黄泉の七瀬は呪われる?

冬野一

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第三章

4:ココロの距離、コイの距離

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 バイト先に行くと、思わずおおう、と声が出た。

 壁に沿って並ぶ商品棚全て、写真を撮りたくなるほど綺麗に商品が陳列されていた。昼を過ぎたこの時間で商品の一つも欠けていない完成度。いかに本日が閑古鳥営業かが分かる。

「お彼岸の間は毎度こんなもんなんやで」

 ガラガラな店内でレジにずっと入っているのも暇なので、レジ回りを中心に軽く掃除をしながら、春子さんが言った。

「死神さんがあの世でいろいろ企画を用意してるさかい、みんなそっちに流れてくんやわ。三途の川に豪華クルーズ船やて。うちも死ぬならこの時期にするわ」
「長生きしてくださいよ、春子さん……」

 わたしは布巾を畳み直してサッカー台を拭いていく。それにしても、と完璧な商品棚を肩越しに見た。商品棚関係は加工担当の大地くんだったか。

「大地くんがやったんですか、あれ。なんか今日は気合い入ってますね」
「ちゃうでぇ、店長や。朝来たときにはもうあの状態でねぇ。他にも商品の補充とか、在庫管理とか、発注業務とか、あらかたやってくれてんで」
「えっ? でも店長さんなんて会ってないですけど……」
「うちも会うてへんで。大地くんたちも会うてへんやろ。あの人、人に見られるのがえらい恥ずかしいらしゅうてねぇ。新太くんは副店長代理やさかい、それなりに顔を合わせてるみたいやけど、うちらただの従業員は一年で数回見るか見んほどの貴重さよ。会えたらラッキーくらい」

 ははぁ、と相づちを打つ。商売業の店長がそんなシャイで大丈夫なんだろうか。

「あ、そや。店長からお菓子を戴いてたんやわ。今のうちに貰いに行っとこうか」
「お菓子って……なんで?」
「日頃の労い。あの人、毎度顔出すたびにお菓子置いてってるんやわ。顔を見せへんことを除いてはええ人なんやで」

 どうせ今持ち場を離れても店内には人っ子一人いないからいいだろう、と春子さんに手招きされて事務所に向かう。無人の事務所のドアを開けると、手前のデスクにお菓子の詰め合わせギフトが一つ置かれていた。ギフトの上にはメッセージカードも添えられている。

『チョリーッス! お疲れぴ~や☆ テンチョーで~す!!(^_^)v 今週はワイがサポートに回るからみんなバイプス上げていきやしょ~!!(^^)/ 副店長代理より活躍しちゃうぞ☆    粗末なものですがお菓子どうぞ』

 テンション大丈夫かこの人。

「恥を知らん大人は無敵やね」

 春子さんも同じことを思ったらしい。

「文面だけ見たらよう喋るんやけどなぁ、この人。ホンマ、あの見た目と違いすぎるわ」
「て、店長さんってどんな外見されているんですか」

 メッセージカードから顔を上げて訊ねる。店長さんって確か死神だから、お面をつけているとは思うのだけど。

 春子さんは「う~ん」と視線を宙に流す。しばしそうした後、わたしに悪戯っぽく微笑んだ。

「内緒。この文面とあの見た目のギャップを七ちゃんにも味わってほしいし。なかなか強烈やで。あのポーカーフェイスの大地くんすら顎が外れるほどやったさかい」
「そんなにですか」
「そんなに。さぁーうちはコレ貰おうかな」

 春子さんはお菓子の詰め合わせから個装されたアニマルクッキーを一枚取る。猿の形をしたクッキーだった。よくよくケースの中を見れば、いろいろ可愛いアニマルたちが詰まっている。その一つに、犬の型をしたクッキーがあった。

 チョコとプレーンの二色を使った、丸みのある柴犬の顔だった。つぶらな瞳で舌を出しているのがどことなく橘さんに似ている気がして、わたしはそれに手を伸ばす。

「これって、橘さんに似てなくないです――」

 か、と顔を上げた先、事務所の一角のデスクで声が止まる。いつもならそこで橘さんが事務作業をしているのだけど、今日はぽっかりとした空間があった。当たり前だ。無意識に話しかけてしまったのがちょっと恥ずかしい。

「あら、七ちゃん。意外と寂しい?」

 急に黙ったのがいけなかった。勘なのか察しがいいのか、はたまたおばちゃんアンテナが反応したのか、横から春子さんがニマニマしながら訊いてくる。

「いつもうるさい人が急におらへんようなったら、物足りんくなるやろう。うふふふふ、恋やねぇ」
「べつに、そんなんじゃないですよっ。ちょっと間違えただけですっ」
「あらあらまぁまぁ、そない慌てて否定せぇへんでもええんやで、七ちゃん。大丈夫、うちは『恋はじっくり派』やさかい、なんも言わへんで。ただキュンキュンするだけやで」
「面白がってます?」
「まさか。楽しんでるだけや」

 同じでしょうが。

 ニヤける春子さんの前で柴犬クッキーを選ぶのも癪なので、隣にあるチョコ色の猫クッキーを取りポケットに入れる。そこでふと、気になっていたことを思い出した。

「そういえば、春子さんって、知っているんですか。橘さんの呪いのこと」
「ん? ああ、賢いかいい加減か分からんご先祖さんによる、呪い爆弾デスゲームのこと? 有名やでぇ、それはもう。可哀想な一族や思うわ」
「ひどい呼び名ですね」
「子を繋げなければ世が滅ぶなんて、爆弾デスゲーム以外言えへんやろう」

 春子さんは猿クッキーの個装を破きながら苦笑する。猿クッキーを頭から齧った。

「まぁでも、橘家がそうやって体を張ってくれたさかい、今もこうしてこの世があるわけなんやけどな。そやからリスペクトしている専門屋も多いんやで。おかげで橘家はうちらの業界じゃそれなりに大きな家や」

 へぇ、じゃあ橘さんって、もしかして……ボンボンか。

「それじゃあ……なんかこう、許嫁とかお見合いとか用意できなかったんでしょうか。嫌な言い方ですけど、お金があるなら、嫁取りに苦労しない方法もそれなりにあっても……」
「うーん、確かにお金も人望もある家なんやろうけど、難しい話やね」

 猿クッキーを食べ終えた春子さんは、まだたくさんあるアニマルクッキーから次を選ぶ。

「まず、うちの娘をどうぞって言う家自体あらへん。当たり前やね、自分の大事な娘を呪い持ちの家に嫁がせるなんて、誰だってやりたないわ。嫁いだとしても子が生まれるかどうかも分からへんし、嫁さん自身もどうなるか分からへん。ウワサじゃ遠い昔、縁談で決まっていた嫁さんが発狂して、殺傷沙汰になったこともあるそうやない。そやから今は縁談も設けてないんやて。尊敬されてる一方で、同じくらい敬遠されてるんやわ。仕方のうあらへんけども」
「殺傷沙汰ですか……それはまた」
「そう。橘の〝呪い憑き〟は毎度嫁探しに苦労してるらしいわ。金で人を買えん以上は、地道に心を買うしかあらへん。これがまぁ、同情するほど苦難な道よ。知ってるやろう?」

 新たにウサギのクッキーを取った春子さんは、躊躇いなく二枚目の封を破る。

「自分が呪い持ちで霊感があって、そういうのを生業にしているっちゅのを丸ごと受け止めて一緒になってくれる人なんて、世の中探してもそうおらへん。砂漠の中で一本の針を見つけ出すことくらい難儀なことや。加えて、婚期が過ぎればゲームオーバーやしね。地獄やで。――そやから、ホンマに新太くんは、七ちゃんを大事にしたいと思うてるんとちがうかな。七ちゃんみたいに全部を打ち明けてもクールなままでいる子なんて、早々おらへんから」

 褒められた気がするけど、変わっているとも言われたような気がして、素直に反応できない。

「……大事にされていても、所詮は義務でしょう。呪いと怨霊を繋げるための」
「あらぁ、あの新太くんのまとわりつきようが義務に思えるん?」
「義務でしょ、そりゃ。まだわたしの好きなところ一個も言えていないんですよ」
「ホンマに好きになろうとしてるから、真剣に探してるんとちがう?」

 春子さんは、とても乙女チックなことを言う。

「七ちゃんかて、新太くんの境遇を知っている以上は、彼の思いを簡単に扱ってええとは思うてへんやろ。この機会に少し向き合うてみたらどないやろか、彼の気持ちと。結婚までは考えへんでも、試しに付き合うてみるくらいは損ないと思うけどなぁ」
「……春子さんは恋愛じっくり派じゃなかったんですか。なんで促進させようとしているんです」
「そら時には動かさへんと、焦げついて不味くなってまうさかいねぇ」

 うふふ、と可愛らしくウインクされる。やっぱり面白がっている。

「……お菓子、ロッカーに置いてきます」

 わたしはブスくれた声で一言告げ、事務所を出る。なんだか胸が苦しいと思ったら軽い咳が出た。それがやけに周囲に響いた気がして、ふと辺りに顔を上げる。倉庫みたいなバックヤードを見渡した。

 ……心なしか、いつもより広く感じる。
 こんなに静かな場所だったかな、ここって。

「………………いやいやいやいや」

 またもこみ上げてきた咳で気分を誤魔化す。何を思っとるんだ、わたしは。春子さんの言葉を真に受けるんじゃない。それより風邪かな。今日は温かくして寝ないとね。

 気持ちを切り替えたわたしは足早に更衣室へ向かった。

***

 翌朝。気だるい体を起こして一階に降りてくると、不思議なことに良い匂いがした。

 キッチンに向かうと、コンロの上に鍋が一つ。

 中には、三人分の味噌汁が入っていた。

「……なんで?」

 お玉で軽くかき混ぜる。すくってみると、わたしの好きなサツマイモがいちょう切りにされて入っていた。大地くんとゆかりちゃんとは、味噌汁の具の話なんてしたことがない。なんなら二人には今日からわたしが朝食を用意すると言ってある。

「……しばらく帰ってこないって言ってたくせに」

 一体、いつ帰ってきたんだか。

 小皿を出して、冷えたままの味噌汁を一口味見する。

 風邪気味のせいか、いつもより薄い味がした。
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