婚約者に愛想を尽かし、追放されて陵辱される道を選んだら、私を弄ぶはずの伯爵がなぜか楽しげに近づいてきて対応の仕方が分からない

迷路を跳ぶ狐

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4.納得できない

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 従わない私に腹を立てたのか、グラウワウル殿下が私に近づいてくる。

 その時、ノックすらされずにドアが開いて、数人の男たちが部屋に入ってきた。

 その真ん中にいたのは、背の高い、黒いローブを着た男。紫色の髪を真っ黒なリボンで括り、ひどく冷たい目をしたその男に向かって、グラウワイル殿下が愛想笑いを浮かべる。

「クウォリアスか……こんなところまで足を運ばせて悪かったな……いい土産を用意したところだ」

 そんな風に口では言っているけれど、相手を馬鹿にしているのは、見ていれば分かる。クウォリアス様は、ニコリともしなかった。

 クウォリアス様とは、ここへ来たばかりのころに一度だけこの屋敷でお会いし、挨拶をかわしたことがある。
 けれど、その時は本当に愛想のない顔で、「魔法くらいは使えるのか?」と聞かれただけだった。

 クウォリアス様が挨拶すら返さないのを見て、グラウワイル殿下の顔が、一瞬だけ、ひどく歪んだ。けれど、それを取り繕うことだけは素早いグラウワイル殿下は、私を指差して彼らに言った。

「この女は、フィリレデリファ。魔法の腕なら右に出るものなどいない、便利な女だ。回復の魔法の薬の代わりに、これを持っていくといい」

 突然そんなことを言われ、クウォリアス様が怪訝な顔をする。

「……この女を……ですか?」
「ああ。回復の魔法も使えるし、これで仲間を回復するといい」
「……俺は、砦に保管してある回復の魔法の薬を使いたいと言ったのです。人が欲しいとは言っていません」
「あの魔物討伐で、この女は部隊を率いていた。討伐が遅れた責任を取る立場にある女だ。だから、回復の薬の代わりに、これを持っていけばいい。役に立たなくなれば、売り払うこともできる。俺からの労いの品だ」

 このゲス……

 確かに、私は谷へ向かった部隊のうちの一つを率いていた。私の力不足が原因と言われれば、確かにそうだ。けれど、あの数の魔物たちをこの人数で退治など無謀だと私は申し上げたのに。

 言いたいことは色々あるが、話したところで無駄だろう。
 以前からこうして、私を便利なもの扱いしていることは分かっていたし、婚約者というものすら所有物としてしか見ていないような気がしていたけど……本当に、その通りだったようだ。

 ニヤニヤと笑うグラウワイル殿下が、私に近づいてくる。そして、気味の悪い声で耳打ちしてきた。

「……いいか。あの連中が近づいてきたら、吸収の魔法をかけろ」
「…………」
「断るのは構わないが、このままでは、あの連中の怒りはすべて、お前にぶつけられることになる。あの大男に拷問されたら、それはそれは辛いだろうなあ……」
「…………っ!!」

 そのために、わざわざ彼らを怒らせるようなことを言ったの? クウォリアス様を怒らせ、私を怯えさせ、恐怖で魔法を使わせるために。

 そう……以前からこんな男だったのよ! こいつ!!

 なんだか馬鹿らしくなってきた。

 私……なんでこんな男にずーーっと尽くしてきたのかしら……

 彼自身がおっしゃっている。私は、もう不要と。よく考えてみたら、私にとっても彼は不要だ。

 グラウワイル殿下は、私が吸収の魔法を使うのを今か今かと待っている。

 私は、ゆっくりと口を開いた。

「……最後に、教えてくださいませんか?」
「なんだっ……早くしろ! 連中が暴れ出したらどうする!?」
「……なぜ彼らに回復の魔法の薬を渡さないのです?」
「……決まっているだろう。勿体無いからだ」
「…………」

 それを聞いて、ついに愛想が尽きたような気になった。

 本当に、なんて馬鹿だったの。私はなぜ、こんな男に従っていたのかしら……そもそもこの地を守れたのは、彼らのおかげ。それなのに、よくぞまあ、そんなことがぬかせたものだ。

 私は、顔を上げた。

 それを了解ととったのか、グラウワイル様は、ひどく楽しそうに笑う。

 クウォリアス様は、私に近づいてきた。

「女……フィリレデリファとか言ったな?」

 覚えていらっしゃらないのかしら……一度会っただけですし、彼は私にさして興味も示していなかった。あの夜会でもいつの間にかいなかったし、それはそれで仕方がないのかもしれない。

「ええ。フィリレデリファですわ」

 私が名乗っても、クウォリアス様は黙ったままだった。
 私も黙ったまま、何もしない。

 すると、一人焦り出したグラウワイル様が、また耳障りな耳打ちをしてくる。

「おい……何をしている? 早く魔力を奪うんだ! お前の一族のためでもあるんだぞ!」

 何度も言われた言葉だわ……一族のためよ、家族のためだと。そのためにだけ、私は育てられ、言い付けられたことは全てこなす。家族の中では私は兄弟を守るための盾のようなもので、毎日魔物と戦い、家の雑務をこなし、少しでも逆らえば、なんて自分勝手な女だと貶された。

 けれど、共に戦った人を自らの利益のために陥れることが、一族のためだとおっしゃるのかしら? そんなこと、知るもんですか!!

 無視していると、殿下はついに痺れを切らしたのか、私の耳に「後悔するぞ」と告げて、クウォリアス様に振り向いた。

「気にいったか? 便利だぞ、これは。回復も結界も、強化の魔法も使える。少し魔力が少ないところが欠点だが……まあ、鞭で打って働かせれば、問題ないだろう」

 この言葉も、私に対する脅しなのかしら。人をものみたいに譲り渡して、何が問題ないなのかしら……

 本当に私は何をしていたのか……

 殿下は、こうやってこの場に彼らを集めて、私の吸収の魔法で彼らの魔力を奪い、彼らを黙らせるつもりだったのだろう。

 グラウワウル殿下には本当に、彼らを回復する気なんてない。もとから利用だけして、魔力を失えば蔑ろにして追い返す、そんなつもりだったのだ。

 クウォリアス様は、グラウワイル様に振り向いた。

「こんなものでは納得できません。回復の魔法の薬を渡してください。今すぐにです」
「まあ、待て。ここにはもうそんなものはない。むしろ、回復の魔法が使えるこの女の方が、便利なはずだ。なぜ断る?」
「……」
「今は、これで手を打て。仲間を回復した後は、どうしようと、お前の自由だ」
「……」

 クウォリアス様が、じっとグラウワイル殿下を睨んでいる。

 けれどグラウワイル殿下は、クウォリアス様の相手などする気はないらしく、すぐに目を背けてしまった。
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