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未来永劫の夫婦同盟
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「おはようございます。チェックアウトをお願いします」
翌朝。
めぐと弦は一緒にフロントに向かった。
長谷部の前に並んで立つと、長谷部はめぐが抱えたバラの花束と左手の薬指を見て笑顔になる。
「おめでとうございます、雪村さん、氷室さん」
「ありがとうございます、長谷部さん」
弦は改めて、長谷部の気遣いにも感謝した。
「長谷部さん。色々と手配してくださってありがとうございました」
「いいえ。お客様の人生にほんの少しでも寄り添えたのなら、ホテルマンとしてこの上なく幸せなことですから」
「はい、長谷部さんのお蔭です。本当にありがとうございました」
「良かったですね、雪村さんも氷室さんも。どうぞ末永くお幸せに」
そう言って微笑んでから、長谷部はやおらパンフレットを取り出した。
ん?と、めぐも弦も視線を落とす。
それはめぐが表紙を飾るホテルのブライダルパンフレットだった。
「結婚式はぜひ当ホテルで!お待ちしております」
「……はい?」
ポカンとしてから、めぐも弦も同時に笑い出す。
「長谷部さん、さすがです」
「これでも仕事が出来る男を自負しておりますので」
「確かに。バリバリのやり手でいらっしゃいますよ」
「ブライダルフェアは毎週末行っております。どうぞお二人揃ってお越しくださいませ」
そこまで言われてはたまらない。
めぐも弦も、はいと返事をしてホテルをあとにした。
◇
更衣室でオフィススーツに着替えてから事務所に行くと、環奈がソワソワと待ち構えていた。
「環奈ちゃん、おはよう」
「雪村さん、おはようござ……、きゃー!指輪」
環奈はめぐの左手を見るなり、目を見開いて頬に手を当てる。
「すっごい、素敵!ってことは、おめでとうございます!」
「ありがとう、環奈ちゃん」
「ああ、良かったなあ。雪村さんと氷室さんがついに!私も自分のことみたいに嬉しいです。すごくヤキモキしたんですからね?コジコジのジレジレだったお二人に」
「環奈ちゃんには色々お世話になりました。ありがとね、私が辛い時に励ましてくれて」
「でも本当に良かったです。私、ちょっと落ち込んでたんですけど、一気に嬉しくなりました」
え?とめぐは首をひねる。
「環奈ちゃん、何かあったの?」
「それが、実は……」
そう言って環奈は声を潜めた。
「私、人事異動で営業課に異動になるんです。産休で抜けた人の代わりに」
「ええ?そんな、いつ?」
「来月からです」
「来月?あと2週間後じゃない」
「はい。もう雪村さんとこうして一緒にお仕事出来なくなるのかと思うと、心細くて……」
驚きつつ、めぐも寂しさに表情を曇らせる。
けれど環奈を前に、自分が気弱になってはいけない。
「環奈ちゃん、いつでもまた会えるよ。社員食堂で一緒にランチしよう?それに営業課の人達もいい人ばかりだし」
「そうなんですけど、やっぱり不安で」
「営業課って、がんばり次第で手当てがグーンとアップするよ。環奈ちゃんなら絶対上手くいくから」
「そんな。何を根拠に?」
「だってバームブラックの占いがよく当たるから」
バームブラック、と環奈は考えを巡らせる。
「そっか!指輪が出た雪村さんが結婚することになったんですもんね。私の金運アップって、営業成績がいいってこと?」
「絶対そうよ。それにね、氷室くんも指輪が出たんだよ」
「そうなんですか?それはもう百発百中!」
「でしょ?環奈ちゃんも絶対当たるよ」
「はい!バリバリ稼いじゃいますよー」
「ふふっ、うん!エステもおしゃれも思う存分出来て、彼とのデートも楽しめるね」
「確かに!ひゃー、色々楽しみ」
ようやく笑顔になった環奈に、良かったとめぐも微笑んだ。
◇
週末。
めぐと弦は定時で仕事を終えると、長谷部に誘われたホテルのブライダルフェアに参加していた。
ここで結婚式を挙げることは、二人にとって何の迷いもない。
まずは日取りを相談することにした。
ブライダルプランナーの女性の他にも、長谷部が同席してくれる。
「日取りは平日でも構わないということでしたら、週末に比べて随分押さえやすくなります。ご希望はございますか?」
すぐにでも!と身を乗り出す弦を、めぐが苦笑いしながら制する。
「えっと、ホテルやパークの繁忙期を考えて決めたいと思っています。本当は8月がいいんですけど……」
「8月、ですか?」
「はい」
長谷部に問われてめぐは気恥ずかしさに小さく頷いた。
8月は弦の誕生日がある。
それに今年もランタンフェスティバルが開催されることになっていた。
あの綺麗な景色の中で結婚式を挙げられたら、と漠然と思ったが、やはり現実的ではないだろう。
「忙しさが落ち着く9月頃がいいでしょうか?」
めぐがそう尋ねるが、長谷部は一点を見据えて何かを考え込んでいる。
「あの、長谷部さん?どうかしましたか?」
控えめに声をかけると、長谷部は顔を上げてめぐと弦に提案した。
「雪村さん、氷室さん。8月31日はいかがですか?」
「8月の最終日ですか?それって……」
「ランタンフェスティバルの最終日です。ナイトウエディングにして、挙式後にお二人もランタンを浮かべましょう」
えっ、とめぐは驚いて弦と顔を見合わせる。
そんなことが出来るのかと、半信半疑だった。
「お二人にとって忘れられない結婚式にしたいんです。ぜひお手伝いさせてください」
長谷部は身を乗り出して真剣に訴える。
弦はめぐに頷いてから、長谷部に向き直った。
「はい、全て長谷部さんにお任せします。どうぞよろしくお願いいたします」
「本当ですか?雪村さんは?」
聞かれてめぐも頷いた。
「私も長谷部さんにお願いしたいです。長谷部さんになら安心して全てをお任せ出来ます。どうかよろしくお願いいたします」
「ありがとうございます!誠心誠意、お二人の大切な日を素晴らしい時間にさせていただきます。ずっと心に残る幸せな結婚式に」
「はい!ありがとうございます」
長谷部の優しさが痛いほど伝わってきて、めぐは必死に涙を堪えていた。
◇
両家に結婚の挨拶を済ませ、職場にも報告する。
ランタンフェスティバル最終日は二人の勤務を外してもらい、挙式は17時からのナイトウエディングが決まった。
式のあと写真撮影をしてからキャルガーデンに向かい、19時にゲストと一緒にクルーザーからランタンリリース。
その後ホテルのバンケットルームで披露宴を行うことになった。
「これなら勤務後に職場の皆さんにも来てもらえますから」
長谷部の提案は、ことごとくいいアイデアだった。
「あとはやはりウエディングドレスですね。実は新作ドレスを多く入荷したんですよ。雪村さん、ご試着がてらドレスモデルをやっていただけませんか?ちゃっかりお願いして恐縮ですが」
「ふふっ、はい。お役に立てるのでしたら喜んで」
「ついでにちゃっかり、当日のお二人の宣材写真を撮らせていただいてもいいですか?間違いなく美男美女ショットですので」
苦笑いしつつ、二人で快諾した。
業務の合間に結婚式の準備も進め、ドレスモデルの時に気に入った1着に決める。
夏休みに入るとゲストも増え、イベントの取材対応にも追われた。
8月10日には弦の誕生日とランタンフェスティバル初日を迎える。
二人で企画課のスタッフを手伝い、夜はランタンを眺めながらホテルに1泊して弦の誕生日を祝った。
そしていよいよ8月31日。
ランタンフェスティバルのフィナーレと、めぐと弦の結婚式の日がやって来た。
◇
「ひゃー!雪村さん、綺麗。神々しいまでの美しさ」
午後から半休を取った環奈が、花嫁の控え室でめぐのドレス姿に目を見張る。
「こんなに麗しい花嫁が現実に存在するとは。幻かも?」
真顔で呟く環奈に、めぐは笑い出す。
「環奈ちゃん、中身はいつもの私だよ」
「あらほんと。黙ってるともう、高貴な身分のお方にしか見えませんでしたけどね」
「ぜーんぜんよ。それより今日は来てくれてありがとう」
「こちらこそ、お招きありがとうございます。もう何が何でもお二人の結婚式には参列したかったので、嬉しいです」
「全部長谷部さんのおかげなの。年中無休の職場だから親族だけの挙式も考えてたんだけどね、これなら皆さんにも参列していただけるかもって提案してくれて」
「そうなんですね。長谷部さん、大人だなあ」
長谷部のめぐへの気持ちを知っていた環奈がしみじみとそう言い、めぐも頷いた。
「環奈ちゃんにも長谷部さんにも、感謝の気持ちでいっぱいなの。今までありがとう、環奈ちゃん」
「やだ!まだ挙式前なのに泣かせないでください。でも本当に結婚式って素敵ですね」
「環奈ちゃんは?彼とその後どう?」
「ふふっ、考えてますよ、結婚」
「そうなの?」
「はい。私が営業課での仕事に慣れたら、準備始めようかって。でも既に私、営業成績いいんですよねー。金運アップで結婚運もアップ!」
「そうなんだ!すごい、さすがは環奈ちゃん」
えへへと環奈は照れ笑いする。
「私の結婚式には、雪村さんと氷室さんも来てくださいね」
「もちろん!誰よりも環奈ちゃんをお祝いしたいから」
「私も今日は、誰よりも雪村さんと氷室さんをお祝いしますね」
そう言って環奈は笑顔で控え室を出て行った。
「花嫁様、そろそろチャペルへお願いします」
アテンダントの女性スタッフに言われて、めぐは立ち上がる。
ピンクのバラにブルースターがちりばめられたブーケを手にしてチャペルに向かうと、扉の前で長谷部が待っていた。
「雪村さん、とてもお綺麗です」
「ありがとうございます、長谷部さん」
「どうしてなんでしょう。私、今日は本当に嬉しくて。もっと複雑な気持ちになるかと覚悟していたのに、あなたの笑顔を見たらそんな気持ちが一瞬で吹き飛びました。雪村さん、私は心からあなたの幸せを祈っています。どうぞ氷室さんと末永くお幸せに」
「はい。私がこの日を迎えられたのは長谷部さんのおかげです。長谷部さん、今まで本当にありがとうございました」
「良かったですね、氷室さんと結ばれて。本日は誠におめでとうございます」
最後はホテルマンの顔に戻り、長谷部は深々と頭を下げた。
◇
厳かなチャペルにオルガンの音色が響き渡る。
後方の扉が大きく開かれて、弦は息を呑んだ。
ステンドグラスから射し込む光の中に、純白のウエディングドレスに身を包んだめぐの姿があった。
父親と腕を組み、一礼したあと、一歩一歩バージンロードを踏みしめながら歩いて来る。
ほっそりとした首筋と綺麗な肩のライン、そこからスラリと伸びた腕には美しいブーケ。
髪もアップでまとめ、煌めくティアラはどこかの国のプリンセスのよう。
細いウエストから流れるように広がるドレスは、めぐの気品と美しさによく似合っていた。
やがて弦のもとへとたどり着き、めぐは顔を上げる。
「めぐ、すごく綺麗だ」
「弦くんも。とっても素敵」
シルバーグレーの衣裳に身を包んだ弦もまた、抜群のスタイルの良さで惚れ惚れするほどかっこいい。
列席者が見とれる中、二人はしっかりと腕を組んで祭壇を上がった。
クリスマスコンサートの時の聖歌隊が、綺麗な声で讃美歌を歌い上げる。
めぐは美しい響きに感動して涙ぐんだ。
やがて二人は向かい合い、指輪を交換する。
二人の指に息づく愛の証。
マリッジリングの内側には、アイスブルーダイヤモンドでかたどったブルースターが埋め込まれていた。
「めぐ、恋人同盟は解消だ。今日からは夫婦同盟を結ぼう。未来永劫の」
「未来永劫の、夫婦同盟……?」
「ああ。俺は一生をかけて、めぐを幸せに守り続ける」
「はい」
めぐの瞳から涙がこぼれ落ちる。
弦は指先でそっとその涙を拭ってからめぐの肩に手を置き、愛を込めてキスを贈った。
列席者から温かい祝福の拍手が起こり、バージンロードを腕を組んで歩き始めた二人は、ブルーのフラワーシャワーを浴びながら笑顔で見つめ合った。
◇
写真スタジオで撮影を済ませると、日が暮れかけたキャナルガーデンへと向かう。
突然現れた新郎新婦にゲストは驚くが、めぐは気にすることなくドレス姿でゲストと一緒にランタン作りに参加する。
クルーザーに乗り込むと、ゆっくりと動き出した船上で女の子がめぐに話しかけてきた。
「お姉ちゃん、プリンセスみたい。隣にいるのは王子様?」
めぐはふふっと笑って女の子の前にしゃがみ込む。
「うん、そうだよ。私だけの王子様なの」
「いいなあ。私もいつか王子様に会えるかな?」
「会えるわよ。あなたを幸せにしてくれる、あなただけの王子様にね」
うん!と頷く女の子に、めぐも笑顔で頷いた。
その時、クルーザーが止まってアナウンスが流れる。
「さあ、いよいよランタンフェスティバルのフィナーレです。オレンジ色に輝くたくさんのランタンが、一斉に夜空に浮かび上がります。皆様の願いが叶いますように……。それではまいりましょう。3、2、1、リリース!」
ゲストが手にしたランタンを浮かび上がらせ、わあっと歓声が上がった。
めぐも弦と一緒にそっとランタンを空へと放つ。
弦がめぐの肩を抱き、二人でランタンを見上げた。
「綺麗だな」
「うん。願い事、叶うかな?」
「叶うよ。俺が叶えてみせるから」
「うん!」
皆が空を見上げてランタンに見とれる中、弦はめぐの輝くような笑顔に見惚れる。
優しく抱き寄せてそっと口づけた。
ランタンは、空からそんな二人を照らす。
『ずっとずっと一緒にいられますように…… めぐ&弦』
今日、二人が結んだ夫婦同盟。
それは未来永劫、二人の幸せを約束する。
温かいランタンの灯りに祝福されながら見つめ合う、めぐと弦の幸せを……。
(完)
翌朝。
めぐと弦は一緒にフロントに向かった。
長谷部の前に並んで立つと、長谷部はめぐが抱えたバラの花束と左手の薬指を見て笑顔になる。
「おめでとうございます、雪村さん、氷室さん」
「ありがとうございます、長谷部さん」
弦は改めて、長谷部の気遣いにも感謝した。
「長谷部さん。色々と手配してくださってありがとうございました」
「いいえ。お客様の人生にほんの少しでも寄り添えたのなら、ホテルマンとしてこの上なく幸せなことですから」
「はい、長谷部さんのお蔭です。本当にありがとうございました」
「良かったですね、雪村さんも氷室さんも。どうぞ末永くお幸せに」
そう言って微笑んでから、長谷部はやおらパンフレットを取り出した。
ん?と、めぐも弦も視線を落とす。
それはめぐが表紙を飾るホテルのブライダルパンフレットだった。
「結婚式はぜひ当ホテルで!お待ちしております」
「……はい?」
ポカンとしてから、めぐも弦も同時に笑い出す。
「長谷部さん、さすがです」
「これでも仕事が出来る男を自負しておりますので」
「確かに。バリバリのやり手でいらっしゃいますよ」
「ブライダルフェアは毎週末行っております。どうぞお二人揃ってお越しくださいませ」
そこまで言われてはたまらない。
めぐも弦も、はいと返事をしてホテルをあとにした。
◇
更衣室でオフィススーツに着替えてから事務所に行くと、環奈がソワソワと待ち構えていた。
「環奈ちゃん、おはよう」
「雪村さん、おはようござ……、きゃー!指輪」
環奈はめぐの左手を見るなり、目を見開いて頬に手を当てる。
「すっごい、素敵!ってことは、おめでとうございます!」
「ありがとう、環奈ちゃん」
「ああ、良かったなあ。雪村さんと氷室さんがついに!私も自分のことみたいに嬉しいです。すごくヤキモキしたんですからね?コジコジのジレジレだったお二人に」
「環奈ちゃんには色々お世話になりました。ありがとね、私が辛い時に励ましてくれて」
「でも本当に良かったです。私、ちょっと落ち込んでたんですけど、一気に嬉しくなりました」
え?とめぐは首をひねる。
「環奈ちゃん、何かあったの?」
「それが、実は……」
そう言って環奈は声を潜めた。
「私、人事異動で営業課に異動になるんです。産休で抜けた人の代わりに」
「ええ?そんな、いつ?」
「来月からです」
「来月?あと2週間後じゃない」
「はい。もう雪村さんとこうして一緒にお仕事出来なくなるのかと思うと、心細くて……」
驚きつつ、めぐも寂しさに表情を曇らせる。
けれど環奈を前に、自分が気弱になってはいけない。
「環奈ちゃん、いつでもまた会えるよ。社員食堂で一緒にランチしよう?それに営業課の人達もいい人ばかりだし」
「そうなんですけど、やっぱり不安で」
「営業課って、がんばり次第で手当てがグーンとアップするよ。環奈ちゃんなら絶対上手くいくから」
「そんな。何を根拠に?」
「だってバームブラックの占いがよく当たるから」
バームブラック、と環奈は考えを巡らせる。
「そっか!指輪が出た雪村さんが結婚することになったんですもんね。私の金運アップって、営業成績がいいってこと?」
「絶対そうよ。それにね、氷室くんも指輪が出たんだよ」
「そうなんですか?それはもう百発百中!」
「でしょ?環奈ちゃんも絶対当たるよ」
「はい!バリバリ稼いじゃいますよー」
「ふふっ、うん!エステもおしゃれも思う存分出来て、彼とのデートも楽しめるね」
「確かに!ひゃー、色々楽しみ」
ようやく笑顔になった環奈に、良かったとめぐも微笑んだ。
◇
週末。
めぐと弦は定時で仕事を終えると、長谷部に誘われたホテルのブライダルフェアに参加していた。
ここで結婚式を挙げることは、二人にとって何の迷いもない。
まずは日取りを相談することにした。
ブライダルプランナーの女性の他にも、長谷部が同席してくれる。
「日取りは平日でも構わないということでしたら、週末に比べて随分押さえやすくなります。ご希望はございますか?」
すぐにでも!と身を乗り出す弦を、めぐが苦笑いしながら制する。
「えっと、ホテルやパークの繁忙期を考えて決めたいと思っています。本当は8月がいいんですけど……」
「8月、ですか?」
「はい」
長谷部に問われてめぐは気恥ずかしさに小さく頷いた。
8月は弦の誕生日がある。
それに今年もランタンフェスティバルが開催されることになっていた。
あの綺麗な景色の中で結婚式を挙げられたら、と漠然と思ったが、やはり現実的ではないだろう。
「忙しさが落ち着く9月頃がいいでしょうか?」
めぐがそう尋ねるが、長谷部は一点を見据えて何かを考え込んでいる。
「あの、長谷部さん?どうかしましたか?」
控えめに声をかけると、長谷部は顔を上げてめぐと弦に提案した。
「雪村さん、氷室さん。8月31日はいかがですか?」
「8月の最終日ですか?それって……」
「ランタンフェスティバルの最終日です。ナイトウエディングにして、挙式後にお二人もランタンを浮かべましょう」
えっ、とめぐは驚いて弦と顔を見合わせる。
そんなことが出来るのかと、半信半疑だった。
「お二人にとって忘れられない結婚式にしたいんです。ぜひお手伝いさせてください」
長谷部は身を乗り出して真剣に訴える。
弦はめぐに頷いてから、長谷部に向き直った。
「はい、全て長谷部さんにお任せします。どうぞよろしくお願いいたします」
「本当ですか?雪村さんは?」
聞かれてめぐも頷いた。
「私も長谷部さんにお願いしたいです。長谷部さんになら安心して全てをお任せ出来ます。どうかよろしくお願いいたします」
「ありがとうございます!誠心誠意、お二人の大切な日を素晴らしい時間にさせていただきます。ずっと心に残る幸せな結婚式に」
「はい!ありがとうございます」
長谷部の優しさが痛いほど伝わってきて、めぐは必死に涙を堪えていた。
◇
両家に結婚の挨拶を済ませ、職場にも報告する。
ランタンフェスティバル最終日は二人の勤務を外してもらい、挙式は17時からのナイトウエディングが決まった。
式のあと写真撮影をしてからキャルガーデンに向かい、19時にゲストと一緒にクルーザーからランタンリリース。
その後ホテルのバンケットルームで披露宴を行うことになった。
「これなら勤務後に職場の皆さんにも来てもらえますから」
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「ついでにちゃっかり、当日のお二人の宣材写真を撮らせていただいてもいいですか?間違いなく美男美女ショットですので」
苦笑いしつつ、二人で快諾した。
業務の合間に結婚式の準備も進め、ドレスモデルの時に気に入った1着に決める。
夏休みに入るとゲストも増え、イベントの取材対応にも追われた。
8月10日には弦の誕生日とランタンフェスティバル初日を迎える。
二人で企画課のスタッフを手伝い、夜はランタンを眺めながらホテルに1泊して弦の誕生日を祝った。
そしていよいよ8月31日。
ランタンフェスティバルのフィナーレと、めぐと弦の結婚式の日がやって来た。
◇
「ひゃー!雪村さん、綺麗。神々しいまでの美しさ」
午後から半休を取った環奈が、花嫁の控え室でめぐのドレス姿に目を見張る。
「こんなに麗しい花嫁が現実に存在するとは。幻かも?」
真顔で呟く環奈に、めぐは笑い出す。
「環奈ちゃん、中身はいつもの私だよ」
「あらほんと。黙ってるともう、高貴な身分のお方にしか見えませんでしたけどね」
「ぜーんぜんよ。それより今日は来てくれてありがとう」
「こちらこそ、お招きありがとうございます。もう何が何でもお二人の結婚式には参列したかったので、嬉しいです」
「全部長谷部さんのおかげなの。年中無休の職場だから親族だけの挙式も考えてたんだけどね、これなら皆さんにも参列していただけるかもって提案してくれて」
「そうなんですね。長谷部さん、大人だなあ」
長谷部のめぐへの気持ちを知っていた環奈がしみじみとそう言い、めぐも頷いた。
「環奈ちゃんにも長谷部さんにも、感謝の気持ちでいっぱいなの。今までありがとう、環奈ちゃん」
「やだ!まだ挙式前なのに泣かせないでください。でも本当に結婚式って素敵ですね」
「環奈ちゃんは?彼とその後どう?」
「ふふっ、考えてますよ、結婚」
「そうなの?」
「はい。私が営業課での仕事に慣れたら、準備始めようかって。でも既に私、営業成績いいんですよねー。金運アップで結婚運もアップ!」
「そうなんだ!すごい、さすがは環奈ちゃん」
えへへと環奈は照れ笑いする。
「私の結婚式には、雪村さんと氷室さんも来てくださいね」
「もちろん!誰よりも環奈ちゃんをお祝いしたいから」
「私も今日は、誰よりも雪村さんと氷室さんをお祝いしますね」
そう言って環奈は笑顔で控え室を出て行った。
「花嫁様、そろそろチャペルへお願いします」
アテンダントの女性スタッフに言われて、めぐは立ち上がる。
ピンクのバラにブルースターがちりばめられたブーケを手にしてチャペルに向かうと、扉の前で長谷部が待っていた。
「雪村さん、とてもお綺麗です」
「ありがとうございます、長谷部さん」
「どうしてなんでしょう。私、今日は本当に嬉しくて。もっと複雑な気持ちになるかと覚悟していたのに、あなたの笑顔を見たらそんな気持ちが一瞬で吹き飛びました。雪村さん、私は心からあなたの幸せを祈っています。どうぞ氷室さんと末永くお幸せに」
「はい。私がこの日を迎えられたのは長谷部さんのおかげです。長谷部さん、今まで本当にありがとうございました」
「良かったですね、氷室さんと結ばれて。本日は誠におめでとうございます」
最後はホテルマンの顔に戻り、長谷部は深々と頭を下げた。
◇
厳かなチャペルにオルガンの音色が響き渡る。
後方の扉が大きく開かれて、弦は息を呑んだ。
ステンドグラスから射し込む光の中に、純白のウエディングドレスに身を包んだめぐの姿があった。
父親と腕を組み、一礼したあと、一歩一歩バージンロードを踏みしめながら歩いて来る。
ほっそりとした首筋と綺麗な肩のライン、そこからスラリと伸びた腕には美しいブーケ。
髪もアップでまとめ、煌めくティアラはどこかの国のプリンセスのよう。
細いウエストから流れるように広がるドレスは、めぐの気品と美しさによく似合っていた。
やがて弦のもとへとたどり着き、めぐは顔を上げる。
「めぐ、すごく綺麗だ」
「弦くんも。とっても素敵」
シルバーグレーの衣裳に身を包んだ弦もまた、抜群のスタイルの良さで惚れ惚れするほどかっこいい。
列席者が見とれる中、二人はしっかりと腕を組んで祭壇を上がった。
クリスマスコンサートの時の聖歌隊が、綺麗な声で讃美歌を歌い上げる。
めぐは美しい響きに感動して涙ぐんだ。
やがて二人は向かい合い、指輪を交換する。
二人の指に息づく愛の証。
マリッジリングの内側には、アイスブルーダイヤモンドでかたどったブルースターが埋め込まれていた。
「めぐ、恋人同盟は解消だ。今日からは夫婦同盟を結ぼう。未来永劫の」
「未来永劫の、夫婦同盟……?」
「ああ。俺は一生をかけて、めぐを幸せに守り続ける」
「はい」
めぐの瞳から涙がこぼれ落ちる。
弦は指先でそっとその涙を拭ってからめぐの肩に手を置き、愛を込めてキスを贈った。
列席者から温かい祝福の拍手が起こり、バージンロードを腕を組んで歩き始めた二人は、ブルーのフラワーシャワーを浴びながら笑顔で見つめ合った。
◇
写真スタジオで撮影を済ませると、日が暮れかけたキャナルガーデンへと向かう。
突然現れた新郎新婦にゲストは驚くが、めぐは気にすることなくドレス姿でゲストと一緒にランタン作りに参加する。
クルーザーに乗り込むと、ゆっくりと動き出した船上で女の子がめぐに話しかけてきた。
「お姉ちゃん、プリンセスみたい。隣にいるのは王子様?」
めぐはふふっと笑って女の子の前にしゃがみ込む。
「うん、そうだよ。私だけの王子様なの」
「いいなあ。私もいつか王子様に会えるかな?」
「会えるわよ。あなたを幸せにしてくれる、あなただけの王子様にね」
うん!と頷く女の子に、めぐも笑顔で頷いた。
その時、クルーザーが止まってアナウンスが流れる。
「さあ、いよいよランタンフェスティバルのフィナーレです。オレンジ色に輝くたくさんのランタンが、一斉に夜空に浮かび上がります。皆様の願いが叶いますように……。それではまいりましょう。3、2、1、リリース!」
ゲストが手にしたランタンを浮かび上がらせ、わあっと歓声が上がった。
めぐも弦と一緒にそっとランタンを空へと放つ。
弦がめぐの肩を抱き、二人でランタンを見上げた。
「綺麗だな」
「うん。願い事、叶うかな?」
「叶うよ。俺が叶えてみせるから」
「うん!」
皆が空を見上げてランタンに見とれる中、弦はめぐの輝くような笑顔に見惚れる。
優しく抱き寄せてそっと口づけた。
ランタンは、空からそんな二人を照らす。
『ずっとずっと一緒にいられますように…… めぐ&弦』
今日、二人が結んだ夫婦同盟。
それは未来永劫、二人の幸せを約束する。
温かいランタンの灯りに祝福されながら見つめ合う、めぐと弦の幸せを……。
(完)
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支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。
ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に
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社内恋愛の絶対条件!"溺愛は退勤時間が過ぎてから"
桜井 響華
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とても素敵なストーリーでした❤次は優しい長谷部さんが幸せになるストーリーをお願いしたいです。
ありがとうございます!
長谷部は、当初の予定よりもかなりいい男になってしまいました😅
いつか彼が幸せになるストーリーを書いてみたいと思います。
感想をお寄せいただき、ありがとうございました❣