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2.それだけのことです
しおりを挟むグラウワウル殿下がこれほどに腹を立てているのは、私が勝手なことをしたからだろう。
ことの始まりは数日前。
少し前から、近くの谷で魔物が増え、殿下と、谷の隣に領地を持つ領主、クウォリアス様から派遣されてきた部隊が、共同で魔物退治に向かうことが決まっていた。
しかし直前になって、グラウワウル殿下は領主の協力を拒否。私は無謀だと進言したが聞き入れられなかった。
こうして殿下は自分達で倒すと勇んで森に入ったはいいが、準備が不足していたせいで、部隊は苦戦を強いられた。
そして、魔物との戦いが長引いている間に、クウォリアス様の領地にまで魔物が流入。その時は、クウォリアス様の部隊の力を借りてことなきを得たが、ここは自分達に任せてお前たちは手を出すなと言ったくせにそんなことになったせいで、クウォリアス様の部隊の方々はかなり腹を立てている。
王家もまた、不甲斐ない部隊に恥をかかされたと激昂していたらしい。
怪我人が多く出たクウォリアス様の部隊は、谷にある、防衛のために作られた砦に蓄えてある回復の魔法の薬を使いたいらしい。もともとそれは、いざという時のために、彼らから預かったもの。ですから、私はぜひ使って欲しいと許可を出した。それだけだ。
けれど、グラウワウル殿下はかなり腹を立てているよう。
ぶたれた頬が痛む。こんなことをされたのは、初めてじゃない。私の話などまったく聞いてもらえずに殴られるのも。
この方はこうして、力で私を押さえつけてきましたもの。
「勝手な真似をするな!! そういうことは、俺の許可を得てからにしろ!!」
「きゃっ……!!」
再び、殿下の強い平手打ちが私を痛めつける。痛む頬を庇う気にもなれない。
多くの従者たちの前で婚約者に手を上げられ、耐えるばかりの私に、殿下は冷たく言った。
「いいかっ!! ここの主は俺だ!! お前は余計な真似をせず、言われたことだけやっていればいい!!」
「……」
「……だんまりか? 可愛げのない女だな……少しくらい泣いて見せたらどうだ?」
「…………」
黙り込む私は、ゆっくりと頭を下げた。
「…………申し訳……ございませんでした……」
こんな、形ばかりの言葉を重ねるたびに、心が蝕まれていくようだ。
私は、何をしているのかしら……
当然、こんな言葉に意味などあるはずがなく、殿下は顔を歪めて言った。
「……今さら謝罪ひとつか! 謝る気持ちがあるとは思えないな…………無能な婚約者を持って、俺がどれだけ恥をかいたと思っている? 伯爵風情の力を借りるなど……俺は、王族だぞ!! お前は王家の顔に泥を塗ったんだ!! 無礼だとは思わないのか!! 王族に向かって!! 反逆の意志でもあるのか!?」
「……決してそのようなことはございません」
「それなら今すぐ床に膝をつけ! お前にできることなど、そのくらいだろう!」
「…………」
私は、その場に跪いた。そしてもう一度「申し訳ございませんでした」と、中身のない言葉を繰り返す。
こんなこと、何度繰り返したかしら。最初は詫びていたはずなのに、いつのまにか、何も感じなくなっている。
その様子を見て満足したのか、殿下はこれ見よがしにため息をついて言った。
「お前は私の婚約者だ。失敗も許さねばなるまい……」
「……ありがとうございます……感謝いたします」
私は、できるだけのことはしてきたつもりだった。それでは、ダメだったのかしら……
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