婚約者に愛想を尽かし、追放されて陵辱される道を選んだら、私を弄ぶはずの伯爵がなぜか楽しげに近づいてきて対応の仕方が分からない

迷路を跳ぶ狐

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23.……違ったようです

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 クウォリアス様だって、今少し振り向く余裕があれば、分かるはず。キャラルイトル様の隣にいるヴクトヘアス様はついに杖を構え、クウォリアス様の隣にいるキートティーグ様も、今にもヴクトヘアス様たちに向かって魔法を放ちそう。

 このままでは、ここで魔法の応酬が始まってしまう。

 そんな風にここで争い事が起これば、ここにいる魔法使いたちは処分され、砦の秩序を乱したとして、王家にクウォリアス様を糾弾する機会を与えてしまう。砦の貴族たちとクウォリアス様たちの間にも、不信感ばかりが生まれることになる。協力関係が崩れれば、辺境の地を守ることも難しくなる。

 とにかく今は、この場を収めなくては。

 私はその場で、できる限りの笑顔を浮かべた。

「クウォリアス様…………どうかここは、私にお任せください。あなたの手を煩わせることはありませんわ」
「……同胞を痛めつけることに手を貸すと言うのか?」
「同胞? あなたは気づきませんでしたか? 皆さま、私をこれ以上ないくらいに、敵視しておられるのですよ? それに私は下げ渡された身ですもの。あなたの所有物として、機嫌をとっておきたいのですわ」
「……機嫌を取るだと? 街では俺に切り掛かってきた女がか?」
「ええ。きっとお気に召していただけますわ」

 私が、キャラルイトル様たちに振り向くと、キャラルイトル様は悲鳴をあげて、その後ろにいた魔法使いたちはざわつき後ろに下がって行く。

 私、そんなに怖いかしら? けれど、そんなふうに怯えられるのも、悪い気はしない……

 ヴクトヘアス様だけは、ますます私を睨みつけ、「性悪女め!」と叫んで、杖を私に向けている。その気概は気に入ったが、今は魔法を使われては困る。

 私は、彼の杖に魔法をかけた。すると杖の周りに魔法の光がまとわりつく。あれで、しばらくは使えないでしょう。

 ヴクトヘアス様は、今にも剣を抜きそうな目で私を睨み、彼のその目を見たクウォリアス様は、しばらく私をその冷徹な視線で見下ろした後、口を開いた。

「では、そこで腰を抜かしている男が持つ鍵の束を奪って来い」
「承りましたわ」

 私は、キャラルイトル様に近づいていく。もちろん、巨大な魔力の剣を呼び出すことも忘れない。

 自らよりも大きな剣を下げた私に迫られて、キャラルイトル様は、尻を床についたまま立たないでいた。

「…………フィリレデリファ様……何をする気ですか……」
「何もされたくないのなら……鍵をお渡しください」
「……それは……できません…………」
「では、仕方がありませんわね」

 風の魔法を使う。風は彼の体にまとわりついて、その自由を奪う。

 動けなくなった彼の服の中から、風を操り鍵をつまみ出した。

 すると、ついに我慢できなくなったのか、ヴクトヘアス様が、私の前に立ち塞がった。

「や、やめろっ……!」

 彼は、強い目をしてこちらに短剣を向けている。

 けれど、今ここで鍵を奪われるわけにはいかない。とにかく彼らには、ここから退場していただかなくては。

 風の魔法を使い、ヴクトヘアス様の体を弾き飛ばす。すると彼は、あっさり飛ばされて、床に倒れた。

 倒れたヴクトヘアス様に、魔法使いたちが次々駆け寄って行く。

「ヴクトヘアスっ……! しっかりしろっ……!」
「なんてことをっ……反逆者の女めっ……!」
「貴様っ……!! フィリレデリファ! このことは、グラウワウル殿下に報告するからなっ……!」

 喚く彼らに、私は振り向いた。

「ご勝手にどうぞ。ぼーっと口だけ動かしていないで、向かってくるなら、ですけれど」

 一言言っただけで、彼らは全員黙ってしまう。砦を守るという矜持のもとに剣を抜いたのは、ヴクトヘアス様だけか……
 あのグラウワウル殿下から預かったものなどに重要性を感じないというのは、理解できますけれど。

 ヴクトヘアス様は、怒りにまみれた顔で、私を睨みつける。

「このっ……反逆者の手先めっ……こ、こんなことをしてっ……! ただで済むと思うなよっ……!」
「あら……クウォリアス様たちは、お仲間を救いたいだけですわ」

 私は、クウォリアス様に奪った鍵を見せた。

「どうです? ご満足いただけましたか?」

 と、にっこり笑って見せても、クウォリアス様は眉一つ動かさない。

「俺は、鍵の束を奪えと言ったはずだ」
「あら。扉が開けば、それでいいではありませんか」
「では、それで鍵が開けば納得してやる」

 疑われているのかしら……それとも、鍵の束でなかったことが気に入らない? そうでなければ……

 …………バレた?

 私が今奪ったこれは、本物の鍵じゃない。
 大切な砦に鍵の魔法をかけるときは、魔法をかけた際にできる本物の鍵と、他にいくつか、魔法と魔法の道具を使って魔力を固めた別の鍵を作る。それは、鍵穴に入れることはできるけれど、本物の鍵とは違い、それだけで扉を開くことはできないもの。魔法をかけた本人と、特定の数人の魔法使いが協力して特別な魔法を使わなければ、鍵を開くことはできない。それでも、強い魔力をもつため、鍵を狙う盗人の気を引くことができる。いわば、不届き者の目をくらますためのダミー。本物に何かあった時には、多少骨は折れるけれど、代わりとしても使えなくはない、便利なものだ。
 こうしておくことは、砦の中で決められている規則。普段ここにいないクウォリアス様は知らないはず。

 もちろん、これだけでは今扉を開くことはできないのだから、クウォリアス様の意向に沿うことはできない。けれど、私は言われた通りに鍵を抜き取った。これにも鍵としての機能はあるのだから、文句なんて言わせない。

 我ながら屁理屈だとは思うけど、これで気を引いてる間に、さっさと砦の魔法使いたちには退場していただきましょう。

 クウォリアス様は、私が握る鍵を見下ろした。

「それが……鍵か?」
「ええ。どこからどう見ても鍵でしょう? そんなこと、クウォリアス様なら見れば分かるはずです」
「扉が開くのか?」
「ええ」

 もちろん私とて約束を違える気はない。彼らには、必ず回復の魔法の薬を手に入れてもらう。けれど今は、彼らと争わせずにここを収めなければ。

 私は、キャラルイトル様たちに杖を向けた。

「彼らはこれで用済みでしょう? 鍵は、手に入ったのですから」

 私は、クウォリアス様に鍵を見せつけた。

 けれど、クウォリアス様の表情からは何も読み取れない。それでも、彼の冷静さを覆い隠していた怒気は消えた気がする。

「本当に、それで鍵が開くのか?」
「疑り深い方ですわね……開きますわ」

 私は自分が見せつける鍵を見上げた。

 もちろん、これで扉は開かない。だってこれは、ダミーの鍵……

 じゃない……!?

 私は、鍵を手のひらの上に乗せ、まじまじとそれを見下ろした。

 なにこれ! ほ、本物の鍵!?? なんで!??

 私は、キャラルイトル様に振り向いた。
 するとキャラルイトル様は、サッと顔をそむけてしまう。

 さては……規則を守らずに本物を持っていましたわね!?

 まさか……本物の鍵だったなんてっ……!!

 偽物ならともかく、本物の鍵を私に奪われたとあれば、キャラルイトル様が後で責任を問われる。

 もう……このための規則ですわよっっ!!

 偽物を抜き取り魔法使いたちを退場させて、その間にクウォリアス様を説得する作戦が台無しではありませんか!

「フィリレデリファ……」
「…………っ!!」

 呼ばれて、ビクッと全身が震えた。

 無言の私に、クウォリアス様は身を屈めて、耳元に唇を近づけてくる。

「……偽物じゃなくて残念だったな……」
「……っ! 気づいてっ……!!」
「そんなものを奪ってどうするつもりかと思ったが……」
「……あなたに冷静さを取り戻してほしかったのですわっ…………それをっ……わ、私に恥をかかせましたわね!」

 私は、キャラルイトル様に振り向いた。

「よろしいですか!? 今度はちゃんと、偽物を渡してくださいませ!!」

 叫んで、鍵を力の限りぶん投げた。その鍵はキャラルイトル様のおでこに、こんっと当たってしまいますが、そんなこと、知ったことではありません! よくも本物を掴ませてくれましたね!

 風の魔法を使い、鍵とキャラルイトル様とその後ろにいた魔法使いたちを吹き飛ばす。暴風はそこにいた方々を扉の外に放り出して、扉を閉めた。
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