黄泉の七瀬は呪われる?

冬野一

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第二章

3:メンバー紹介

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 薄暗がりの森の中を進んで、赤い花が一面に咲く野原に出る。異質な存在を放つスーパーは、やはり今日もそこにあった。

 開店前だけあって自動ドアはまだ固く閉ざされている。橘さんに連れられて裏手に回り、従業員用の勝手口から中に入る。通称バックヤードといわれるそこは、表の店内とは裏腹に倉庫のような場所だった。山積みにされた段ボール箱やポップをつけたワゴン、特売を謳うのぼり、天板を畳んだ六輪台車などが、通路の邪魔にならないようにして各々まとめられている。細い通路を抜けると『事務所』とルームプレートを提げたドアがあった。

「七ちゃ~ん、待っとったで~。久しぶりやねぇ」

 橘さんに続いて中に入ると、聞き覚えのある声に出迎えられる。グリーンジャケットに身を包んだ長身の女性――京都弁の色白美人・伊集院春子さんだ。

「この前っきりやったさかい、ずっとどないしてんか思うとったんよ。改めてよろしゅう。入って来てくれて嬉しいわぁ」

 春子さんはわたしの両手を取ると、うふふ、と柔和な笑みを浮かべる。歓迎してくれる温かい言葉に、わたしも思わず笑みを零した。

「はい……、今日からよろしくお願いします」
「春子さん、大地とゆかりちゃんは? 朝の準備ってもう終わってます?」

 傍らでジャンパーを脱ぎつつ橘さんが訊く。下の服はスウェットではなく、白のカッターシャツに着替えていた。壁際に三つ並んだロッカーのうち一つを開けて、グリーンジャケットを取り出す。ジャケットに袖を通すと、左腕の上腕に巻かれた朱色の腕章が目についた。春子さんの制服にはないものだ。

「もう開店してええくらいには終わってるで。二人もあらかた準備が終わったらこっちに来るよう言うてるさかい、そろそろ来るはずやね」

 春子さんは手近にあるデスクの前に腰掛けてのんびりと言う。それを見計らっていたように、わたしの後ろで事務所のドアが開いた。

「すんません、遅れたっス」

 振り返ると、高校生くらいの男女が入ってくるところだった。

 男の子は成長期の成果が見事に反映したようにがたいが良く、短く刈った金髪が目を引いた。一方で女の子の方は男の子の胸あたりの身長で、胸元まで黒髪のお下げを垂らしている。はっとするほどの色白で、子鹿みたいに小さな顔だった。二人はわたしを見ると一瞬互いに視線を交わす。若干戸惑った様子でこちらに会釈をした。

「おー二人とも。そんじゃぁ始めますか」

 グリーンジャケットの袖を肘までまくった橘さんが声を上げる。『たちばな』とひらがなが入った名札も胸につけると、あっという間に従業員に様変わりだ。なんだか普段のチャラ男の印象が薄れて、いくらかまともな人に見える。気がする。

 橘さんはわたしを手招きすると、集まった他メンバーに紹介した。

「今日は新しく入って来てくれた子を紹介します! こちら黄泉野七瀬ちゃん。前に話していた子ね。今日からうちで働いてもらうことになりました。よろしく!」
「黄泉野七瀬です、よろしくお願いします」

 橘さんに続いて一同に頭を下げる。にこやかに拍手してくれる春子さんの傍ら、先ほどの若い男女はやはりきょとんとしていた。二人でまた顔を見合わせる。男の子が「ああ」と手を叩いた。

「この人が、あのハート部屋の」

 あああああ君らが手伝ってくれたのか。

「わ、忘れてくださいそれはっ。この人とは全然なにもないので!」
「え? でももう婚約したって橘さんが……」

 わたしは橘さんの胸ぐらを掴む。

「橘さんんんんんッ」
「や、これはその、理想は口にしたら現実になるって言うじゃないっ」
「勝手が過ぎるって言ってんでしょうがっ。どこまで出まかせ言ったら気が済むんです⁉」
「うぅ~メンゴメンゴっ。もうしないって!」

 がっくがっくと揺さぶられながら橘さんは両手を合わせる。なにがメンゴじゃこんにゃろう。

「と、とりあえずメンバー紹介させて! まぁ春子さんはもう知ってるだろうから、こっちの二人なんだけど」

 わたしの手から逃れた橘さんは、男の子に駆け寄る。同じくらいの背丈をした彼の肩に腕を回した。

「こいつは柏木大地。ヒイラギ荘の同居人の一人な。今年から高校二年生で、今は春休み中だからガッツリバイトしてもらってる。いやぁ~無事進級できてよかったよな~大地」
「橘さんが『秘技! 教師に絶対バレないカンニング方法』を教えてくれたおかげっス」
「それ今言わんでいい」

 大地くんは第一印象こそ金髪のせいで若干身構えてしまったけれど、話してみればとても普通な子だった。ぼんやりした顔のおかげでいかつさもなく、のんびりした雰囲気がある。一方で、今度は春子さんが女の子の後ろに回り、両肩に手をおいた。

「この子は金城ゆかりちゃん言うねん。大地くん同様、荘でも一緒になるわな。ゆかりちゃんは大地くんと同い年やけど、学校は定時制の高校に行ってんねん。そやから平日でもバイトに出てきてくれとってなぁ~、もうええ子なんよぉ。なぁ、ゆかりちゃん」

 話を振られたゆかりちゃんは色白の肌をサッと赤らめた。ヘビーロック歌手のヘドバン並みの動きで激しくペコペコする。

「き、きんじょうゆがりどもうすますっ、すぎだものはリンゴでぎらいなものはとぐにさね、はるごさんはごういってけでますがわなんてドズばすでむったどごめいわぐがげでら、なもたよりになねどおめぇますが、よ、よろすくお願いすますっ」

 なんて?

「ゆかりちゃんは青森の出身で、東北弁がえらい強い祖父母とずっと一緒に暮らしてきたんやて。そやからこの訛りっぷりは一年そこらじゃ直らへんでねぇ」

 低身長のゆかりちゃんの頭に顎を乗せた春子さんが解説してくれる。

「まぁこれがゆかりちゃんのチャームポイントみたいなもんやわ。しばらく聞き取りづらい思うかもしれへんけど、慣れてきたら普通に話せるさかい、仲良うしてあげてな」
「ちなみに今なんて言ったんですか」
「んー? まぁ要約すれば『よろしくね!』って言うたんよ。最後そう言うてたし」

 全然聞き取れてないとみた。

 ゆかりちゃんはというと、さっきよりもさらに赤みが増して完熟トマトみたいな顔色になっている。頭から湯気が出そうな勢いだった。見た目はとても可愛い子なのに、言語の壁が立ちはだかるとは。

「ちなみに大地は主に加工食品の担当、ゆかりちゃんは雑貨の担当。春子さんはレジとサビカね。なんか部門関連で分かんないことあったらそれぞれに訊いてみて。あ、あと七瀬ちゃんは今日からレジに入ってもらいます」
「えっと、あの……店長は?」

 わたしは首をかしげてメンバーを見渡す。肝心要のスーパーの長がいない。橘さんは、ああ、と思い出したように呟いた。

「店長は本部とこっちを行ったり来たりしていて、あんまり顔出さないんだ。会ったとしてもちょっと変わっているからまともに挨拶できないかも。まぁ悪い人ではないんだけど」
「じゃあ今のここの責任者って?」

 さらに首をかしげると、橘さんが何も言わず左腕の腕章をわたしの目の前に持ってきた。腕章には朱色の生地に『副店長代理』と金色の文字が入っている。

「……代理なんですか。正規じゃなく」
「そこんところはちょいと事情があんのよ。でもどう? 稼ぎもそれなりにあるよ? 見直したっしょ」
「本当に働いていたことについては少し安心しました」
「なるほどそこからか」
「新太くんは十五で家業を継いで、中卒同時にここに来てるさかいなぁ。店長からもよう可愛がられてるんよ。二十二で代理を頼まれてるんは、けっこうこの界隈じゃ異例なんやで」

 春子さんがさり気なく橘さんをフォローする。わたしは意外な思いで彼を見た。

「橘さん……高校行ってないんですか。十代のうちから働いていたんですか」
「ん? まぁね。俺はこの体質だからさ。ガキの頃からこの道専門屋は決まっていたから学校行く必要もなかっただけよ。普通の人は大地たちみたいに、高校とか大学まで行ってから家業を継いで、専門屋としてこういうスーパーなんかで働くことになるんだけどね。二人はまだ専門屋の見習い。ここで三年経験積んでから地元に戻るんだ」
「へぇ……地元に……」

 相づちを打って、少し黙る。

「……あの」
「ん? なに七瀬ちゃん。なんか質問?」
「はい、まぁ、あの……」

 わたしは今さらながらのことを口にする。

「……なんで専門屋がここでスーパーを経営しているんでしょうか」

 初めてここに来たときから思っていた。

 どうして祓い屋である彼らが、こんなところで祓う対象の死霊に商売をしているのか?

 わたし以外の四人のメンバーは、お互い顔を見合わせて「誰が話す?」みたいな視線を交わす。それから無言でグーを出し合ってじゃんけんした。何回か繰り返して、チョキを出した春子さん以外パーが出る。誰が話すかは決まったらしい。

「はい、というわけで詳細は春子さんから聞いてくだサイエンス。あれけっこう話すと長くなるから時間食うのよ。もう開店前だし、ここらで解散しようか」

 事務所内の壁に掛けられた時計を見上げ、橘さんは話を切り上げる。今日も元気にいきましょー、と全然やる気のない掛け声と共に小さな集まりはお開きとなった。

「ほな七ちゃん、さき更衣室行こか。制服あわせなあかんさかい」
「あ、はい」

 わたしは頷いて、事務所を出る春子さんに続く。けれどもドアを抜けようとしたところで、後ろから「そうだ、七瀬ちゃん」と橘さんの手が肩におかれた。

 その瞬間――猫じゃらしで撫でられたような奇妙な感覚が背筋に走った。

「うひゃっ」
「え⁉ なに、どうしたの⁉」

 思わず飛び上がったわたしに驚いて橘さんが肩から手を離す。わたしは慌てて後ろを振り返った。

「橘さん! 今背中に何かしましたか⁉ 変態じみた何かを!」
「してねぇよ! てか変態じみた何かって何⁉」
「なんかこう、背中を指でスーって……やられたらぞわぞわするやつです! 契約書の内容忘れてないですよねっ」
「だからしてねぇって! コレ渡そうと思って呼び止めただけだよっ」

 そう言って、橘さんは片手に持っていたオレンジ色の紐がついた名札を見せる。名札には『よみの』とひらがなの名字が入っていた。名札で背中をなぞったのかと思ったけれど、彼は本当に焦った顔をしていた。嘘は、吐いていないように見える。……となれば気のせい?

「……すみません。なんか……勘違いでした」
「風かなんか通ったんじゃね? やだなぁ七瀬ちゃん。俺だって契約書に判子押した以上は守りますとも。ちょっとは信じてくれないとさぁ」
「勝手に周りに結婚だの嫁さんだの婚約だの吹聴している人をどう信じろと」
「ぐうの音も出ない」
「出さないでください」

 橘さんは一つ吐息を漏らす。わたしの首に名札を提げた。

「まー俺に頼らなくていいから、なんかあったら周りにホウレンソウな。ここのみんなは優しいし、霊にも詳しいから何か起こってもフォローしてくれるよ。困ったらちゃんと訊くこと。いいね」
「……子ども扱いしないでくださいよ」
「純粋な心配ですぅ。さー行った行った。春子さんが待ってる」

 促されるまま踵を返すわたしに、橘さんはニカッと笑って送り出す。

「頑張りたまえ、新人ちゃん」
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