6 / 40
6.どうなっても知りませんよ?
しおりを挟む今、ベネディクシア様の手を今取れば、少なくとも、クウォリアス伯爵様に嬲られることはなくなる。あの方は随分腹を立てているようですし、私が正気を失うまで痛めつける気なのかもしれない。
もちろん、今私はとても恐ろしいと感じているので、甘い言葉には手を伸ばしたくなる。私だって、恐ろしい道を選んで、嬲りものになるのは嫌。
けれど、彼女の提案を飲んだところで、それは同じ。結局は彼女にいいように使われ、召使い以下の扱いを受けるのでしょう。
私は、私を抱きしめる彼女の手に触れた。
すると、彼女はそれに気づいたよう。私に微笑んだ。
「……ああ、この指輪ですか? 殿下にいただきましたの。いなくなってしまう、あなたの代わりに」
「私の? では、あなたがこれから隊長になるのですか?」
「いいえ。これからは、魔物退治の部隊は全て、殿下が率いることになります。私は、あの砦を管理してほしいと頼まれましたの。私のことを、殿下はそれはそれは信頼してくださっているご様子で……」
「そうですか……」
彼女は酷く誇らしげだ。
随分馬鹿にされたものだわ。
私は、彼女の腕からするりと抜けて、彼女に振り向いた。
「せっかくの提案ですが、謹んでお断りいたします」
「……あら……なぜでしょう…このままでは、野蛮な男たちに下げ渡された挙句、慰み者にされるのですよ? きっと、鞭で打たれて拷問された挙句、ひどく乱暴されてしまいますわ。私は、そんなあなたがあまりにもお可哀想で、こうして無理をして来て差し上げているのに……まさか……あなたはこのままでいいとおっしゃいますの?」
「構いませんわ」
「…………」
私の答えが意外だったからでしょうか。ベネディクシア様の顔が歪む。なんていい気味!
よほど私を奴隷として使いたかったのかしら。残念ですけれど、死んでもごめんだわ。
あっさりと断った私の前で、ベネディクシア様の顔が怒りで歪んでいく。
「……残念ですわ。フィリレデリファ様………では、仕方がありませんわね……せっかく私が、あなたに最後のチャンスを差し上げたというのに…………」
「必要ありませんわ」
「……なんですって……」
「失せなさい。鬱陶しい。これ以上ここにいるなら、ただではすみませんわよ?」
「…………私は、すでに絶望するより他ないあなたを救って差し上げにきたのですよ? それなのに……なんですか? その態度は。全く……こうはなりたくありませんわね……身勝手で自己中心的で他人のことなど何も考えられない利己的な女の成れの果て……それがあなたですわ。どうやったらこんな女になれるのかしら…………王子殿下の婚約者という地位をほしいままにしてきた証拠です。これでもう甘え続けることができなくなるなんて、あなたは思いもしなかったでしょうね」
「……………………その指輪、渡してくださいませんか?」
「あら、なぜかしら?」
「砦の魔法の薬が保管してある部屋の鍵を開けるのです。その指輪は、砦を管理するための指輪ですもの。それがあれば、砦の扉は開きますわ」
「……正気ですか? 本当に、王家の大切な砦にあのような方々を入れて、しかも、貴重な回復の魔法の薬まで差し出す気なのですか……?」
「ええ。それに、あれは王家のものではありません。あの砦にもこの屋敷にも、魔法の道具も薬も、豊富にあるはずです。今だって、あなたは随分と装備を整えていらっしゃるご様子。砦の管理をなさるとおっしゃいましたわね? そのためかしら?」
「ええ。当然ですわ。あなたと違い、私は忙しいのです。無能であるが故に、全く求められず暇なあなたが羨ましいですわ」
「それだけの装備があるのなら、ここを守ってくださった方々のものまで取り上げてしまうなんて、横暴ではありませんか?」
ベネディクシア様の言うことをまるで聞かずに、こちらの話だけをぶつける私を、ベネディクシア様は睨みつける。
「よくもまあ……そんなことを…………見損ないましたわ……フィリレデリファ様」
「あら? なぜかしら? 私はただ、彼らが保管していたものをお返しするだけですわ」
「あの砦は、グラウワウル殿下が管理している、殿下のためのものです。殿下が許可なさらない者を中に入れることなど、できるはずがないでしょう!」
「あの砦は決して、殿下の所有物ではありませんわ」
「ええ。殿下のものではなく、王家のものです。そして、王族に認められそれを管理するに相応しいと判断された者が使うためのものです。それを…………なぜあのような連中を中に入れようなどと言えるのか……」
「……」
「あなたのような方が、なぜ殿下の婚約者になど選ばれたのでしょう。こんなハズレくじのようなものをつかまされさえしなければ、殿下は今頃、もっと輝かしい栄光を手にしていらっしゃったはずです。どうやら、あなたには手を差し伸べるべきではなかったようです。あなたに救う価値など、まるでありません。このまま、あの男に囚われてしまえばいいのです!」
5
あなたにおすすめの小説
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います
こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。
※「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる