恋人同盟〜モテる二人のこじらせ恋愛事情〜

葉月 まい

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恋人同盟の終わり

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「……おはようございます」

朝が来て、事務所に現れためぐはご機嫌ななめだった。

「おはよう、敗者めぐくん。よく眠れたかい?」

嫌味っぽくそう言う弦に、あからさまに拗ねた顔をする。

「せっかく誕生日のお祝いだったのに」
「そんな顔するなって。充分祝ってもらったよ。ありがとな、めぐ」

めぐは仏頂面のまま頷いた。

「それとさ、今夜食べに行かないか?辻褄合わせの会」
「え?いいけど。あ、誕生日プレゼントの話とか?」
「うん、まあそんなとこかな。じゃあ夜にな」
「分かった」

今日は環奈がオフの日で、弦の誕生日プレゼントに何を贈ったのかを聞かれることもない。
夕方になるとキャナルガーデンに行き、ランタンフェスティバルを手伝った。
SNS効果もあってか昨日よりも更に賑わいを増し、夜空を彩るたくさんのランタンにめぐはまたうっとりと見とれる。
定時を過ぎると、めぐと弦は一緒に事務所を出ていつもの居酒屋に向かった。



「それでは、今日もお疲れ様。乾杯!」

ビールで乾杯すると、めぐはお気に入りの品を次々と注文した。

「ホッケの塩焼きと明太子入り卵焼き、つくね串とねぎ焼きと味噌田楽、あとは……」
「めぐ、あのさ。俺の前ではいいけど他の男の前ではちょっと控えろよ」
「え?なにを?」
「その食欲全開パワーで見境なくオーダーするの」
「別に他の男の人と食事に行かないからいいじゃない」

すると弦はジョッキをテーブルに置き、真剣な顔で切り出した。

「めぐ。俺、好きな人が出来た」

え……と驚いためぐは、みるみるうちに意気消沈した。

「そ、そっか。そうなんだね、おめでとう!」
「いや、まだつき合ってない。気になる相手が出来たってだけ」
「ああ、なるほど。でも氷室くんに告白されたら、きっとお相手の人も喜んでOKするよ」
「どうだろ?そんなに上手くいくとは思えないけどな」
「大丈夫だよ。上手くいくように私も願ってるね」
「ありがとう。そういう訳で『恋人同盟』はおしまいだ」

めぐはハッとした表情を浮かべてから小さく頷く。

「うん、そうだよね。今まで本当にありがとう、氷室くん。これからは単なる同僚としてよろしくね」
「こちらこそ。じゃあ、めぐ。そのブルースターのネックレス、預かる」

え!とめぐは目を見開いた。
思わず隠すように、両手で胸元のネックレスに手をやる。

「あの、これを?」
「ああ、返してほしい」
「そ、そうだよね。彼女はいい気がしないもんね。分かった」

自分に言い聞かせると、めぐは両手を首の後ろに回す。
外そうとすると、かすかに手が震えた。

「ごめん、待ってね。すぐ外すから」

必死に気持ちを落ち着かせながら、震える手でなんとか留め具を外した。
スルッと首元を滑ったネックレスを右手で握りしめると、めぐはゆっくりと弦に差し出す。

「はい、これ」
「ああ」

受け取ろうと手を伸ばした弦は、めぐの手を思わず握りしめた。

「めぐ?大丈夫か?」
「うん、大丈夫」

サラリと弦の手のひらにネックレスを載せて、めぐは無理やり笑ってみせる。

「氷室くんが処分してね」
「……分かった」
「じゃあ、食べたらすぐ解散にしよう。辻褄合わせの会も今日でおしまいね」
「そうだな」

テーブルに並ぶ料理を、めぐは急いで食べる。
美味しいはずなのに何も味がしない。
気を抜けば涙がこぼれそうで、めぐは黙々と食べていた。



「おはようございまーす」

次の日、いつものように元気に出社して来た環奈に、めぐと弦も「おはよう」と顔を上げる。

「氷室さん、雪村さんと素敵なバースデーを過ごせましたか?」

なにげなくそう言う環奈に、めぐが口を開いた。

「環奈ちゃん、実は私達別れたの」

えっ!と環奈は驚いたまま固まる。

「私と氷室くんはこれからは単なる同僚だから、よろしくね。って、あれ?」

環奈に話していたはずだが、他の社員もピタリと動きを止めてこちらを見ているのに気づき、めぐはキョトンとする。

「あの、皆さんどうかしましたか?」

見渡しながら声をかけると、皆一様に「ああ、別に」と視線を落とした。

なんだろう?と首をひねっていると、環奈が目を潤ませてめぐと弦を交互に見る。

「私、寂しいです。雪村さんと氷室さんはとってもお似合いのカップルで、私の憧れだったから」
「そう、ありがとう環奈ちゃん。これからも変わらず仲良くしてくれると嬉しい」
「それはもちろんです!でも、悲しくて……。ごめんなさい。私が泣いていい立場じゃないですよね」
「ううん、そんなことない。ごめんね、悲しませて」
「謝らないでください。私の方こそごめんなさい。雪村さんを励ましたいのに、どうしても涙が……」

めぐは手を伸ばして環奈の頭をポンポンとなでる。
恋人同士だと嘘をついていたことが心苦しくなった。

「ありがとう。じゃあ、ランチ一緒につき合ってくれる?」
「はい!もちろん」
「楽しみにしてる。さて、仕事しようか」

明るく振る舞うめぐに、隣の席で弦はギュッと眉根を寄せながら唇を噛みしめていた。



「雪村さん、あの、ずっと前からいいなって思ってて。よかったら食事でも行きませんか?」

お昼休みの社員食堂で、めぐは環奈と一緒にランチを食べていた。
だがその合間にこうやって何度も声をかけられる。

「すみません。ご期待に沿えなくて」
「じゃあ、せめて連絡先だけでも……」
「それもごめんなさい。食事に戻ってもいいですか?」
「はい、すみません」

すごすごと去って行く男性の後ろ姿を見ながら、環奈が「5人目」と呟く。

「すごいですね、次から次へと」
「ごめんね、環奈ちゃん。落ち着いて食べられなくて。いつもはこんなことないのに、今日はどうしたんだろう?」
「それはまあ、雪村さんが氷室さんと別れたからですね。あっという間に噂が広まったんだと思いますよ。氷室さんも、今日は色んな女子に声をかけられてるみたいですから」
「ああ、なるほど」

朝、環奈に話していたつもりが周りもシンと静まり返り、皆が耳を傾けていたことを思い出す。

(今までは氷室くんに守られてたんだな、私。でもこれ以上お世話になる訳にはいかない。氷室くんがやっと好きな人を見つけられたんだもん。上手くいくように応援したい。邪魔にならないようにしなきゃ)

そう思い、めぐは出来るだけ弦を避けるようになった。
仕事上の必要な会話しかしない。
それもこれまでのような軽い口調は封印し、あくまでも淡々と話すだけ。

仕事の合間に何人もの男性に「お食事でも」と声をかけられるが、ごめんなさいと断り続ける。
そんな毎日にいつしかめぐから笑顔が消え、表情も暗くなる。
弦は隣の席から横目でめぐの様子をうかがい、デスクの下で拳を握りしめた。
なんとかしたい。
こんなめぐは見たくない。
けれどそうさせたのは自分で、あの時はそうするしかなかったのだ。
めぐが素敵な恋愛を出来るように。
ただその想いだったのに……。

今さら引き返せない。
めぐが、声をかけてくる男性に少しでも気持ちを向けてくれるのを待つしかない。
弦は唇を引き結んでグッと自分の感情を押し殺した。



8月31日。
ランタンフェスティバル最終日を迎えた。

日を追うごとに参加希望者が増え、ここ10日間は朝から整理券を配布するほど好評を博していた。
最終日はフィナーレということで、ランタンのリリースに合わせてレーザーショーも行われることになっている。

日が暮れると、めぐと弦は取材と手伝いの為にキャナルガーデンに向かった。
めぐは笑顔で小さな子ども達にランタン作りをレクチャーし、自分もランタンを作る。
時間になるとクルーザーの乗り場に移動して、ゲストと一緒に乗り込んだ。

照明を落としたキャナルガーデンに、ゆっくりとクルーザーが進んでいく。
いつもはアナウンスの声だけだが、今夜はレーザーが華やかに宙を照らし、音楽と共に雰囲気を盛り上げる。

「いよいよランタンフェスティバルのフィナーレです。オレンジ色に輝くたくさんのランタンが、夜空に浮かび上がります。皆様の願いが叶いますように……。それではまいりましょう。3、2、1、リリース!」

ランタンが一斉に夜空に舞い上がり、わあっ!と歓声が上がる。
めぐも手にしていたランタンを、そっと浮かび上がらせた。
何気なくランタンを目で追った弦はハッとする。
めぐのランタンには、小さな花の絵が描かれていた。
あれはきっと、そう。
ブルースターに違いない。

弦は再び隣にいるめぐに視線を移す。
舞い上がるランタンを見つめて微笑むその横顔は優しく清らかで、切なさや寂しさ、様々なめぐの気持ちが感じ取れた。

(めぐ……)

思わず手を伸ばし、大丈夫だと抱きしめたくなる。
いつもみたいに笑ってほしい。
明るいめぐに戻ってほしい。

めぐの幸せを願って「恋人同盟」を解消した。
だが今になって、後悔の念が押し寄せてくる。

(自分でも気づかなかった。俺はいつの間にかこんなにも、めぐのことが好きだったんだ)

恋人のフリをしていたから勘違いをしたのではない。
めぐと離れてみて、ようやくめぐへの気持ちを思い知った。

だがやはり「恋人同盟」は解消して良かったのだ。
あのままズルズルと、なし崩し的に告白するのはどこか卑怯だ。
一度離れて他の男性と同じ立ち位置に戻ったあと、改めて気持ちを伝えるべきだから。

そうだ、これから告白しよう。
真剣に想いを伝えよう。
そしてあのブルースターのネックレスをめぐに返そう。
自宅にしまってある、めぐの大切な宝物を。

弦はそう心に決めると、めぐと肩を並べて美しいランタンを見上げていた。



「雪村さん、氷室さん」
「長谷部さん!」

クルーザーを降りて広報用の写真を遠目に撮っていると、後ろから長谷部に声をかけられた。

「お疲れ様です。取材ですか?もしよかったら、ホテルの最上階から撮影してはどうでしょう」
「え、よろしいのでしょうか?」

めぐが控えめに尋ねると、長谷部は穏やかに笑った。

「もちろん。ご案内しますよ」
「はい、ありがとうございます」

めぐは弦と一緒に長谷部のあとをついて行く。
エレベーターで最上階の7階に着くと長谷部は廊下を進み、中央の談話スペースで立ち止まった。

「こちらがちょうど正面になると思います。窓はほんの少しだけなら開くので」

そう言うとガラス窓のレバーを押して角度をつける。

「ここから撮影出来ますか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

弦がお礼を言って窓に近づき、隙間から空に浮かぶランタンの写真を撮る。

「本当に綺麗ですよね、このランタン」

弦の隣で長谷部がめぐに話しかけた。

「はい、とっても。今夜で終わりだなんて寂しいです。フェスティバルの期間中、このランタンにはすごく癒やされましたから」

しんみりとした口調のめぐに、長谷部は思案してから尋ねる。

「雪村さん、何かありましたか?」
「え?どうしてですか?」

めぐは長谷部に首を傾げてみせた。

「いえ、あの。なんだか少し元気がないような気がして……」
「そうでしょうか」

そう言ってめぐは再びランタンに目を向ける。

「私、本当に寂しくて。毎晩このランタンに励まされたので、明日からもう見られないのかと思うと……」

めぐの呟きに、弦はギュッと胸が締めつけられる。
思わず歩み寄って抱きしめたくなった時、ふいに長谷部がめぐに向き直った。

「雪村さん、今夜ひと部屋ホテルに空きがあるんです。どうぞ泊まっていってください」

ええ!?とめぐは驚きの声を上げる。

「客室から心ゆくまでランタンを眺めてください」
「でも……。これから宿泊をご希望のゲストがいらっしゃるかもしれませんし」
「雪村さんだって、立派なホテルのゲストです。雪村さんに泊まっていただけたら、客室もランタンも喜びますよ」

めぐは一瞬ぽかんとしたあと、クスッと笑う。

「やっぱり長谷部さん、ロマンチストですね」
「そうかな?普通ですよ」
「ふふ、自覚がないところが素敵です」
「否定したいけど、あなたが笑ってくれたからそういうことにしておきます」

え?とめぐが聞き返すが、長谷部は気にせず弦にも声をかけた。

「氷室さんもご一緒にどうぞ。ダブルのお部屋ですから」

それを聞いてめぐは慌てて口を開いた。

「長谷部さん、私達つき合ってないんです」
「えっ!そうでしたか。私はてっきり……」
「なので、よろしければ私だけ泊まらせていただいても構いませんか?」
「それはもちろん」
「ありがとうございます。では勤務後にまた参ります」
「はい。フロントでお待ちしております」

長谷部に見送られて、めぐは弦と一緒に事務所へと歩き出した。

「あ、ごめん。私、気が利かなかったね。もし氷室くんが泊まりたければ、好きな人誘って泊まる?」

歩きながらそう聞いてくるめぐに、弦は固い表情で首を振る。

「いや、めぐが泊まってくれ」
「そう?私のことは気にしなくていいよ」
「俺、その人のこと誘えないから」
「え、でも……。絶好のチャンスだと思うよ?泊まらなくても、お部屋からランタンを見ようって。あ、それもなんか女の子は警戒しちゃうかな」
「ああ。だからめぐに泊まってほしい」
「そっか。じゃあ、お言葉に甘えて。ランタンに見とれて眠れないかもなあ。明日寝不足で使い物にならないように気をつけなきゃ」

そう言って笑ってみせるめぐは、明らかに無理をしている。
それが分かって弦はまた胸が痛んだ。
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