婚約者に愛想を尽かし、追放されて陵辱される道を選んだら、私を弄ぶはずの伯爵がなぜか楽しげに近づいてきて対応の仕方が分からない

迷路を跳ぶ狐

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18.私に?

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 回復が終わった私たちは、宿を出て馬車に乗って砦を目指した。

 客車の中には怪我人が乗っているので、私は相変わらず客車の屋根の上。鎖でもつけられて引き摺られて行くよりマシだけど、どうしても落ち着かない。

 何しろ、私を睨むキートティーグ様は、私を殺せるチャンスを常にうかがっているし、クウォリアス様の方は、ちっとも剣を握らない。街では剣を握ってくれたのに。

 私の体ならすでに回復している。私を気遣う理由もないはず。それなのに……

 苛立つ私の目の前に、キートティーグ様が飛んでくる。

「……お前…………精霊の防御魔法を手に入れたからと言って、いい気になるなよ……」

 ひどい殺気……今にも殺しにきそう。

 先ほどそっちから喧嘩を売ってきたくせに、私を恨んでいるのかしら。

 けれど、私だって怒っている。何しろ大切な勝負の最中に、背後から魔法で理不尽に撃たれたのだから。

 私は彼に、怒りで作り上げた笑顔を向けた。

「…………あらあら……私がいつ、いい気になったと言うのかしら? それは、人を背後から撃つしかできないあなたのことではないかしら?」
「…………お前の体には、まだ僕の拘束の魔法の影響が残っている……それが解けたら、僕は必ず、お前を殺す……」
「楽しみですわねぇ……キートティーグ様…………ぜひその力を、今度は正面から向けてきてくださいますか? あの程度の魔法では、あまりに情けなさすぎて、私、背後からでは気づけませんので」
「ずっと倒れていたくせに何をっ…………! お前のことは、必ず殺すっ!!」

 今にも切りかかってきそうな恐ろしい殺気……けれど、私がすっかり慣れきったはずのものとは、少し違う。今は、もっと強いものを向けてくれてかまわないのに。慣れていないものは苦手だ。対処の仕方が分からなくなる。

「どうぞお好きになさってください。あなたに私が殺せるのなら。私は、あなたにだけは決して負けたくありませんけど」
「強がりを…………クウォリアスと違って、僕は、お前のことは一刻も早く殺すべきだと思っている。王家は信用できない。あの砦だってそうだ。お前も…………僕たちを罠に嵌める気だろう!」
「なんのことでしょう」

 飄々としたふりをして答えている間にも、私は、ますます落ち着かないような気になっていた。彼のそのひどい不信感、なんだか私に似ている……

 喚く彼から顔を背けると、今度は妙なくらいニヤニヤした男が、私の前に飛んでくる。

 クウォリアス様……また来た。

「フィリレデリファ」
「……何かご用ですか?」
「忘れ物を届けに来た」

 そう言って、クウォリアス様は魔法で何かを呼び出す。攻撃魔法の類かと思ったのに、彼が持っているのは大きなカゴ。なんだか、甘い匂いがする。

「……なんですか? それ……」
「菓子だ」
「………………見ればわかります」

 だって、カゴから少し見えていますから。また馬鹿にしているの?

 彼が下げているカゴに入っているのは、いくつかの焼き菓子とパン。私にだって、その程度のこと、見れば分かる。魔法で紅茶も呼び出しているようだし、この方は馬車の屋根の上でお茶会を開く趣味があるのかしら。それなら、勝手にそうなさればいいのに、また私をからかいにきたな……

「そうではなく、それは私の忘れ物ではありません」
「ずっと何も食べていないだろう?」
「確かにそうですが、あなたに何かいただくつもりはございません」
「少しは食べておけ。死なれたら俺たちは丸損だ」
「……受け取れません。貴族の方からいただくものには、十中八九毒が入っているので」
「貴様が死んだら丸損の俺が、貴様に毒入りのものを食わせると思うのか?」
「でしたらそんなことをあなたがされる理由が分からないので、いりませんわ!!」
「そうか。貴様が死なないようにわざわざ持ってきたものを、貴様はそんな理由で無下にすると言うのだな?」
「…………っ!!」

 なんて憎たらしい男……そんな卑怯なやり方に出るなんて。

 私だって、それが先ほどと同じ、敵意でも悪意でもないものであることくらい分かっている。こんな返事しかできない自分が嫌になるし、それと同じものが返せず、悔しいくらいに。

「それでも、それは受け取れません。少し食べなかったところで死にませんし、あなたは腹が立たないのですか? 私はまだ、砦の回復の魔法の薬を渡すことができていないのに」
「そんなものは今から手に入れに行く。食べておけ。飢え死にして俺に貴様を嬲る機会を失わせる気か?」
「…………」

 なんだか、信じることもできないような言葉だ。
 けれど、拒絶するのも癪で、私はその一つに手を伸ばした。

「……ありがとうございます……」
「それは、貴様と共に戦っていた部隊の連中が、貴様の体を案じて持ってきたものだ」
「部隊の方が? 私に? 聞いていませんわよ、そんな話!」
「貴様があのアホに婚約を破棄され、俺たちの奴隷になったとしても、食事くらいはさせてほしいと言ってきた。破れたドレスを着て鞭の傷跡をつけた貴様を見て、何か勘違いしたらしい」
「…………」
「辺境の地を守った貴様に対する敬意らしい。少ないが薬もある。分かったら、向こうに着くまでに平らげろ」
「…………そういうことは、早く教えてください……」
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