3 / 40
3.そうは思えませんわ!
しおりを挟む殿下は私を睨みつけて言った。
「いいか、フィリレデリファ……貴様のために、チャンスをやる」
「……チャンス……ですか?」
「この砦には今、領主とその部隊の連中が来ている。先日共に戦った仲間が傷ついたから補償しろなどと金をせびりに来たゲスどもだ。奴らは全員、相当腹を立てているらしい。魔物が溢れたのが、俺たちのせいだと思い込んでいるようだ。それはすべてこちらの不手際だと言って、仲間を回復させるための薬と、魔力を補給するのための杖を求めている。お前は、その連中の魔力を、魔法で奪え」
「…………何をおっしゃっているのです?」
彼らは、私たちが一方的に協力の約束を破ったにも関わらず、魔物と戦ってくれた。協力して戦うことを想定してきたのですから、急に単独で戦うことになり、さぞかし困ったことでしょう。それにも関わらず、彼らはこの辺境の地を守ってくれていたのに。
「仲間を回復して欲しいと言うなら、そうして差し上げればよろしいではありませんか。領主の方々とは良好な関係が続いているからこそ、魔物たちの勢いを抑えられているのです。なぜ、自らその関係を崩そうとなさるのです?」
「口答えをするなっっ……!! 先ほどの謝罪は口だけか!!」
「……それとこれとは、話が違いますわ」
「何が違うと言うんだ? お前は口答えをせずに俺に従っていればいい! できるだろう!! お前なら……!! 吸収の魔法で、魔力を奪えるはずだ!! 魔力を奪うんだ!!」
「……」
確かに、私には吸収の魔法が使える。それは国を守るために身につけたもので、魔物の魔力を吸い尽くし、魔力を蓄えるためのものだ。
それを今ここで使えと言うの? それも、ここを守るために魔物と戦ってくれた方々を相手に。彼らがいなければ、ここは魔物に食われていたかもしれませんのに。
……本当に、この方は一体、何をおっしゃっているのかしら。
「……グラウワウル殿下。どうか、落ち着いてください。彼らは仲間の傷を癒したいだけです。砦には回復の薬もたくさんあるのだから、差し上げればよろしいではありませんか。今回のことの責任は、私たちにあります。彼らは、仲間の治療をしたいだけ……っ!」
また、頬を打たれた……これで何度目?
なぜそんなに頑なに拒むの? 砦には、回復の魔法の薬も回復の魔法のための杖もたくさんある。魔物と戦うために用意されたものだ。そしてそれは、王家と領主の一族が用意したものであるはず。
そして、しばらくの間ここを単独で守っていたクウォリアス様の部隊は、今回の魔物退治で装備をほとんど失ってしまったようだから、回復の魔法の薬がなければ、帰ることすら難しいはずだ。
それなのに、殿下はまるで、憎い敵を睨むかのような顔で言う。
「まだ俺に逆らうのか…………」
「私は何かおかしなことを申し上げたでしょうか? ただ、共に戦った方々に回復の魔法の薬を渡すことは当然だと申し上げただけです」
「黙れっ! 誰のおかげで、お前のような誰にも相手にされない女がこんなところにいられると思っている!? 可愛げのない無能を、誰が婚約者にしてやったと思っている! お前はただ俺のために生きていればいい! それが、お前の役目だろう!! 責任感がないにも程があるわ!」
「……」
もう悲しみや後悔などが全く湧き上がらない……むしろ、諦めというか、虚しさというか、そんなものばかりだ。
王子の怒鳴り声は、部屋の外まで聞こえていたらしい。部屋の中に、一人の女性が飛び込んできた。
「グラウワウル殿下!?? いかがなさいました!?」
そう言って殿下に駆け寄るのは、茶色い髪の美しい女性、ベネディクシア様。魔物と魔法のことを学ぶため、部隊の世話をする魔法使いという名目でここに来た、子爵家のご令嬢。
彼女は、その可憐な目を不審で歪ませ、私に振り向いた。
「……フィリレデリファ様…………グラウワウル殿下に、何をなさったのです?」
「私は何もしていませんわ」
「そんなはずがありません。お優しいグラウワウル殿下が、このように声を荒らげるなんて、あなたが何かしたに決まっていますわ!」
なぜそうなるのかしら……
ベネディクシア様は、グラウワウル殿下に一部始終を聞かされると、すぐに私を睨みつける。
「フィリレデリファ様!! 出過ぎた真似はおやめください!! なぜ勝手に王家のものではない部隊を砦に入れようとしたのです!?」
「あの砦は、王家のものではありません。辺境の地の魔物を抑えるため、領主の方々と共同で管理しているものです。それに、勝手に入れようとした、というのはおかしな話ですわ。そもそも、領主の方々と協力して魔物の脅威から民たちを守ることを決めたのは、国王陛下ではありませんか」
「まああっっ!! よりにもよって、畏れ多くも陛下を利用するかのような発言をっ……! なんて方でしょう!! 同じ王国の魔法使いとして、あまりに情けないですわ!!」
それを聞いて、グラウワイル殿下は満足げに笑う。
「見ろ。フィリレデリファ! お前とは違い、教養のある彼女を! 本来、王子の婚約者はこうあるべきなのだ!」
「…………………………」
もう反論する気にもなれない…………
何も言わない私の前で、グロウワウル殿下は、ベネディクシア様を抱き寄せている。
その女の言葉を褒め称え、私を糾弾するグラウワウル殿下の顔を見ていたら、急にひどく嫌気がさしてきた。
何で私はこんなところにいるのかしら。ここに、なんの意味があるのかしら。
「グラウワウル殿下」
「どうした? 心が決まったか?」
「いいえ。やはり、ご命令には従えませんわ」
「なに?」
「私はもう、あなたには従えないと申し上げたのです。そのような馬鹿げた命令に従う方が、どうかしていますわ!」
「貴様……」
殿下が私を睨みつける。
けれど、私は自分が言っていることが間違いだとは思えませんわ!
5
あなたにおすすめの小説
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います
こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。
※「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる