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9.さようならですわ!
しおりを挟む私は、再度枷を突き出して、クウォリアス様と対峙した。
「あなた方が私たちを憎んでいることも、私がすでに、なぶり殺しにされてもおかしくない身であることも理解しています。その上で、あなたにお願いしているのです」
「…………そうか……枷を外すためなら、死ぬことすら厭わないというのか…………」
「……っ!!」
ぐっと強く胸元の服を掴まれたかと思えば、恐ろしい力で引き寄せられる。
クウォリアス様は、私の胸ぐらを掴んで私を掴み上げてしまった。
私が思うよりもずっと、彼は私たちに腹を立てているようだ。呼吸すら苦しくなりそう。
枷をつけられていては、抵抗などするだけ無駄だ……ここで反抗して相手の敵意を刺激すれば、このまま締め殺されるかもしれない。
私はわざと抵抗せずに、焦りを顔に出さないよう、できる限りの余裕を表情にうつして、クウォリアス様を見上げた。
すると私を掴み上げた男は、ひどく冷酷さを感じさせる声で言う。
「では、ここで貴様を殺して行くか。馬車に余計な荷物を積まずに済む」
「……あら…………ここで私を切り裂いて殺すのですか? あなたの目的は、お仲間の回復ではなかったのですか?」
「だったらなんだ?」
「私が死んでしまっては、私を鞭で打って働かせることもできませんし、私でうさを晴らすこともできなくなります。死体相手では悲鳴も聞けないし、もがき苦しむ様を眺めることも、仲間の仕返しをすることもできません。それでは損ではありませんか?」
「そうだな…………」
その男は、ゾッとするような顔で笑う。
「それなら、枷を外したくなるくらい、俺を期待させてみろ」
「…………期待?」
「貴様は、どうしても枷を外して欲しいのだろう? 俺が貴様の悲鳴が聞きたくなるようなことをしてみろ……泣き叫びながら弄ばれる貴様を見てみたいと、そう思うくらいに俺を満足させられたら、少しは聞いてやるかも知れないぞ?」
「……………………」
「できないのなら、黙って荷物になっていろ。少なくとも殺しはしない」
「………………嫌ですわ…………」
私は、枷をされたままの手で彼に掴みかかり、その体に飛びついた。
完全に油断していたのか、クウォリアス様は隙だらけ。私の勢いに負けて、背中を馬車の客車にぶつけている。
彼は、私が枷をされていれば魔法は使えないと踏んでいたのだろう。確かにこの枷には魔法を禁じる力がある。けれど、私が全力で魔法を使えば、一瞬こうして体を強化し、強い力を持つことも可能。
枷をされたまま魔法を使うのは骨が折れましたが、私はもう、自分の心のままに目的を達成すると決めた。
全身の魔力を呼び出して、その男を押さえつける。
屈強な体をしているくせに、簡単に馬車に追い詰められ動けない男を見たら、ほくそ笑んでしまいそう。
「私を舐めすぎですわ……クウォリアス様…………私はもう、家も婚約者も、貴族としての地位も失いました。これで命まで奪われてしまったら、奪われっぱなしではありませんか」
「だからなんだ?」
平然と言う男の唇に、私は自らの唇を近づけた。
その男の顔が、一瞬驚きに歪んだ気がした。
自分であんなことを言っておきながら……今更後悔しても遅いですわ。
「クウォリアス様……陵辱されるのは、あなたの方ですわ…………」
自らの服に手をかける。先に要求したのは彼の方。だったら文句など聞きません。
けれど、肝心なところ力が抜けていく。枷をつけたまま無理をして魔法を使ったせいだろう。体に力が入らなくなってきた。
なんでこんな時に……
思っていたより、魔力の消費が激しいんだわ。
無茶な使い方をしたせいで、息が上がってきた。
「…………ぅっ……」
「魔力切れか?」
「……っ! 気づいていらっしゃったのですか!?」
驚く私に、クウォリアス様は意地の悪い笑みを見せた。
「当然だ。そうでもしなければ、貴様が俺を押さえつけるなど、できるはずがないだろう」
「…………くっ……気づいているならっ……!」
強化の魔法もあっさり解けてしまい、立っているだけでフラフラする。ますます息が上がってきた。
喘ぐ私を、クウォリアス様は性悪な顔で見下ろしていた。
「ずいぶん無理をしたようだな」
「……ぁっ…………ぐっ……か、枷を外しなさい! このままでは、何も出来ませんわ!! そもそも、枷をされたままの私に、これ以上どうしろと言いますの!?」
長く枷で魔力を封じられているのに、無理をして魔法を使ったせいで、体から力が抜けていく。倒れ込んでしまいそうだ。
クウォリアス様は、私の枷に手をかけた。
「随分くだらないパフォーマンスだった。だが、期待などまるでしていなかったものにしては、よくやった方だ。外してやるから、さっさと離れろ」
「ふん……後悔しますわよ……」
「ろくに動けもしないくせに、いきがるな」
彼の魔法が、私の枷を外す。
パンっと音がして、枷は粉々に弾け飛んだ。
手枷も足枷も消えた。これで、魔法が使える。
私は、クウォリアス様に向かって微笑んだ。
「感謝いたしますわっっ……! クウォリアス様!」
魔法を操り、体を強化。窓に手をかけ、客車の屋根の上まで飛びあがる。ここからなら、グラウワウル殿下たちがよく見下ろせる。
グラウワウル殿下は、枷を外された私を見上げ、ひどく苛立った様子で言った。
「……淫乱め……枷を外すためだけに、魔力を使い男に襲い掛かるなどっ……お前が婚約者だったなんて、怖気立つわ!」
「あらあら……今さらとうに破棄された婚約のことなんか持ち出して、気持ち悪いこと」
「なんだとっっ!!??」
「それに、怖気だちそうなのは、私も同じですわ、グラウワウル殿下。もうあなに従って生きるなど、うんざりです。約束のものをあなたが渡さないというのなら、勝手にいただくまでですわっ!!」
私はドレスから、小さな指輪を一つ、つまみ出して見せた。
ベネディクシア様が顔色を変える。
「それはっ……! わ、私のっ……砦を管理する指輪っ……!」
彼女は慌てて自分の指を見下ろす。けれど、もちろんそこに指輪はない。だって、すでに私がいただいていますもの。彼女が自慢げにいろいろなことを教えてくれている間に、こっそりと魔法を使って。クウォリアス様の前に立った時は、すでに無茶は二度目で、すっかり動けなくなってしまったけれど、これで目的は達成できたのですから、満足です。
私は、客車の下から私を見上げているクウォリアス様に向かって叫んだ。
「馬車に乗ってくださいっ……! 砦に向かうのですっ!! 回復の魔法の薬を渡すと、そう申し上げたでしょうっ!?」
叫んで、馬車を引く使い魔たちに向かって、魔力を飛ばす。
私の魔力を受けた馬たちは、大きくいなないて、砦に向かって走り出した。
クウォリアス様もキートティーグ様も、馬車に飛び乗ってくる。
疾走を始めた馬車の背後からは、グラウワウル殿下たちの怒鳴り声が聞こえた。
「貴様っ……フィリレデリファっ……!! こそ泥めっ!」
「泥棒はあなた方の方ですわーーっっ!! グラウワウル殿下! これからは、私は私の矜持に従って生きていきます! さようならですわっ!! このっっ……ゲスどもがっっ!!!!」
叫んだ声が、グラウワウル殿下に聞こえたかは分からない。だって馬車の背後で転んでいるのが見えたもの。こちらに向かって魔法を放とうとしていた護衛たちも、倒れた殿下に駆け寄ることに夢中。
そんな彼らはさっさと視界から消して、私は馬車が向かう先に向き直った。
すると、クウォリアス様が私の前に降りてくる。怒り出すかと思いきや、その男は「随分と手くせの悪い令嬢だ」と言って笑った。
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