきではない。私なら多分、今は放っておいてほしいと思うだろうから。
「翔のこと心配だけど、菜々の言う通りこっちからできることはないかもしれない。翔のことだから、今は落ち込んでても時間が経てば、ひょこっとまた顔を出しに来るかもしれないし」
「そうであることを祈るしかないね。朝香、もし翔から連絡があったら私にも教えて。隼人も相当心配してたからさ」
「うん、もちろん。わざわざ来てくれてありがとう」
胸のざわめきはまだ全然収まらない。けれど、菜々と話したことで少し気分が和らいだのは事実だ。
「翔のこと、一番よく知ってるのは朝香だから。頼んだよ」
「うん」
菜々が私を見つめて、力強く頷く。そうだ。三人の中では私が一番翔のことを知っているはず。別れてから十年の翔は知らないけれど、少なくとも、青春時代に翔と最も長い時間を過ごしたのは私なんだ。
「朝香、最後まで記事読んでないの? 翔の過去が、全部晒されてる」
「え——」
菜々に言われて言葉を失う。翔の過去が? どうしてそんなこと——。
考えるまでもなかった。Aisaだ。翔の話によると、彼女は探偵を雇って翔の生い立ちや私のことを調べ上げたはずだと言っていた。彼女が翔の人生について、リークしたのだ。すべては翔の愛が手に入らなかった腹いせのために。
「そんな……あんまりだよ」
菜々の言う「記事の続き」を読む気にはならなかった。読まなくても、そこに何が書かれているかは知っている。菜々の悲痛な表情を見るに、相当むごいことまで詳細に記されていたんだろう。見たくない。翔の過去を、誰かの口から語られた言葉など、目にしたくない。
「ねえ、翔、大丈夫かな……?」
心配そうな菜々のまなざしには、純粋に友達のことを気遣う優しさが垣間見えた。良かった。菜々は翔の過去を知っても、変わらずに翔と友達でいてくれるつもりだ。それだけで、いくらか気持ちが落ち着いた。
「大丈夫かどうかは、分からない。今朝翔に連絡を入れようとしたんだけど、繋がらなくて」
「朝香も? 私も同じだった。朝香なら何か知ってるんじゃないかって思ってここに来たんだけど、ダメかー。記事が出たばかりだし、今はそっとしておいたほうがいいかもね」
そっとしておいたほうがいい。
菜々の言うことはもっともかもしれない。翔は今、誰からの慰めの言葉も聞きたくないと思っているだろう。火事が収まるのを待って、ほとぼりが冷めた頃に、また連絡をくれるかもしれない。あまりこちらから強引に接するべきではない。私なら多分、今は放っておいてほしいと思うだろうから。
「翔のこと心配だけど、菜々の言う通りこっちからできることはないかもしれない。翔のことだから、今は落ち込んでても時間が経てば、ひょこっとまた顔を出しに来るかもしれないし」
「そうであることを祈るしかないね。朝香、もし翔から連絡があったら私にも教えて。隼人も相当心配してたからさ」
「うん、もちろん。わざわざ来てくれてありがとう」
胸のざわめきはまだ全然収まらない。けれど、菜々と話したことで少し気分が和らいだのは事実だ。
「翔のこと、一番よく知ってるのは朝香だから。頼んだよ」
「うん」
菜々が私を見つめて、力強く頷く。そうだ。三人の中では私が一番翔のことを知っているはず。別れてから十年の翔は知らないけれど、少なくとも、青春時代に翔と最も長い時間を過ごしたのは私なんだ。
0
あなたにおすすめの小説
夢幻の飛鳥2~うつし世の結びつき~
藍原 由麗
歴史・時代
稚沙と椋毘登の2人は、彼女の提案で歌垣に参加するため海石榴市を訪れる。
そしてその歌垣の後、2人で歩いていた時である。
椋毘登が稚沙に、彼が以前から時々見ていた不思議な夢の話をする。
その夢の中では、毎回見知らぬ一人の青年が現れ、自身に何かを訴えかけてくるとのこと。
だが椋毘登は稚沙に、このことは気にするなと言ってくる。
そして椋毘登が稚沙にそんな話をしている時である。2人の前に突然、蘇我のもう一人の実力者である境部臣摩理勢が現れた。
蘇我一族内での権力闘争や、仏教建立の行方。そして椋毘登が見た夢の真相とは?
大王に仕える女官の少女と、蘇我一族の青年のその後の物語……
「夢幻の飛鳥~いにしえの記憶」の続編になる、日本和風ファンタジー!
※また前作同様に、話をスムーズに進める為、もう少し先の年代に近い生活感や、物を使用しております。
※ 法興寺→飛鳥寺の名前に変更しました。両方とも同じ寺の名前です。
神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―
コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー!
愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は?
――――――――
※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!
Husband's secret (夫の秘密)
設楽理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
Emerald
藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。
叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。
自分にとっては完全に新しい場所。
しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。
仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。
〜main cast〜
結城美咲(Yuki Misaki)
黒瀬 悠(Kurose Haruka)
※作中の地名、団体名は架空のものです。
※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。
※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。
ポリン先生の作品はこちら↓
https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911
https://www.comico.jp/challenge/comic/33031
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる