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7.本当に私はここを去ってよろしいのですか?
しおりを挟むベネディクシア様は、やけに感情的になって話すけれど、私はそんな戯言に付き合う気などない。
「ベネディクシア様…………どうか、その指輪を渡してくださいませんか? そうでないと、どうなっても知りませんわよ?」
「まあ! ついに自分可愛さに私を脅すのですか! 呆れた!! こんな邪悪な方が、この屋敷にいらっしゃったなんて! 今すぐ殿下に進言いたしますわっ!! 邪悪な魔物を追い出すように!」
ベネディクシア様は部屋のドアを開き、外の廊下に向かって大きく息を吸い、叫んだ。
「誰かっ…………!! 誰か来てくださいっっ!! 誰かーーー! フィリレデリファ様がっ…………」
耳が痛くなりそうな声を上げて彼女が叫ぶと、大きな足音がいくつもして、たくさんの護衛と側近たちを連れたグラウワウル殿下が、部屋に飛び込んできた。
「ベネディクシア!? どうした!? 何事だ!?」
喚く殿下に、ベネディクシア様は私を指差して高らかに言った。
「グラウワイル殿下! どうか、この邪悪な女を断じてください!! この女は私を愚弄したばかりか、指輪と、砦の回復の魔法の薬を全て譲り渡さないと、ただでは済まないと脅してきたのです!! 自分の罪を認めないばかりか、自らの利益ばかり追うこの女は、救いようのないところまで堕ちていますわ! その醜い心で人々を苦しめて生きるより、処罰されることこそが、彼女にとっての唯一の救いと言えましょう!」
「ベネディクシア……お前の言うとおりだ…………情けなどかけた俺が愚かだった!」
グラウワイル殿下が、私に振り向く。
「お前……この期に及んで、ベネディクシアを脅したのか!」
私を怒鳴りつける殿下は、すでに私の話などまるで聞く気はないのでしょう。
ベネディクシア様まで大袈裟に「なんて恐ろしい方なの!」と声を張り上げる。
けれど、呆れたのは私の方ですわ。
すっかり、あの砦は殿下のもので、ここを守ることができたのも殿下のおかげだということにしていますが、これまでこの地を守ることができたのは、王家ではない方々のおかげ。
けれど、それを彼女やグラウワウル殿下に話したところで、無能な馬鹿めと笑われるだけでしょう。
でしたら……私は私の矜持に従って生きるのみでございますわ!
この地を守るために派遣された魔法使いとして、必要な義理は果たさせていただきます!
「私は脅した気などございません。理不尽なことには従えないと申し上げただけですわ」
私がそう言うと、案の定、グラウワウル殿下は私を睨みつける。
「……フィリレデリファ……どうやらお前には、まだ罰が必要なようだな」
彼は懐から、鞭を取り出す。それを見れば、私が震え上がると踏んでいたのでしょう。殿下は恐ろしい笑みを浮かべている。
「これは、罪人としての罰だ」
「……このような場で、私に鞭で打たれろというのですか?」
「お前に悪事を行ったことを思い知らせるためだ。跪け。今ならまだ、服を脱ぐことだけは勘弁してやる」
「……私はすでに枷をされています。これでは不十分だとおっしゃるのですか?」
「当然だ。俺に逆らい、咎められたにも関わらず、無礼な意見を重ねたのだ。俺はチャンスをやっただろう? それを蔑ろにしたのは、お前の方だ。むしろ、この程度で済むことをありがたく思え」
「…………では、殿下……お教えください」
「……今から挽回する方法か? それなら、まずは床に這いつくばり、頭を下げろ。その上で、その醜い心を入れかえると約束してみせろ」
「いいえ。私が聞きたいのは、それではございません」
「なに……?」
「本当に私がここを出て、よろしいのですか?」
「……」
私の質問に、殿下はキョトンとしたかと思えば、急に笑い出す。
「何を言い出すかと思えばっ……! そんなことか!! 勿論だ!! お前一人の存在が、どれだけこの場に集まった者たちを苦しめ傷つけてきたか、考えてみろ! お前がいなくなれば、この地を守る者たちがどれだけ救われるか! 出て行くというなら、これ以上にありがたいことはない!! 最後に、俺たちへのこれまでの詫びとして、あのうるさい連中を連れて消え失せろ!!」
「…………分かりましたわ……」
そろそろめまいがしてきた。
私は、ふらふらしながらその場に跪いた。
もう耐える必要などなくなったわ。これからは、好きにさせていただきます。
決意して、その場で目を閉じる。鞭を振り上げる音がした。
*
理不尽な罰を受けた私は、枷をつけられたまま、兵士たちに鎖を引かれ、屋敷の外に出された。鞭の傷跡が残る体に、破れたドレスを着て。
私の前には、先ほどまで無抵抗の私を痛めつけていた男が、ふんぞり返って歩いている。罪人として罰を受けたあとを私の体に打ち付けたことが、よほど気持ちよかったのでしょう。上機嫌ですわ。
屋敷の門の前には、クウォリアス様と、数人の男たちが待っていた。そばには、大きな馬車が二台止めてある。客車を引くのは、光を放つガラスのようなものでできた使い魔だ。彼らの魔法で作られた物だろう。
枷をされた私を見たクウォリアス様は、不満げにグラウワイル殿下を睨みつける。
「なんですかこれは。なぜこんなに弱っているのですか? この女は、俺への詫びの品なのでしょう?」
「どうせ陵辱に使うのだろう? だったら弱っていたところで、問題ないはずだ。安心しろ。ちゃんと回復の魔法も使える」
馬鹿にしたような態度のグラウワウル殿下の言葉を聞いて、クウォリアス様の顔が歪む。ひどく見下した言葉であることは明らか。彼らのことなど、最初から見下しているのだろう。
クウォリアス様の後ろの方々も、不満そうに王子らを睨んでいる。そのうちの一人、馬車の客車の前に立った男が、クウォリアス様に駆け寄って行く。薄い水色の美しい髪の男で、私と同じくらいの背の彼は、クウォリアス様に向かって、苛立った様子で言った。
「クウォリアス……本当にこんなもので納得する気?」
「キートティーグ、お前は黙っていろ」
「…………」
キートティーグと呼ばれた彼は、黙っていろというクウォリアス様の言葉を無視して、グラウワウル殿下に振り向いた。
「……僕たちは、こんな物で納得なんてできない。今すぐに砦の回復の魔法の薬を寄越せ。僕たちの仲間が怪我をしたのは、お前たちのせいだ」
王子に話しているとは思えない不遜な言葉に、グラウワウル殿下はひどく顔をしかめ、その周りにいた護衛や側近たちが「無礼だぞ!」と声を上げる。
そして、王子もまた、青筋を立ててキートティーグ様を指差した。
「おい……クウォリアス……奴隷とはいえ、そばに置くものくらいはちゃんと選んだらどうだ? なんだその無礼なものは!! 王家の前に出てくるのに、なぜそんな礼儀のなっていないものを連れてきた!? 説明しろ! クウォリアス!!」
すると、クウォリアス様は肩をすくめて言った。
「俺の側近どもは、ありもしない敬意を払うことはしないのです。俺から詫びておきます。一応」
「い、一応だと!!」
ますます声を荒らげるグラウワウル殿下。けれどクウォリアス様は、もう殿下に対して敬意を払う気などなさそう。
殿下相手に、一歩も引かずに回復の魔法の薬を要求するだけある……もう、殿下に対しては怒りと軽蔑しか感じていないご様子だ。
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