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16.近寄らないでください!
しおりを挟むクウォリアス様の言うことは分かる。けれど、やはりこれは受け取れない。
「……私にこのようなものを渡すべきではありません。傷ついた同士を助けるべきです」
「あいつらの傷は、その程度で治るものではない」
「…………けれど、それは私に薬を渡す理由にはなりませんわ」
「嬲りものになりに来たくせに反抗するな。早く回復しろ」
「……」
私は、握った薬を見下ろした。
……これ以上は無礼だわ。
一気に飲み干す。体に魔力が満ちていくのが分かる。もう、魔法も使えそうだ。本当に、私を回復するために寄越したのだ。それも、仲間に使うはずの貴重な薬を。
もちろん、私も回復されることはある。しかしその時は、自分で回復できないことを叱責され、後ほど罰を受けることが前提。回復が終われば、すぐに戦いの場に突き出された。
今回はそんなものではない。
本当に、私を背後から打つという卑劣な真似をしたことに対する詫びと、傷ついた私をただ回復させるためだけに行った、いわゆる、厚意というものだわ……倒れた私を放っておけないという、情けのようなものなのだろう。まさか、自分にそんなものが向けられる日が来るなんて……
情けをかけられ回復してもらったことは情けなく、自分自身には腹が立つが、私が自分の不甲斐なさに苛立つこの感情は、クウォリアス様に向けられるべきものではない。
助けられたのなら、私もそれに報いなければ。
今の私にできることは、約束を果たすことと、後は…………お礼を言うことかしら?
お礼……?
こんなふうに礼を述べるなんて、どれだけぶりかしら。
もちろん、私も礼を言ったことはある。子供の頃は、親切にしてくれた使用人に「ありがとう」と話していたはず。しかし、家族が私を、兄弟を守る盾として扱うようになり、私を蔑ろにするようになると、使用人たちの態度も変わった。私は屋敷では誰からもぞんざいに扱われることになり、それからというもの、「礼も言えないのか」とぶたれるからただ口を動かして言うだけになっていった。
王子殿下と婚約してからは、貴族の策略の中で生きることになり、相手の企みを知りながら、「ありがとう」と言うことが増えた。毒が入っていると知りながら、回復の魔法の薬と言われたものを受け取り、一族や王族の情報を対価として後で要求されると知りながら、戦闘で傷ついた体を回復された。
私の一族は、王族に使える魔法使いの一族として、恨まれることも多かったし、謀略の中で他の貴族たちを利用することも多かった。そんなことをすれば恨みも買う。その矢面に立つのはいつも私で、兄弟たちの護衛につくことも多く、暗殺の危険はあるが出席の必要もある夜会には、急遽私が出席し、謀に巻き込まれ乱暴を働かれる危険がある会合には私が顔を出した。
そんなふうだったから、悪意を向けられることには慣れているのに……
そういった謀が全くない状態で、ただ純粋に情けをかけられて、それに対してお礼を言うのは…………本当に……どれだけぶりだろう。
「…………クウォリアス様!」
「…………どうした? 声が裏返っているぞ…………? なんだそのツラは……喧嘩を売りたいのか? 回復して早々」
なんでそうなりますの…………私はただ、お礼を言おうとしただけですわ。
それなのに、また力をぶつけ合いたいのか、クウォリアス様は楽しそう。魔法をぶつけ合いたいという欲求は私も理解できますが、今はそんなことをしている場合ではありませんわ!
私は、自分の胸に手を置いた。何度か、息を吸って吐くを繰り返す。
突然そんなことをし始めた私を見て、クウォリアス様は首を傾げていた。
「…………何をしているんだ?」
「ひっ……! ち、近寄らないでください!」
「…………急に怯え出したな。さっきは傷がないか調べろなどと言っておきながら。俺を陵辱するんじゃなかったのか?」
「…………そ、それは、ま、全く別の話ですわっ…………ち、近づかないでください……」
「……一体、何に怯えているんだ?」
「何もっ……クウォリアス様!」
私は彼に振り向き、距離を取った。
キョトンとしちゃって憎たらしいっ……! そもそも、あなたが私を弄ぶつもりで連れてきておきながら私を回復したりするからっ……冷酷なままで全く構いませんのに!
………………いえ。
私は何を言っているの。
相手が、仲間のために王家に食ってかかるような方だと分かっているはず。
私に対する非情な態度は、怒りと憎悪からくるもの。それでも相手は義理を果たした。それなのに、私は自分の歪んだ醜さを相手のせいにするなんて。そんなこと、私の矜持に反しますわ!
「その………………クウォリアス様……あ、ありがとうございました…………」
全て言い終わるまでかなり時間がかかった。
クウォリアス様は黙ってしまう。
何かおかしかったかしら……けれど、これで義理は果たしましたわ!
しかし、クウォリアス様には背を向けられてしまう。
「先程から、やけに思い詰めた顔をしているかと思えば、そんなことが言いたかったのか?」
「そ、そんなことっ……!?」
「無理をしてそんな言葉を口に出さなくていい」
「お、お待ちください! 私、心からそう思っているから、そう伝えましたのよ!?」
叫んで追う。
するとクウォリアス様は振り向き、勝ち誇った目をして私を見下ろした。
「だろうな」
「え…………」
「みくびるな。心からの言葉かそうでないかくらい見抜ける」
「はっ…………!?」
なにそれ…………最初から分かっていて、私をからかったな…………!
先ほどまでの緊張が、今度は羞恥に形を変えて襲ってくる。
「このっ…………! こ、今度私が倒れたら、ぜひ街の真ん中に放置しておきなさい!! 私、回復だけは早いのでっっ……!!」
「街中に捨てられて、乱暴されても知らないぞ」
「そんなこと、あなたに言われたくありません!」
叫ぶ私を見て、その男は肩を震わせている。笑ってる!?? こっちは精一杯なのにっ…………
このゲスがっ……!
「も、もう用事は終わりましたわね! 砦に向かいますわよ!」
「おい、待て。精霊の魔法に対抗する術を教えると言っただろう。勝手に部屋を出るな」
「お断りしますわ!! 結構です!!」
「死んだら約束を守れないぞ」
「ぐっ…………」
この男……さっきからニヤニヤと…………
こんな男相手に逃げるなんて、私の誇りが許さない。
この男は戸惑う私を面白がっているだけ。だったら、受けて立つっ!!
「そうですわね。でしたら、お願いいたしますわ」
「…………」
「なんですの?」
「さっきまで俺を陵辱すると言っていたとは思えない従順さだな」
「……うるさいですわよ…………早く始めなさい」
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