婚約者に愛想を尽かし、追放されて陵辱される道を選んだら、私を弄ぶはずの伯爵がなぜか楽しげに近づいてきて対応の仕方が分からない

迷路を跳ぶ狐

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15.なぜ?

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 回復の魔法は確かに効いている。鞭の傷まで癒えている。

 けれど、なぜクウォリアス様がそんなことをするの……私でしたら、しばらく寝れば魔力は回復して、自分で回復の魔法をかけられたのに。

「……私の傷はすでに癒えています……世話をかけました…………感謝いたします」
「傷は残っていないか?」
「はい!?」
「何を驚いているんだ? 精霊の魔法で傷つけられると、傷はなかなか塞がらない。回復の魔法はかけたが、傷は残っていないかと聞いている」
「………………なぜ、あなたが私にそのようなことをおっしゃるのです? 傷がないのか見たいのなら、寝ている間にでも勝手に見ればよろしいではありませんか」

 けれどクウォリアス様はキョトンとしている。

 おかしな方……先程は、自分を期待させるようなことをしてみろなどと、ふざけた要求をしておきながら。

 その男は、今はじっと私を真剣な目で見つめて言った。

「…………俺たちをあまり馬鹿にするな」
「………………なんのことでしょう?」
「あの勝負で、キートティーグが貴様を後ろから撃ったのは、俺の不注意だった」
「………………はい?」
「あんな真似をさせる気はなかった。回復は、あの攻撃に対する詫びだ」
「…………詫び? 不要です。戦闘の最中に不測の事態が起こるのは当たり前のこと。私とあなた方は共に戦う同盟というわけではないはずです。攻撃を予測し対処できなかったのは、私の落ち度ですわ」
「キートティーグは俺の仲間だ。それに、貴様を戦えない状況に追い込むつもりはなかった」
「…………嬲りものにする気で連れてきた私を、ですか?」
「そうだな…………」

 微かに笑みを浮かべたクウォリアス様は、私を睨みつけた。

「少なくとも貴様は、あの指輪を持ってきた。指輪は本物だ。街で対峙した時も逃げずに俺に向かってきた。話す価値が全くないものではなさそうだ」
「………………ご評価いただき、光栄ですわ………………」
「……そう怯えるな」

 そう言って、クウォリアス様は、ニヤリと笑って、私に近づいてくる。

 怯える? 私が? 一体、なんのことかしら……

 私は、彼に近づかれるたびに、一歩、もう一歩と、後退するように下がっていく。

 なんなの…………?

 私を捕まえたいのなら、魔法でもなんでも使えばすぐに拘束できる。
 彼は詫びだと言うが、そもそも私と彼らは仲間ではない。
 彼らは私たちを恨んでいる。協力すると言いながら全く力を貸さず、彼らだけを戦わせ、戦いが終わり脅威が去れば、傷ついた彼らを回復することもせずに追い返そうとしている。協力関係を一方的に破り捨てたのは私たちの方。憎まれて当然だ。
 回復の薬を保管してある砦に招き入れると言いながら、結局それはできなかったのですし、私に対する怒りもひとしおだろう。

 それなのに……なんなの?

 街でも確かに、彼は私に剣を向けた。殺す気はなかったようだけど、ただ私を試したいだけといったような、生優しいものではなかったはずだ。あの剣は、私が傷ついても構わないと言った様子で振り下ろされていた。

 それなのに……

 なぜ私を回復して、しかも、こんな宿のベッドに眠らせるのか……

 何がしたいのか分からない。

 起きた時に、体は調べた。寝ている間に陵辱されたり、魔法をかけられたようなあとはない。

 起きたらキートティーグ様に襲われたけれど、それだって、わざわざ私が起きてから刺しに来なくても、寝ている間にどうにでもできたはずだ。悲鳴が聞きたいというが、寝ている間に刺されたら、悲鳴くらい上げる。

 それなのに……なんなの……一体……

 ますます警戒を強める私に、クウォリアス様は、怒るでもなく、先ほどのように嘲笑うでもなく近づいて、小さな瓶を投げて寄越した。

「そう警戒するな。傷がないのならいい」
「こちらは…………?」
「魔力はまだ回復していないだろう。魔力を回復するための魔法の薬だ。飲んでおけ」
「なっ………………………………な、なぜ……私に、こんなものをお渡しになるのです!?」
「魔力が失われているからだ」
「…………………………」
「なんだ、その顔は…………罠である可能性を疑っているのか?」
「いいえ…………クウォリアス様が今、私をわざわざ罠に嵌める理由がありませんわ。けれど……正直に申し上げますと、私、あなたの行動の意図が全く分かりません。なぜ、私を回復する必要があるのです……? そんなことをせずとも、砦には入れますし、私は自分で自分に回復の魔法をかけることができますわ」
「言っただろう。詫びだと。魔力もその一つだ。魔力がなければ不都合なことも多いはずだ」
「…………な、なぜですの? なぜあなたは私にそのようなことをおっしゃるのです? 私に魔力がない方が、あなた方にとっては好都合であるはずです!」

 私が言うと、クウォリアス様はあろうことか笑い出した。

「何を言い出すかと思えばっ……! 貴様に魔力があろうがなかろうが、俺たちにとってはどうでもいい。貴様が完全に回復したとしても、俺たちにとっては貴様を押さえ込むことなど造作ないことだ」
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