婚約者に愛想を尽かし、追放されて陵辱される道を選んだら、私を弄ぶはずの伯爵がなぜか楽しげに近づいてきて対応の仕方が分からない

迷路を跳ぶ狐

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17.剣はどうしたのですか?

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「じっとしていろ」

 そう言って、クウォリアス様が私に手を伸ばしてくる。
 何をされるのかと思って、私は身を引いて構えた。

「何をする気ですか?」
「……もう忘れたのか? 精霊の魔法に対抗できるようにしてやると言っただろう」
「…………離れていてはできないものなのですか?」
「できないことはないが、そばでやった方がいい。どうした? そんなに怯えて」
「怯えてなどいません。あなたを警戒しているだけです」
「警戒? 竜の前に突き出された子犬のような顔をしているぞ」
「どんな顔ですか…………近づかないとできないと言うなら、じっとしていますわ。けれど、何をするのかくらい、教えていただけませんか?」

 私は、腕を組んで相手を睨みつける。

 怯えてなんていない。からかわれて、腹を立てているだけだ。人を馬鹿にして笑うような男に、誰が怯えたりなんてするもんですか。

 クウォリアス様は何も言わずに、手を近づけてきたかと思えば、不躾に私の腕を取る。

 とっさに振り払おうとするが、相手の手はびくともしない。
 その手から、弱い光が飛び出して、縄のように私の体に巻きついて消える。

 それだけで、クウォリアス様はすぐに私から手を離した。

「終わりだ」
「……これで終わりですか?」
「ああ。だいぶ弱いものだが、精霊の魔法をかけてやった。これで、拘束の魔法をかけられても少なくとも即死はしない。それで一撃目を防げばいい。その後は、俺が魔法を使った奴を取り押さえる」
「……クウォリアス様が? 必要ありません。取り押さえるなら、私がしますわ」
「やめておけ。手負いの貴様では、精霊族には勝てない」
「………………あなたが私を守る必要などないはずです……」
「何度言ったら分かる? 俺は自分のものを傷つけられるのは気に入らない。強い防御の魔法をかけることもできるが、それを今の貴様が扱うことは難しいはずだ」
「……」
「その状態で、手に防御の魔法を使ってみろ」

 言われて、片手を握ってそこに防御の魔法をかけてみる。すると、手が微かに熱くなって、パンっと何かが破裂する様な衝撃がきたかと思えば、熱はすぐに消えてなくなった。

「……なに……? 今のは……」
「精霊の魔法で手を守ろうとして失敗したんだ」
「……失敗?」
「俺がかけた魔法をうまく扱えていない。初めて使うならそんなものだ」
「…………どうすればうまく扱えるようになるのですか?」
「力が弱い魔法である分、扱いやすいはずだ。何度か使っているうちにうまく扱えるようになる」
「…………」

 もう一度、手を握ってみる。けれど熱はやはりすぐに消えた。
 これはうまくいっていないと言うこと……? なんだか悔しい。
 戦闘の時の防御の魔法なら、魔物との戦いの時にいつも使っていた。それなのに、こんなにもうまく使えないなんて。

 クウォリアス様は、私の手を見下ろして言った。

「魔力の武器を使えば、もう少し扱いやすくなるかもしれない」
「武器を?」
「剣を出してみろ」

 言われて、私は魔法で短剣を呼び出した。その手に防御の魔法をかけてみる。すると、手に生まれた熱が短剣の方に移り、火で熱されたように短剣が赤く光る。けれどその光もすぐに消えてしまった。

「…………難しいです……」
「それだけできていれば、すぐに精霊の拘束を切り裂けるようになる」
「……クウォリアス様は、その精霊の拘束の魔法を使えるのですか?」
「ああ。俺も精霊族だからな」
「でしたら、一度やってみてください!」
「……それは、拘束の魔法をかけろと言っているのか?」
「はい! 切り裂いて見せますわ!」
「……やめておけ。病み上がりだろう。回復したら相手をしてやる」
「……約束ですわよ」
「ああ」

 ぎゅっと短剣を握る。闘志が湧いてくる。

 今戦ったら勝てない相手。次にやるときは、私が勝ちたい。

「…………感謝いたします。クウォリアス様。次は負けませんわよ」
「……血の気の多い女だ…………」

 そう言って、クウォリアス様は私に近づいてくる。

 私はすぐに、相手に向かって短剣を構えた。

 やる気だと言うのかしら!

 けれど、近づいてくる男は無防備。防御の魔法すらかけていない。私は魔力の短剣を構えていると言うのに。

「何をしていますの? 私は剣を構えています。それとも、魔法だけで打ち勝つおつもりですか?」
「俺は今、貴様と争うつもりはない」
「……先ほどあれだけ馬鹿にしておいて、今さら何をおっしゃっているのか…………そもそも、キートティーグ様の邪魔が入らなければ、私の剣はあなたのその口を切り裂いていたのです。今さら戦意を喪失したとおっしゃるのですか?」

 私が剣を握っても、クウォリアス様は私を馬鹿にしたように肩をすくめている。

「貴様が怪我をしたのは俺の仲間の仕業だからな。決闘の最中の横槍を止められなかった俺にも非はある。回復するまでは続きはしない」
「な、嬲りものにするつもりで連れてきたくせに、今さら何をっ……! お気遣いは不要です! 剣を握りなさい! 私は、武器を下ろす気はありませんわよ!」
「そうか」
「そ、そうかって…………私とあなたは仲間でもなければ同盟を結んでいるわけでもない。不満を持った私は、いつあなたの首を裂くか分かりませんわよ!」

 思いっきり睨んでやっても、クウォリアス様の態度は同じ。防御の魔法も使わなければ、武器も握らない。本当に切りつけることができそうな状態で、私に近づいてくる。

 剣を握らない相手に、これ以上切っ先を向けることはできない。

「ひ、卑怯ですわ!」

 渋々、短剣を消す。

「なんで丸腰で近づいてくるのですか!!」
「今は争う気がないからだ。そっちこそ、俺に敵意があるなら、襲ってきていいぞ?」
「あなたが武器を握らなければ、それもできません!」

 もう、こんな男の相手はしていられない。私は部屋のドアを開いて、クウォリアス様に振り向いた。

「いいですか! 私はすでに回復しています! 次に私と対峙するときには、武器をとってください!! 私は……武器も持たず、魔法も向けようとしない相手が……嫌いなんです!!!!」

 怒鳴って、力任せにドアを閉める。

 ドアの向こうで笑うような声がして、ますます腹が立つ。

 落ち着きなさい。私。あの男は、仲間が卑怯な真似をして私を魔法で打った責任を感じ、今は武器を下ろしているだけ。少しして、私が回復すれば、すぐに切っ先を向けてくれるはずだ。

 今だけ我慢すればいい。敵意を向けてこない相手は苦手だわ!
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