恋人同盟〜モテる二人のこじらせ恋愛事情〜

葉月 まい

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テレビの取材

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「おはようございます!私は今、本格派テーマパーク『グレイスフル ワールド』に来ています!」

4月下旬の早朝7時。
開園前のテーマパークに、可愛らしい女性アナウンサーの声が響く。

(すごいなあ。こんな朝早くからメイクもバッチリ、滑舌も完璧)

めぐは隣で感心しつつ、カメラに向かって笑顔を作っていた。

「外国の街並みを忠実に再現し、世界旅行気分を味わえると大人に大人気のテーマパーク『グレイスフル ワールド』に、新たなアトラクションがオープンします。場所はここ、北米エリアのカナダです」

そう言うと女性アナウンサーは、めぐの方に身体の向きを変える。

「早速お話をうかがってみましょう。広報課の雪村めぐさんと氷室げんさんです。よろしくお願いします」

めぐは弦と一緒に「よろしくお願いします」と声を揃えた。

「雪村さん、まずは新しいアトラクションの名前から教えてください」

マイクを向けられて、めぐはリハーサル通りのセリフを話し始める。

「はい。北米エリアのカナダに本日オープンする新しいアトラクションの名前は、『ウォーターフォール』です」
「どんなアトラクションなのでしょうか?氷室さん、お願いします」

今度は弦が口を開いた。

「カナダといえば、思い浮かぶのは雄大な自然ですよね。このアトラクションではオーロラや山脈、そしてもちろんナイアガラの滝もリアルに感じていただけます。日本にいながらカナダの大自然を肌で感じてみてください」
「ありがとうございます。早速これから私もお二人と一緒に体験してみたいと思います。楽しみですね。それでは、行ってきます!」

はい、カットー!とスタッフの声がかかり、一旦カメラが止められた。
次の瞬間、グーッとめぐのお腹が鳴る。

「でっかい音だな、めぐ。朝メシ食ってないのかよ?」

弦が呆れたように声をかけた。

「だってギリギリまで寝てたんだもん。5時起きだよ?もう起きるだけで精いっぱい」
「やれやれ。カメラ止まったあとで良かったな。あやうくNGになるとこだったぞ」
「ほんとだよね。ナイスタイミング!」

右手でガッツポーズをしながら、めぐは弦とアトラクションの乗り場に向かう。
アナウンサーやカメラマンと一緒に、今日オープンする「ウォーターフォール」を一足早く体験することになっていた。

最前列にアナウンサーとハンディカメラを持ったカメラマン、その後ろの列にめぐと弦が乗り込んだ。
安全バーが肩からしっかりと下ろされる。

「ではカメラ回りまーす。よーい、スタート!」

合図のあと、4人が乗ったゴンドラはゆっくりと動き始めた。
トンネルを抜けた先には、カナダの風景が美しく広がっている。
メープル街道や山脈、湖にオーロラ……。
めぐは弦と一緒にうっとりと見とれた。

「わあ、綺麗だね」
「ああ、想像以上にリアルだな」

前列のアナウンサーが「とっても素敵です!」と興奮気味に話すのをカメラが捉えている。

「なんて壮大なの、まさに大自然。ひゃー、オーロラ!すごい、手が届きそう」

めぐは思わず手を伸ばしてはしゃいだ声を上げた。
やがて美しいオーロラの下をくぐり抜けると、ザーッという水の音と共に視界が開ける。
目の前に空が広がり、めぐは「えっ!」と固まった。

「ひ、氷室くん!」

隣の弦の服をガシッと掴む。

「なになになに?これからどうなるの?」
「ん?カナダときたらナイアガラの滝だからな。ラストの目玉は、左右の水しぶきの中を垂直落下!って、お前資料読んでないの?」
「知らない。こんなの聞いてない」
「108メートルの高さからストレートドロップ!って、あれ?そういえば、めぐって絶叫マシン苦手じゃなかったっけ?」

めぐは半泣きになりながら、顔を引きつらせてコクコクと頷く。

「おまっ、大丈夫かよ!?」
「無理無理無理ー!助けて、降ろして!」

弦の腕をガシッと掴み、めぐは必死に懇願する。
が、その間もゴンドラは進み続け、遂にレールの先端に達した。

空にせり出したゴンドラに、めぐは顔面蒼白になる。

「氷室くん、怖い!」
「めぐ。手、貸せ」

弦はめぐの手を取り、指と指を絡めてギュッと握りしめた。
次の瞬間ガコンと音がして、ゴンドラは一気に地上へと急降下する。

「イヤーーー!!」

空を切り裂くように、めぐの絶叫が響き渡る。
胃が浮くような感覚に耐えながら、めぐは弦と繋いだ手を力いっぱいねじり上げた。

「イテッ!やめろ、めぐ!」
「無理!ヒーー、怖いーー!!」

渾身の力で弦の手を握りしめていると、スッとスピードが緩んでゴンドラは無事に地上に着いた。

「あー、マジで痛かった」

顔をしかめる弦の隣で、めぐはピクリとも動けない。
ゴンドラが完全に止まっても呆然としたままだった。

「めぐ?ほら、降りるぞ」

弦に身体を支えられ、めぐはなんとかゴンドラから降りた。
アトラクションの出口で待ち構えていたテレビクルーの前に並び、アナウンサーと一緒に最後のセリフで締める。

「まさにカナダの風景を存分に堪能出来るアトラクションでした。ナイアガラの滝、すごい迫力でしたね!」

アナウンサーに話を振られても、めぐは笑顔を浮かべるだけで何も考えられない。
見かねた弦が口を開いた。

「カナダの壮大な自然を味わい、ラストはスリルと興奮を体感出来るアトラクションです。『ウォーターフォール』を皆様もぜひお楽しみください。お待ちしております」
「私も何度でも乗りたくなりました。新アトラクション『ウォーターフォール』は本日オープンです。皆様、どうぞ『グレイスフル ワールド』にお越しください。雪村さん、氷室さん、本日はありがとうございました」

ありがとうございました、とめぐはかろうじて頭を下げる。

「カット!はい、OKです」

その声を聞き終わると、めぐの意識はスーッと遠のいた。



「……めぐ?大丈夫か?」

ぼんやりとした視界に弦の心配そうな顔が浮かぶ。

「氷室、くん?」
「気がついたか。気分は?」
「うん、あの……。お腹空いた」
「はあー?お前な、人が心配してやってんのに」

徐々にはっきりと周りの様子が見えてきて、めぐは辺りを見渡した。
殺風景な白い壁とカーテンで仕切られたスペース。
どうやら簡易ベッドに寝かされているようだった。
弦はベッドのすぐ横のパイプ椅子に座っている。

「ここって、救護室?」
「ああ。覚えてないか?お前テレビのロケのあと倒れたんだ」
「あー、思い出した。早起きして貧血気味だったのに、朝ご飯も食べずにアトラクション乗ったから」
「うん。なんとか撮影は終わったから良かったけど、お前はもう少しここで寝てろ。課長には俺が話しておく」
「ありがとう、氷室くん。あの、もう一つお願いしていい?」

か弱い声で尋ねるめぐに、弦は「なに?」と顔を寄せる。

「……食べ物、ちょうだい」

途端に弦はガクッとこうべを垂れた。

「お前なあ、しおらしく弱っててなかなか可愛いじゃねえかと思ってたのに。色気より食い気かよ」
「だってお腹が減って、力が出ないんだもん」
「はいはい。じゃあアンパンでも買って来るよ。待ってろ」
「うん、ありがとう」

弦が出て行くと、救護室に常勤している30代のナースが様子を見に来た。

「雪村さん、具合はどう?」
「はい、もう大丈夫です」
「でもまだ顔色が悪いわね。起き上がったら危ないわ。しばらくここでゆっくり休んでて」
「すみません、ご迷惑をおかけして」
「ううん、全然。それにしても氷室さん、めちゃくちゃかっこ良かったわよ」

え?と、めぐは首を傾げる。

「ぐったりしたあなたをお姫様抱っこで運んで来たのよ。『貧血で倒れた。すぐにベッドへ』って言ってね」
「そうでしたか」
「もうね、ドラマのワンシーンみたいだったわよ。だってお二人とも美男美女でしょ?イケメンが美女を抱いて現れたから、あれ?これもテレビのロケなのかしらって一瞬思っちゃった。雪村さん、撮影の最後までがんばって、OK出た途端に倒れたって氷室さんが言ってたわ。プロ根性ね」
「いえいえ、そんな。単に絶叫マシンが苦手なだけなんです。お恥ずかしい」

その時パンと飲み物を手にした弦が戻って来た。

「めぐ、身体起こせるか?」
「うん、大丈夫」
「ゆっくりな」

弦がめぐの背中に手を添えて、少しずつ上半身を起こす。
一瞬視界が白くなり、めぐはギュッと目を閉じた。

「大丈夫か?めぐ」
「うん、もう平気。ごめんね、氷室くん。色々迷惑かけちゃって」
「気にするな。じゃあ俺はそろそろ戻るから。あとでまた様子見に来る。ゆっくり寝てろよ」
「ありがとう」

弦はめぐに頷くと、ナースに「よろしくお願いします」と頭を下げてから救護室を出て行った。
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